第77話 亡霊の様に。御門が立ち尽くしている。

「みか君!? 大丈夫なの!?」

「たまねえなぐさめてよお! 死ぬほど痛かったんだから!」


 時刻は夕方の5時。


 病室にはポニーテールの記者。


 玉村たまむらさんがお見舞い……かどうか知らないけど。


 御門みかどの様子を見に来た。


「……ねえ? あたし、ここに居て平気? 赤城警部に逮捕されない!?」


 ひそひそ小声こごえしゃべっているけれど。


 病室内は静まり返っているので。


 内容が筒抜つつぬけである。


「ああん? ただの見張りだぜ? これ以上、騒ぎを起こさす馬鹿が居ねえよーにな!」

「あら! たくましいのね💓 お疲れちゃん!」


 御門みかどと赤城警部は。


 秘密裏ひみつりに捜査を行っていたらしいけど。


 どこまで打ち合わせていたのか。


 ひょっとしたら。この結末は。


 警部も……寝耳に水だったのだろうか?


「それと、こちらの……美人社長秘書みたいな人は?」

「前に話したじゃん? むらさきパンツのレスラーだよ(※49話参照)」


 ふふふふ。玉村たまむらさんも独特な表現をするのね。


「えっ!? みか君を痛めつけた!? あの!?」


 あら? 私なんかの存在を知っているの?


 ……御門みかど、あんた後で。


 カナラズ! オトシマエヲ!


多華たかです。雑誌記者の玉村たまむらさんね。御門みかどからを受けているわよ?」


 間接的に玉村たまむらさんを知っていたけど。


 こうして、会話をするのは初めてだ。


「た、か!? 地方都市みたいな名前の!? やり手の女性弁護士!?」

「そうそう。たかさき君だよ。週刊誌とかを名誉毀損めいよきそんで訴えた事もある」


 だから! 高碕たかさきと言う地名とは関係無いの!


「みか君!? あたしをハメたの!? やっぱり、逮捕じゃん!?」

玉村たまむら君、はしたないですよ! はめるだの、はめちゃうだの。いやん💓」


 慌てふためく彼女。


 御門みかどまぎらわしい紹介をするから。


「たま姉には、身の回りの補助を頼みたいんだよ。左腕がこの様だからね」

「あたしが? それ、まつりんの役目やくめじゃない?」


 まつりんとは。祀理まつりさんの事だろうか?


 そう言えば。


 祀理まつりさんの姿を見ていない。


 女神めがみと称されている彼女。


 それに、御門みかどの担当者が。


 この事態を察知していないとは。


 あり得ないわね。


「……小宮こみや君とは別居中になりまして。とほほほ。冷却期間ですわー!」

咲嬢さきじょうが気を失っていた時にな。祀理まつりちゃんも顔を出しに来たんだけどよ。……無表情で奴の脳天のうてんにグーパンチだぜ」


 補足説明を警部がした。


 あの祀理まつりさんにしては。らしくない行動だと思うけど。


 それほどのストレスを与えてしまった事を。


 今になって自覚した。


「しばらくは距離を置いた方が賢明だね。まあ、俺なんかに関わらない口実こうじつが出来て良かったよ。お互いにね」


 心の底から。安堵あんどした表情。


 普段ふだんから祀理まつりさんに執着しゅうちゃくしていたのに。


 まるで、別人だ。


 彼にとって。本当に大切な存在は。


 かかわらせないのね。


 ……呪われるかどうか知らないけど。


 だとしたら。


 今回の事件に御門みかどかかわったのは。


 祀理まつりさんが事件の被害者にならない為?


 穿うがぎかしら?


多華たかさん、検温けんおんの時間です」

「あ、はい」


 女性看護師が体温計を届けに病室に。警部もその様子を観察している。


「たかさき君は……お尻で検温するんでしょ? ぷぷぷぷ!」

「馬鹿! あんたと病室が一緒なんて最悪だわ!」


 こんな調子だと。平熱へいねつである事は難しいだろう。


「これだから、たかさき君は。たまねえのポニーテールでも触ろう。それから、うなじを堪能たんのうしちゃうもん!」

「それだけの為の要員よういんなの!? あたし!?」


 ……この調子だと。祀理まつりさんが特別な存在かどうか。


 疑わしくなってきたわね。


 こうして、代わりの女性も確保かくほしているし。


 祀理まつりさんが距離を置いて正解ね。


「そうだ! 血圧も確認しないと――ごめんなさい、ちょっと取りに戻りますね」

「はい。分かりました」

「尻の圧力。けつあつ、なんちゃって! ぐへへへ!」


 よもや、私のお尻の話題で。


 看護師さんが忘れ物に気付いたと思いたくない。


 もう! 血圧も確実に上昇してるわよ!


「……失礼します」


 今度は男性の看護師か。


 御門みかどにも検温けんおんだろう。


 女性の看護師じゃなくて良かったわ。


 見境みさかいなくセクハラをするから。


「……ほんと、うんざりだよ。……たかさき君」


 医者嫌い、検査嫌いかどうか不明だけど。


 私に不満を。


 いえ、てる様に。


 遺憾いかんを表明した。


「ほら、お姉さんが見守ってあげる! 頑張れ! 男の子!」


 チアリーダーの玉村たまむらさんが。


 さっそく、子供のご機嫌取きげんとりを開始した。


『咲先生! やる事をやっちゃおう!』


 御門みかど幼児性ようじせいに。


 触発しょくはつされたのか。


 犯人の言葉ことばが頭の中にひびく。


 それに。気持ち悪い。


 もする。


 ちょうど、男性看護師が居るのだから。対応してもらおうかしら?


 視線しせんを自然とそちらに――


『おや? 少年? そっちで倒れているのは? 母君ははぎみ?』

『うん! 熱中症みたいなんだ! これから助けを呼ぶ所だったから!』


 突然。


 私が襲われて。


 意識が曖昧あいまいな時の記憶がよみがえる。


 犯人がうしろ手に。ナイフを隠している光景を。


 確かに――目撃したのだった。


 その事実は。過去の出来事だ。


 ならどうして?


 御門みかどに接近する看護師が。


 あの時の犯人と。


 姿がかさなってしまうの?


 単に、右手をポケットに入れてるから?


 なぜ? なぜ? なぜ? なぜなの?


 もしかして、トラウマに――


「どうした? 咲――っ!?」


 異変を感じた赤城警部が。


 私の目線の先を確認する。


 同時に。


 御門みかどのベッドに急接近した看護師が。


 ナイフを手に。


 玉村たまむらさんに振り落とし――


「ふえっ?」


 彼女の悲鳴にも似た。疑問の声がした。


 ありない。


 ありない!


 ありないわよ!


 何でそこに、あんたが――


 亡霊ぼうれいの様に。


 御門みかどが立ちくしている。


 玉村たまむらさんに向けられた凶刃きょうじんを。


 今度は――右手で。野球ボールをにぎるみたいに。


 ふせいでいた。


 突き刺さっていた。


 血が流れていた。


 


 


 


 


 




 

 


 



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