第9話 婚約者様は本当は優しい人です
楽器で演奏してくれない……という事は、つまりそういう事だ。
私はウルベス様に、それほど好かれてない。
私は彼らの行く末を導くために行動しているのであって、彼等を攻略するつもりはまったくない。……のだが、分かっていた事でも落ち込みそうになる。
「……」
「どうかしたか、婚約者殿?」
「あ、いいえ」
視線を落として俯いていたら、ウルベス様に気遣われてしまった。
この調子ではいけない。
もともと、途中参加で好感度が一定以上ある状態なのに、贅沢を言うなんて罰が当たってしまうだろう。
私は意識をそらすために、他の話題を投下する事にした。
「ええと。あ、そうですわ。このあいだ友人に貰った遠方の土産物があるのですが……」
そこで私はさりげなさを装って席を立ちつつ、(しかし意気込みながら)友達から送られてきたお土産物の元へ早足で移動していく。
だが、その数秒後に少しだけふらついてしまった。
「あっ……」
かろうじて転ぶ事は無かったが、ウルベス様にはかなり心配をかけてしまったようだ。
「っ! 大丈夫か?」
席を立った彼が慌てて近づいてくる。
この部屋に来るまでに、つい最近まで病気で寝込んでいたという事を話してしまっていた。なので彼は、私がふらついたのはそのせいだと思ったのだろう。
ウルベス様は気遣わしそうにこちらに駆け寄って来た。
「すまない、婚約者殿があまりにも元気でいるので、病み上がりだという事を忘れていた」
「いえ、大した事はありませんわ、大丈夫です。心配をおかけしてしまってすみません」
普段はとっつきにくくて、一見すれと怖い印象を抱きかねない彼だが、病人を無下に扱えないという事はゲームの内容からでも分かっていた。
ウルベス様は、誰よりも心優しい人間なのだ。
「昨日お兄様が屋敷へ帰っていらしたので、少しはしゃぎ過ぎたようす。何か悪い病気でもうつしてしまってはいけませんわ。やはりウルべス様はお帰りになられた方が良いかもしれませんね」
「ここまで来ておいて、それはないだろう。そんな事をしては、さすがに私でも心苦しい。もっとも婚約者殿が一人になりたいというのなら、退席させてもらうが」
そうやって意地の悪い言い方をしているものの、ウルベス様のその言葉に悪意はないはず。
彼はただ、善意を相手に伝えるのがものすごく下手なだけなのだ。
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