第28話 攻略対象にあえて殴られようと思います



 アリオは私と、私の足元で倒れているトールを見て困惑。

 しかし、戸惑いつつもこちらに向かって来た。


「どうしたの? なんか変だよ、お嬢」

「アリオ……、嫌い」

「えっ」


 そして、私から発せられた言葉に、アリオは驚いた顔をして立ち止まる。


「獣人は、嫌い。人を殺す。生きてる人間、嫌い。だけど、もっと獣人は嫌い」

「お、お嬢……?」


 信じられない事を聞いたとばかりに、その場から一歩さがるアリオ。


 ここで、ゲーム知識を披露するが、

 怨霊の元であった大女優は、世間一般では自殺だと言われているのだが、実は彼女を殺した犯人がいるのだ。

 その犯人は獣人。だから被害者である彼女は、死んでからもずっとその獣人への恨みを忘れていないのだった。


 だからその為に、獣人であるアリオを見ると、真っ先に殺そうとしてしまう。


 私は、その場から退こうとする姿勢を見せるアリオに、襲いかかった。


「どうしちゃったのお嬢!?」


 首をしめようとする私と、その私を抑えようとするアリオ。

 体力差を考えればアリオの方が有利だが、私に怪我をさせないようにと手加減しているのだろう。

 私達の状況は拮抗していた。


「正気に戻ってよ。……まさか、本当に俺の事、嫌いになっちゃったの。それともずっと前から……。やっぱり俺なんか好きになってくれないの?」


 アリオの瞳に失望の色が見え始める。

 ここで好感度が足りないと、獣人の力で怪力パワーを出したアリオにさくっと殺されバッドエンドとなるのだが、躊躇われているという事は望みがあるという事だろう。


「ううん、お嬢はそんな事、考えるはず。ない。そうだよ」

「うぅ……アリオ」

「お嬢! 気がついたの!?」

「操られてる、だから……私を止めて」


 ならば、アリオのその信頼に私も答えなくてはならない。

 怨霊の意思を押しのけて、言葉を紡ぐ。


「痛みを、私に。そうすれば……」

「そんな、俺がお嬢を傷つけるなんてできないよ!」

「ア……リオ……」


 追い出す方法は簡単だ。

 痛みを加える事で、怨霊は体から出て行く。

 大女優の霊は生前のひどい事故を受けて、一時期舞台に上れなくなった事があるので、その事がトラウマとして強く魂に刻み込まれているのだ。


 その点、私は痛みを感じないので、アリオに危害を加えられても平気だった。

 彼が力加減を間違いさえしなければ良いだけの事。


 この役がヒロインだった時は、下手な所に衝撃を加えれば痛みでショック死してしまう事もありえたが、私なら格段にそんなリスクを減らす事ができた。


「駄目だよ。俺、獣人なんだよ。今の暴れるお嬢にそれやったら、骨を折っちゃうかもしれない。俺……運が悪いし」

「大丈夫、……信じてる、から。運なんて努力で、ねじふせられる。貴方がそうだった、でしょう?」

「お嬢……」

「ポケット」

「え?」


 私は説得の言葉を後押しする為に、ここに来る前に勝ったご褒美をアリオに出してもらう。

 包装紙を破いて取り出したそれは、両面に柄のない硬貨だった。


「これって……」

「運がいい人でも、悪い人でもない、頑張ってるアリオを私は……見て来た。見てる、から」


 私の言葉を聞いたアリオは、そのコインを握りしめ、覚悟を決めた顔で頷いた。


「ごめんね、でもありがとう。お嬢。もしもの時は責任取るから」


 そんな事気にしなくてもいいのに……と、そう思った瞬間。

 アリオの拳が腹に入って、私は気を失った。


 攻略対象に腹を殴られて気絶。


 乙女ゲームの女性登場人物とは思えない役柄だったが、悪役だししょうがない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る