第52話 彼が真面目な表情を見せるのは――苦手だ。

 頭が重い。ぼんやりとする。


 起きないと。


 仕事に行く準備をしなきゃ。


「ふえっ? ここどこ?」

「まつりちゃん! まつりちゃん! ぺろぺろしちゃってよろしいか!」


 脈絡みゃくらくも無く。


 御門みかど君が迫って来る。


「よろしくない! 夢の中でも、ばか!」

「ふんぎゃん!? きゃんきゃん!?」


 グーパンチで彼を迎撃げいげき


 痛みでのたうち回る姿が、犬みたいだ。


 それにしても。


 不埒ふらちな顔面をとらえた感触が……する?


不足気味のまつりちゃんに、むぎゅー!」

「わ!? ちょ、ちょっと!?」


 こ、こいつ!? 勝手な理由で!? 気軽にハグするな!?


 ? 何だろう? 


 ついさっきまで、話題にしてた様な?


『ロマンチックな事を言うのね? 誰かの格言?』


 咲さんの声が、頭の中で反響はんきょうする。


 依然いぜんとして、モノクロームの世界なのに。


 夢の中で、何度も違った夢を見ているのだろうか?


 さっきまでは、見回り活動してた夢で――


「ひゃっほーい! 合意の上での行為! 合法だね! 愛してるー!」

「何をそんなに喜んでるのかな!?」


 ちょっとだけ。気の毒に感じた。


 夢の世界なのに。


 はしゃいでる君が。ぬか喜びで。


「はいはい。君の愛を補充しました。えーと、お疲れちゃん?」

「そう。それは良かったです。えへへへ!」


 満面の笑みだ。私に対する好感度が。


 やっぱりおかしい。


 うん。おかしい。


 不意に、妙に気恥ずかしくなってきた。


 現実世界では、こんなにちょろくないもん!? そうだよね!?


「それじゃ、そろそろかな? 祀理まつり現世うつしよに引き戻さないと」

「うん? 夢からましてくれるのかな?」


 なるほど。夢の迷宮から脱出させてくれるらしい。


 何だかんだ助けてくれるのは。


 現実世界と変わってなくて。


 思わず、笑ってしまった。


。はい、口に出して復唱!」

「さつきちゃんは、生きてるから大丈夫。へんてこな呪文だね? さつきちゃんは――」


 ここで、さつきちゃんの名前が出てくる理由が不明だ。


 夢の世界だから、つじつまも何も無いけど。


『車がアクション映画みたいに突っ込んだらしいんだ』


 また声がする。


 この内容は、さっきまでの夢で――


『しかし、大丈夫なのか? あの姫署長。パトカーで盛大に突っ込んだのに』


 そうだ。この言葉を聞いたら、目の前が真っ暗で。


「さつきちゃんは、生きてるから……大丈夫?」


 大丈夫とは、安心させる言葉だ。


 誰を? 


 御門みかど君が私に対してだよね?


 真意が分からないから。


 彼の表情を確認しようとすると。


 いつも通りの不機嫌な顔では無く。


 真顔まがおだ。


 真面目そのもの。


 こんなまれな事は。


 夢の中では絶対におがめない。


 今まで、夢の世界で現れる君は。


 普段通りのお調子者。


 何より、私は。


 彼が真面目な表情を見せるのは――苦手だ。


 だって、それは。


 本当に心配しているサインなのだから。


「……そっか。さつきちゃんば、ぶぢだった」

「ふう。やっと戻って来た。俺としては、意識が不完全な所を好き勝手に出来たのに! と言っておこう!」


 全てを理解したら。


 安堵の涙があふれ出して来た。


 同時に、世界があざやな色を取り戻す。


 どうやら、私は精神的ショックで気を失ってしまったらしい。


 現に、ここは――病院の病室だ。


 


 


 

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