空を往く者

 少女の姿のフェ・メレーヌ・プリュイの案内でフェ・プレズィール国に唯一、生えているスリズィエの所までファブリス・クレティアン、イニャス、ジェジェーヌ・クーレは来ていた。

「これがスリズィエか」

 とイニャスは初めて見るスリズィエを見た。

 そのスリズィエはフェ・プレズィール国の妖精王がフェ・プレズィール国生誕祭で着ていたあのゴージャスな桜色の服と同じ色をした小さな可愛らしい五枚の花弁を付けた小さい花達がたくさん天に届きそうなくらいとても大きく咲き誇っていた木のことだった。

「この木はもう千年も前にエール・スィエル・アスピラスィオンの者から送られた木だそうです。ほら、あなたの持っている淡い桃色のレヴリ・クレクールと同じ色をしているでしょう。その思いは今も生き続けているのです。誰にも知られず密かな願いを込めて。さあ、いってらっしゃい」

 ファブリスの持っているランタンを少し見つめてからフェ・メレーヌ・プリュイは他の妖精達がいる場所へ帰ろうとした。

 それを感じてイニャスは最後にこの木を上る方法をフェ・メレーヌ・プリュイに教えてもらおうと訊いた。

「帰るところ悪いがフェ・メレーヌ・プリュイ、この木はどうやって上るんだ?」

「ああ、飛ぶのよ! この木の天辺まで。そしたら、アスピラスィオンの梯子に手が届くでしょう」

 そう言ってフェ・メレーヌ・プリュイは自分の羽根を広げて飛んで見せた。

「ははは! 悪いが俺達は見ての通りその羽根が無いから飛べない!」

 とイニャスは笑いながらフェ・メレーヌ・プリュイに真面目に言った。

「あら、じゃあ、ジェジェーヌ・クーレに訊いてごらんなさい」

 と言い残してフェ・メレーヌ・プリュイは仲間の元へと不思議な粉を撒き散らして飛んで行ってしまった。

「どうするの? ジェジェーヌ・クーレ」

 その場に残されてしまったファブリスは少し心配になった。

 もし、このまま上へ上る方法が見つからなければ自力でこの木を登らなければならない。

 イニャスもそう考えたようでスリズィエに登る準備をしていた。

 その時、珍しくそれまで黙っていたジェジェーヌ・クーレが突然、耳をピンと立たせて言い放った。

「ウウッ、来るぞ!」

 その声と同時にこの国にはとても住んでいなさそうなくらい大きな蝶が三匹バタバタと鮮やかな模様の羽根を羽ばたかせてファブリス達のいるスリズィエまで飛んで来た。

「本物の蝶? 俺達よりも大きい、それにすごい風だ!」

 その巨大な蝶達を見てイニャスは驚きながらもファブリスと二つの誘うリュミエールだけは守ろうとやっとのことでファブリスと二つの誘うリュミエールを抱え込んだ。

 その風の威力にイニャスとファブリスは目をつぶり、ジェジェーヌ・クーレは自身の上品な長い両方の耳の毛で風を感じていた。

 そして、ジェジェーヌ・クーレはそのうち、一匹の巨大な蝶に連れて行かれたのであった。

「キャッウーン!」

 と言い残して。

 それを見てファブリスは叫んだ。

「ジェジェーヌ・くー――」

「そんなこと叫んでる暇はなさそうだぞ!」

 とイニャスが残りの二匹の巨大な蝶をどうにか出来ないかと考えているうちにファブリスとイニャスもジェジェーヌ・クーレと同じように一匹の巨大な蝶に攫われたのであった――。


「わん! 二人とも目を開けろ!」

 その声にファブリスとイニャスは目を開けた。

 そこは桜色の絨毯のような地面が辺り一面に広がり足場はしっかりしていた。そして、そこには白い梯子が一台、天へと伸びていた。

「うわー!」

 ファブリスは自分が今いる場所から辺りをぐるっと見回した。

 とてももう地面には戻れそうもないほど高い所にいることを自覚した。

 そして、イニャスは、

「これは?」

 と不思議そうに目の前にあるそれを眺めながら言った。

 その質問にジェジェーヌ・クーレは、

「これがフェ・メレーヌ・プリュイが言っていた『アスピラスィオンの梯子』だ。フェ・メレーヌ・プリュイのあの帰り方を見るとフェ・メレーヌ・プリュイはあの蝶達が来ることを知っていたのかもしれないな」

 と説明した。

「ということはここがスリズィエの天辺なのか?」

「そうだ、イニャス。あの蝶達は時々このスリズィエの蜜を吸いにやって来るみたいだ」

「じゃあ、さっきの蝶達がぼく達をここまで運んでくれたの?」

「いや、あれはたまたまだ。運が良くなければ途中で落とされていたに違いない。それにいつもだったら羽根のない者はそこに開いている穴の中にある階段を使って上るらしいぞ」

「階段があったんなら最初からそう言え!」

 イニャスはジェジェーヌ・クーレを少し睨んだ。

「だが、しかし、妖精サイズの気がしたぞ。ファブリスの足でさえ爪先歩きが良いところだろう」

「それじゃ、イニャスの足なら……」

 ファブリスとジェジェーヌ・クーレはイニャスの足の大きさを確認した。

「ああ、もう、良い! とにかくスリズィエの天辺まで来れたんだ。ぐだぐだ言ってないでこれを上るぞ」

 イニャスはそう言ってそのアスピラスィオンの梯子の感触を確かめ始めた。

「結局、上るんだね」

 ファブリスはこの創世界に来て初めて肩を落とした。

「ところで、帰りなのだが」

「ジェジェーヌ・クーレ、帰りの心配よりも今は上る事に集中しろ!」

「ガウ!」

 とジェジェーヌ・クーレはイニャスに言われるが儘にアスピラスィオンの梯子を上るためにその場でピョンピョンし始めた――。


「セリアはバカか? デフロットのどこが良いんだか」

 そう言ってイニャスは背中にジェジェーヌ・クーレを背負ってアスピラスィオンの梯子を上っていた。

「ヘーへー、何だ? セリアが気になるのか」

「ああ、セリアの物好きさがなってかヨダレ垂らすなよ、ビチャビチャになるのは御免だからな」

 ジェジェーヌ・クーレはイニャスの背中にぶらーんとされ、イニャスはあの蒼い誘うリュミエールの入ったランタンを片方の腕に引っ掛けていた。ファブリスもイニャスの真似をして淡い桃色の誘うリュミエールの入ったランタンを肘の辺りに引っ掛けてアスピラスィオンの梯子を必死に上っていた。

 眼下にあるはずのフェ・プレズィール国に唯一、生えているスリズィエは完全に見えなくなっていた。

 誘うリュミエールはそれ自体がそもそも熱くないからなのかランタンの中に入っているからなのかは分からないが肌に触れても全然熱くなかった。

「これを本当に行くの?」

「そうだ。ファブリス、頑張って上へ上るんだ。この案内犬よりも根性があるところを見せてやれ!」

「やれやれ、困り者だね。イニャス、私はただこの白い梯子の間と間の横木が完全に身体に合わないだけなのだがね」

「だったら、飛べ! その蝶のような大きな耳で」

「それも考えたが無理なものは無理だと私は判断した。そして、イニャスに背負われる事を選択したのだ」

「ああ、ここから下ろしてやりてーなー。この高さなら十分だろ」

「そんないけないことを考えてはいけない。犬は愛されていなければ『百の聖なる月水夜』なんぞ見つけることができないのだぞ!」

「ああ、もう良い。黙れ!」

 そう言いながら二人と一匹はアスピラスィオンの梯子を上って『エール・スィエル・アスピラスィオン』目指していたのだった。

 アスピラスィオンの梯子を一人で上り続けるのはイニャスでも疲れることだったろう。

 それがジェジェーヌ・クーレを背負っての事である。

 尚更、疲れる。

 そのくらいこの梯子は長く長く、白く白く天に向かって伸びていた。

 いったいどこにこの梯子の終わりが来るのか分からないと思い始めた頃イニャスの背中にただ、ぶらーんとされていたジェジェーヌ・クーレは雲が微かに動いているのを感じた。

「クーン、イニャス。雲は動くのか?」

「何を言っているんだ? ジェジェーヌ・クーレ」

「ほら! 見ろ、イニャス! 今、あの雲動いたぞ!」

「ジェジェーヌ! お前が動いたら俺が危ないだろ!」

 そんな会話を頭上に聞きながらファブリスはアスピラスィオンの梯子を上っていた。

「きゃん! ファブリス、君にも見えるだろ? あの雲だ、あの雲!」

 ジェジェーヌ・クーレはその雲を見て興奮していた。

 そのせいか少しアスピラスィオンの梯子が揺れたように感じた。

「ジェジェーヌ・クーレ、雲は動くものじゃないの?」

 ファブリスはその揺れに耐えながらジェジェーヌ・クーレを見上げながら言った。

「そうなんだが、その動きが普通ではなくてな。あれはそう、ニュアージュの羊のようだ」

「ニュアージュの羊?」

 イニャスは揺れなど何のそので手を休めず口も休めずに上って行く。

「ああ、エール・スィエル・アスピラスィオンの周辺の雲にだけ放し飼いされているエール・スィエル・アスピラスィオン産の愛玩用の羊のことだ」

 そう説明してくれたジェジェーヌ・クーレは少し落ち着いたようだった。

「そんな羊初めて聞いたぞ」

 イニャスはまだ上へと上って行く。

「ああ、そうだろうな。滅多に見られるものではない」

 それまで上る事に一生懸命だったファブリスが上の二人に言った。

「じゃあ、ここはもうエール・スィエル・アスピラスィオンなの?」

「何故、そんなことを言う?」

「だって、そのニュアージュの羊はぼく達が目指しているエール・スィエル・アスピラスィオンの周辺の雲にだけ放し飼いされているんでしょう?」

「ああ、だがそのように見えるだけであって本物ではない」

 ファブリスはそう言うジェジェーヌ・クーレが見つめる方を見た。

 確かに動いている。

 普通の雲よりもトコトコしているみたいだ。

 ジェジェーヌ・クーレ程ではないが。

 もし、その雲が本物のニュアージュの羊だったらどんなに良かっただろうとファブリスは思った。

 そうすれば、このアスピラスィオンの梯子をもう上らなくても良いのに。

 そのくらいこの少年は疲れていた。


「見て、エレアノール。あの子達あんなに頑張って」

「うわー、あのぶらーんってされてる犬かわいいー」

 そう言って笑う二人の少女はすっと吸い込まれそうなそんな空の色をした服を着ていた。もうすぐ自分達の国に着く二人の人間と案内犬の様子を近くの雲に座って両足をばたばたさせて見下ろしていた。

「これこれ、アデライード、エレアノールそんなに足を動かしてはいけないよ」

 と二人の少女の後ろからゆっくり歩いて来た二人の少女の父、ニュアージュの羊飼い、ティボーは一番目の娘、アデライードと二番目の娘、エレアノールにそう言った。

 そして、自分の横に寄り添うように立っている今まで迷子になっていた一匹のニュアージュの羊の頭を手で撫でた。

 そのニュアージュの羊はとても気持ち良さそうな雲みたいな真っ白なコリデールのような羊でティボーの手で撫でてもらえるのがとても嬉しいようだった。

「あら、お父さん、その子見つけられたの?」

「ああ、アデライード。さあ、お前達も一緒に帰ろう。あの少年達を歓迎しなくてはいけないからな」

 そう言って迷子になっていたニュアージュの羊を先に行かせ、父と二人の娘は天使のような大きな白い両翼を自身の背中から生やし、上空にある広大無辺な白い雲の塊を目指し飛んだのだった。

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