百の聖なる月水夜

 ジェジェーヌ・クーレが一生懸命になって探していた『百の聖なる月水夜』は百年に一度の『リュヌ・ラルム』から始まる時もあれば『百の聖なる月水夜』だけの時もある。そして、その期間の満月の日は創世界、現世界にある全ての『レヴリ・クレクール』が一斉にその年の『百の聖なる月水夜』と呼ばれる場所に集まり、新たに生まれてくる光を見守る。さらにまた、その日から最初の新月の日になるまでは新たに生まれて来た『レヴリ・クレクール』を含めて集まった全ての『レヴリ・クレクール』がたゆたい続けるのだ。そして、その満月の日から数えて最初の新月がやってくると今度は現世界からも創世界からも消えていく『レヴリ・クレクール』を見守るために古くからある『レヴリ・クレクール』も新たに生まれて来た『レヴリ・クレクール』も一つ一つが淡く強弱を付けて光り出す。それは消えていく全ての『レヴリ・クレクール』を見送るためだと考えられている。その日を過ぎればまた所有されている『レヴリ・クレクール』は所有者の元へと戻って行く。所有されていない『レヴリ・クレクール』はいろんな所へと散って行く。

 これを見たところで別に害はない。ただし、その様子は静かに見守るのが条件とされていた。

 ただそれだけのことなのにとファブリスはデフロットに言ってしまった。

 デフロットはそれを聞いてもファブリスを怒らなかった。それどころかデフロットはこの『百の聖なる月水夜』に関する全てではないにしろ、ファブリスが分かるように教えてくれた。その口調はとても穏やかで何かを敬っているようでファブリスは初めてデフロットが『僕』ではなく『私』と言ったのが印象的だった。

「私が『レヴリ・クレクール』の所有者になったのは『紅』と『蒼』のレヴリ・クレクールを持つことになったからです。君は『レヴリ・クレクール』の本当の意味を知っていますか?」

 デフロットにそう問い掛けられファブリスはすぐに、

「知らない」

 と答えた。

「そうでしょう。イニャスもセリアも知らないはずだ」

 そうデフロットに言われたイニャスとセリアはデフロットを見て頷いた。

「『レヴリ・クレクール』は『夢想の心鍵』という意味です。誰もが持つ強い思いがこの世界を創るのです。その源が『レヴリ・クレクール』だと考えられています。この『百の聖なる月水夜』の光達が生まれるのを見るのはどんな思いが今、必要なのか知ることができるからです。そして、どんな思いが不要になったのか知ることもできるのです。その思い達は永遠ではありませんからね。これらを知ることこそがファブリス、ファルマスィ・コワンの仕事にも繋がるんです」

「だから、これを見に来るの?」

「そうです。その思いがあればどんな薬が必要なのか事前に分かりますからね」

 そう言ってデフロットはもう最後の消えゆく――不要になった『レヴリ・クレクール』を見守った。

 そして、その最後の『レヴリ・クレクール』が消えた時、ジェジェーヌ・クーレは言った。

「クーン……今回の『百の聖なる月水夜』が終わってしまった。皆、また百年後に会おう」

 そして、創世界の者達と別れる時が来た。

「あの、アデライード」

「何?」

 イニャスはアデライードに今まで持っていた『銀の横笛』を返そうと思っていた。

「この『銀の横笛』ありがとう」

「返さないで」

「え……」

「それを私達が持っていても役に立たないのはあなたも知っているでしょう」

「ああ」

「だから、持っていて。そして、好きな時にその横笛を吹いて」

「どうして……」

「あなたの曲が聞きたくなるからよ」

 アデライードはイニャスの顔を見ないで言った。

「この次の『百の聖なる月水夜』がやってくる頃、あなたはもういないわ。だから、吹いていて。あなたの曲を受け継ぐ人を育てて、『リュヌ・ラルム』を絶やさないようにして。そうすれば私も……悲しまないで済むから」

 イニャスはそう言うアデライードの顔を最後にもう一度よく見たいと思った。

 リュリュに似た彼女を果たして自分は忘れることができるだろうか?

「……君を思って、吹いても?」

「いいえ、それはダメよ。私達は絶対に結ばれない。だって、あなたは『現世界の人間』で私は『創世界の人間』だもの」

 イニャスは何も言い返せない自分を知った。

「あなたを失いたくはないから。だから、あなたは私以外のことを願って吹いて。吹き続けて。そうすれば私はあなたを感じられるから」

「アデライード……」

「さようなら!」

 一方的にアデライードはイニャスにそう言って父達と一緒に自身の背中に封じていた白い大きな見事な両翼を広げ、空高くにあるエール・スィエル・アスピラスィオンへと帰って行った。

 それを見続けるイニャスを見てジェジェーヌ・クーレはイニャスの隣で言った。

「クーン、見事なフラれっぷりだな。いや、両想いだが不可能な恋か」

「うるさい!」

 そう言ってイニャスはジェジェーヌ・クーレを抱きかかえた。

「では、僕達もそろそろ現世界に戻りましょうか」

「うん!」

 ファブリスは元気良くデフロットの言葉に返した。

 デフロットは『私』から『僕』になっていた。

「わんわん! それじゃ、放せ! 私も創世界の住人だ」

 そう言うジェジェーヌ・クーレをイニャスは下に下ろした。

 ジェジェーヌ・クーレと別れる最後にファブリスはずっと思っていたことをジェジェーヌ・クーレに訊いた。

「ジェジェーヌ・クーレ、ジェジェーヌ・クーレは生まれた時から犬さんだったの?」

「その質問は良い質問だ。私は生まれた時から犬のパピヨン、ジェジェーヌ・クーレだ。ワン!」

 と最後は犬らしく吠えた。

 そして、デフロット達と共にファブリスは創世界から現世界へと帰って行った。

 デフロットのプティ・ランタンに入った『レヴリ・クレクール』をそれぞれ手に持って、マリテの目を治す薬をデフロットからもらうために『自由な童話』を手に入れて。

 百年に一度の『百の聖なる月水夜』が終わった『忘れじの湖』はまた地へと戻るのだろうか。それは創世界に残る者にも分からない。ただ、分かるのはまた百年待たなければならないということだけだった。

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