月に向かって銀の横笛を吹く男

 アミティエ・コリーヌの谷の少し先にその昔、『忘れじの湖』と呼ばれた場所があった。

 その湖からはアミティエ・コリーヌの二つに分かれた谷も見えたし、その二つの谷それぞれにある一本の滝も見えた。また、その間からはエール・スィエル・アスピラスィオンで見るよりも大きな美しい白っぽい黄色い月がその谷の後ろに見えると評判だった。

 だが、しかし、今はもうその場所に水は一滴も残されていなかった。その場所にはもう『地』しかなかったのだ。

 

 その場所に今、ファブリス達は来ている。

 あのアミティエ・コリーヌの住人であるオーバンが言っていたこの谷で――という情報は間違っている、「『忘れじの湖』こそ真の場所よ」と言うオーバンと同じ肌をした女達、ベアトリスとキャプシーヌの話を聞いてどちらを信じれば良いのか分からなくなったジェジェーヌ・クーレは耳をピンと立て考え、

「今は一つもない『レヴリ・クレクール』がたくさん集まって来た方を信じる」

 とジェジェーヌ・クーレは言った。

 それからというもの女達はその前からジェジェーヌ・クーレの頼みでなんとかしてたくさんの『レヴリ・クレクール』を谷に集めようとしていたイニャスを使い、オーバンは一人、ファブリスとジェジェーヌ・クーレを使った。

「何か出来ないのか?」

「集める方法……」

 そう言ってファブリスはその場で「おいで、おいで」とずっと言い続けた。

「何をやっているんだ?」

 オーバンの問いにファブリスは真面目に答えた。

「こうすればくるんじゃないかって思うんだ」

 それを聞いたオーバンは笑った。

「あっはっは! じゃあ、ジェジェーヌ・クーレはわっおーん! か?」

 ジェジェーヌ・クーレは珍しく黙り続けたままだった。

 イニャスはイニャスで二人の女にちょっかいを出されては逃げ回っていた。

 そんな時だった一人の若者がイニャスにそろそろと近付き、

「あの、これ使って下さい。兄さんがこれに似たのを探してるってあの二人組のねーさんに言われたんで」

 と言って一つの楽器をイニャスに手渡した。

 それは見事! とは言えないが一本の木で出来た横笛だった。

「それを使って呼んでみてください。必ず、その音を聞いて集まって来ます。そしたら、やっと『リュヌ・ラルム』が始まりますよ! そして、続け様に『百の聖なる月水夜』です。あ! でも、その前にエール・スィエル・アスピラスィオンの人達が集まって来るかもしれませんね」

 そう言って若者はどこかに行ってしまった。

 手に持ったままでは役に立たないその横笛を試しに吹いてみることにした。

 すると、不思議な事にその横笛は何の音も出さずに周りに伝わった。

「あ! いた」

「何? その横笛は夜じゃなきゃ音鳴らないじゃない」

 と呆れたように二人は言った。

「え? それじゃ、俺は今、どうすれば良い」

「私達から逃げながら夜を待てば良いわ」

「もしかしたら今夜、始まるかもしれないわ。デフロット達もあと数時間でここに着くようだしね」

 そう言って女達はイニャスを追い掛けた。


 ようやく夜が来た。

 二人の女達から逃げながらもイニャスはその笛の吹き方を知った。

 その笛は太陽がある限り人には聞こえないようだが『レヴリ・クレクール』には聞こえるようでこの『忘れじの湖』と呼ばれる場所に集まって来た。

 その『レヴリ・クレクール』達は数こそ少なかったが谷に集まる数よりも多かった。

 それを見てジェジェーヌ・クーレはオーバンに言った。

「今回は『忘れじの湖』のようだ」

「そのようだ」

 オーバンは潔くそれを認めた。

 夜になると創世界、現世界にあった全ての『レヴリ・クレクール』やデフロット、セリア、イニャスの笛の音に誘われてかエール・スィエル・アスピラスィオンの住人達が『忘れじの湖』にやって来た。

 エール・スィエル・アスピラスィオンのアデライードはイニャスを見つけて言った。

「元気だった?」

「ああ」

 その二人の様子を見てセリアは少し気になった。

(あのイニャスが照れ笑いをしてるなんて前代未聞だわ!)

 セリア以外にもその様子を見ていた者達がいた。

 それを見て一番怒っていたのはキャプシーヌだった。彼女はイニャスより年上で金髪の遊び好きで有名だった。

「何、あの女! 私の新しいカモに」

「あれでしょ、地から空へ往ったていう……」

 ベアトリスも見ていた。いつもキャプシーヌと一緒にいるベアトリスは黒髪の女でオーバンの婚約者として知られていた。

「ここにいたのか? ベアトリス。もう、皆お待ち兼ねだ」

「何よ、オーバン! 別に私達のために集まったわけじゃないわ!」

「何をバカなことを言っている。それに君に言ったんじゃない。イニャスに言ったんだ。だが、良い雰囲気のところ済まないと付け足すべきかな?」

 それを聞いたイニャスが慌てて言った。

「ど、どういうことですか? 『お待ち兼ね』って」

「君があの『レヴリ・クレクール』達をここに呼んだんだ。だから、とは言いたくないが君はこれから大事な『リュヌ・ラルム』を起こす事になっている」

「どうして!」

 それまで黙っていたアデライードがオーバンの話を聞いて詳しく話した。古くから伝わることを。

「あなたにはその力があるってことよ。全ての『レヴリ・クレクール』が呼べる者が『百の聖なる月水夜』に続くための『リュヌ・ラルム』を起こせるの。でも、その『リュヌ・ラルム』には水が必要なの。とても清らかな水がね。ここは昔、湖だった場所。でも、何故その水がなくなったのか誰も知らない。……もしかしたら、まだその水が残っているのかもしれないわ。こんなにもたくさんの『レヴリ・クレクール』が集まったってことは。そうじゃなきゃ、ここには集まらないわ」

「だから、俺が?」

 イニャスは困惑していた。それを見たデフロットが静かに言った。

「吹きなさい、イニャス。君にはそれだけの力がある。皆が待っている『百の聖なる月水夜』を起こさせるだけの力がです。ファブリスも見たいでしょう?」

「百の聖なる月水夜」

 ジェジェーヌ・クーレが小さな声でファブリスに言った。

「あ、うん。見れるものなら見てみたいけど」

 ファブリスはイニャスの方を見ながらぼそっと言った。

「吹くんだ。この『レヴリ・クレクール』達を救うためにも、生まれるためにも」

 そう言うオーバンは色とりどりの小さな光達を見た。そして、イニャスを見た。それに続いてその場にいた全員がイニャスを見た。その不思議な力を信じて。百年に一度の『百の聖なる月水夜』を見たいがために。

「そんなに見るなよ。これじゃ、俺だけが悪いみたいだ」

「だったら、吹きなさいよ!」

「なんで、セリアまで」

 イニャスはこのままでは吹かなくてはいけない気分になった。

「吹きたくなってきた? 吹きたいならその『誘い横笛』ではなくてこの『銀の横笛』を使って。この銀の横笛はエール・スィエル・アスピラスィオンから持って来たの。あなたに吹いてもらいたくて。ほら、この銀の横笛がなくても私達は歌えるでしょ」

 そう言って笑ったアデライードを見てイニャスは言った。

「どうして君はここに来た?」

 アデライードは優しくイニャスに微笑んでから言った。

「あの時のことを怒ってる? だとしたらごめんなさい。でも、私達は『百の聖なる月水夜』がなければ地上へは下りられない。私達が下りるのはこの『リュヌ・ラルム』を復活させるため」

「だから、吹かせるのか?」

「いいえ、あなたが吹きたければよ。でも、皆そう思ってるわ」

 イニャスは周りの皆を見た。もう、いいだろという顔をしていた。

「吹くよ」

 イニャスは思った。そのためなら吹かなければならない。

「なら、あの月に向かって吹いて。この『忘れじの湖』の水源はあの月の向こうの方だから」

 そうアデライードに言われたイニャスはアデライードから銀の横笛をもらい、その月に向かって吹いた。その演奏と共にエール・スィエル・アスピラスィオンの者達がエール・スィエル・アスピラスィオンに古くから伝わる歌『詞なき復活の歌』を歌った。

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