第27話 怨霊にとりつかれました



 噛みつき続ける猫から伝わってくるのは、不機嫌な感情ではなく、強い憎しみ。

 けれども、ここで強引に振りほどいてしまっては、最後のイベントが発生した時に悪い方に影響してしまうので耐え続けた。

 痛みがないと言っても、全力で己の手が噛まれている光景は中々心臓に悪い。


 赤い血がだらだらと流れ続ける様を眺めながら、ただその時を待った。


 やがて猫は噛みついていた己の口を離して、不思議そうにこちらを見上げてくる。


 そして、何か考えるような素振りで首をかしげた後に、その場を去っていった。


「しょ、消毒しませんと」


 背後で、オロオロしているトールの声が段々遠くなっていく。


 猫に噛まれるのは、最期の攻略対象とのイベントの為でもあったが、アリオのイベントを進める為でもあった。


 私はこれで怨霊に操られる事になるからだ。

 

「……」


 意識がぼんやりしてくる。

 意図せず、勝手に体が動き出した。


「お嬢様?」


 私はトールの首に手を伸ばして、締めた。


 とてもバイオレンスな光景である。

 乙女ゲーム世界で、ヒロインポジションにいる悪役令嬢が美青年を絞め殺そうとしている光景など、とても見せられるものでは無いだろう。


 だが、存在している。


「なっ、お嬢様」


 驚愕するトールの顔が心に痛い。


 今の私は詳しく説明すると、あの猫がつれてきた怨霊に取りつかれている状態だ。


 ホールの外で鎮められているはずの亡き大女優の魂。

 女優として生き続けたかった未練を残す怨霊に取りつかれた私は、生前のその人の願いとは関係なくこれから生者への恨みをぶつけていくのだ。


 そこをアリオが目撃して、二人で乗り越える、というのが今回のイベント。

 相変わらずの強力な死亡フラグだ。


 やがて、トールが気を失い倒れこむ。


 彼は息をしているので、気絶しているだけ。たぶん死んではいないはずだ。

 その事はゲームで分かっていたけれど、やはり目の前で殺人一歩手前の行動をするのはやはり気が引ける。

 念には念を入れてこうなる前に彼をこの場所から離そうかとも思ったのが、トールの性格が性格なので無理だったのだ。


「お嬢!」


 そこにようやく本イベントの重要人物であるアリオが登場する。


「待たせてごめんね、お財布落としたり、工事用の穴に落っこちちゃったりして時間食っちゃったんだ。……って、トール?」


 彼はこちらの様子を見て目を丸くする。

 景色の良い公園に、ぼうっとした貴族令嬢とその足元には気絶した使用人。


 誰がどう見ても事件現場だ。


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