ファルマスィ・コワンの代金話

イチネツムギ

街角の薬屋

 その昔からその街角にその薬屋はそこにあった。

 その薬屋の外観はある者には重たく、また、ある者には軽く感じる昔ながらの方法で出来た屋根は赤いレンガ、壁は土と石、木材で建てられていた。

 その扉を開けると必ずどこからかベルがリーンと一つ鳴る。

 その中の床は石を敷き詰めただけのものだった。

 そして、白いワイシャツは少し着崩しめに黒のズボンという身なりの一人の男が木で出来たカウンターの奥の部屋から出て来て来訪者に必ずこう尋ねる。

「君は何が欲しい?」

 来訪者は答える。

 男はその答えから選別する。

 自分の客かどうかを。

「足が治る薬? それならそこら辺にある薬屋に行ってくれ。此処は君みたいな軽傷患者が来る所じゃないんだ。もっと、もっと重症の患者が来る所なんだ。そう、君のようにね」

 この店の主人は来訪者のことを『患者』という。

 だが、男は患者のことを『客』としてしか見ていない。そんなことは患者には関わりのないことだ。だから、男は何百年も続くこの店の伝統を守り続ける。

『決して、常人には薬を売らない事』

 それが創始者からの約束だ。

 前主達はそれを守り続けた。

 自らの命を延ばし続けるために。

 この店の名は『ファルマスィ・コワン』――

 誰でも最初は受け入れるが選別し続ける。望み多き者達が来やすいように。


「君の心はとても疲れている。だから、君は此処に来た。君の意志など関係ない。君の心が欲したんだ」

 彼女は答えた。

「何を欲しているのか分からないって? この薬ではないのかね?」

 そう言って男は胸ポケットから彼女に木の蓋の付いた小さなガラス瓶に入っている赤く輝くサラサラの液体の薬を渡した。

「君の心が欲しているのはこの薬だ。さあ、この薬を飲めば君は自由になれる」

 彼女はその言葉に魅かれてその薬を受け取った。

「代金は君が考えたもので良い。お金でも君の宝物でも何でもね。その薬を使った時の君の価値を代金で教えてほしい。君の身体が心がまたこの薬屋の薬を必要になったならまたおいで。いつでも君の全てが満たされる薬を用意しといてあげるからね」

 彼女は言った。

「本当に用意なんてできるんですか?」

「ああ、できるよ。これから君がしようとすることもね」

 彼女はその言葉を聞いて店の扉を閉じた。

 次にこの店に来る者は誰だろうか?

「君は何が欲しい?」

 そう彼は来訪者に問い続け、選別し続ける。


「なるほど、とてもおもしろい話だ。だが、これは童話ではなく『事実』だ」

 現ファルマスィ・コワンの主人、デフロット・カペーは前主人の話をした男性客を見ながら言った。

 彼は前主人と同じものを着ていたが誰が見ても前主人よりもきちんとした礼儀正しい着方で白のワイシャツに黒のズボン、そして、革靴を履いていた。

「まあ、彼はもう五百年も前の人物さんだからね。そう言われても仕方ないのかもしれませんね」

 その男性客は徐々に何らかの『恐怖』を感じ、その場に固まり掛けていた。

 それを見てデフロットは言った。

「別に怖がることはないのですよ。僕はただその代価の代わりに『自由な童話』が欲しいのです」

「自由な童話?」

「そうです。僕のまだ知らない童話をお客様、いえ、患者様のご家族様がご存知ならばそれをお話下されば良いだけの事。何ならこの場であなたが適当に考え付いた童話でも良いのです。とにかく、それを聞くまではあなたが欲しているここでしかお売りしていないこの薬をお渡しする事はできません」

 デフロットは少し残念そうにその男性客に向かって言った。

「それが僕の代で一番変わった事なのです」

 男性客はどうしてもその透明な瓶に入った蒼い錠剤薬が必要だった。

「じゃ、私が小さい頃、母が私によくしてくれた『誕生石の物語』を話す。だから――」

「ああ、それはおもしろそうです。その童話がおもしろければこの薬をあたなにお渡ししましょう。では、どうぞ。お話を始めて下さい」

 デフロットはその男性客を前にとても生き生きとしたお話を読んでもらう前の子供の顔になった――。


「ファルマスィ・コワンの近くに今は誰も使っていない図書館があると聞いた」

 リヌはアベルの言葉を聞いて眼を輝かせた。

 少女だったリヌは少しずつ大人になっていく。

 そんな彼女がこれまでに読んだ本の中で一番好きな本はどこかの町で読んだ物語。

 時々、その物語を思い出す時がある。         

 彼女の欲するものはその物語の中にあったのだろうか?

 カーテンを開けても薄暗い中でアベルが用意してくれた小さな明かりがあちらこちらに何個もある。

 その中で少女は時間を忘れてたくさんの本を読んだ。

 最後に読んだ物語は埃が少し付いている『古の御話』だった――。

 これは一の月から十二の月の物語。

 ガーネットは見ていた――日常が粉砕し、全てがここから始まった。

 アメジストは感じていた――寵愛され、心から幸せな日々を送っていたのに。

 アクアマリンは言った――会話から初めての贈り物で心が動いた。

 ダイヤモンドは聞いた――永遠にあなただけを愛するという誓い。

 エメラルドは祈った――平穏なこの暮らしがこのまま続くと信じた。

 パールは求めていた――祝福され、自由を心から求める日々の始まり。

 ルビーは知った――歓楽と女王としての責務を求められた。

 ペリドットは必要とした――幸福とあなたは私にとっていなくてはならない存在となる。

 サファイヤは聞かせた――相談し、少しの悩みが解消した。

 ピンクトルマリンは輝いた――信頼し、私に新しい世界を教えてくれた。

 トパーズは知らなかった――暗躍が霧の中で動き出した事を知らないまま私は生きた。

 ターコイズは思った――虚実……全ての事実を終わらせた時、私はあなたを憎んだ。

 あの時の思いは今も生き続ける。

 二つの思いはもう一緒になることはない。

 永久の別れは彼女を哀れな姿に変えた。

 哀れな女王に救いの手を差し伸べた魔女はその代償に呪いを与えた。

 この先もその呪いが解けることはないだろう。

 その呪いこそが哀れな女王が生きた証となっているのだから――。

 宝石はいつまでも輝き続け、見続ける。

 人によって生み出され、壊されるその時まで。


 男性客が話し終わるとデフロットはパチ、パチと手を叩く感じも微妙な拍手をした。

「まあまあですね。おっとこれは失礼でしたね。でも、まあ、そうですか。あなたもその『リヌ』と『アベル』をご存知なのですね」

「な、『ご存知』だったらどうだって言うんだ」

 男性客は少しどもりながらデフロットに言った。

「それはおもしろい童話です。では、この薬あなたに差し上げましょう。楽しい一時をどうもありがとうございます」

 デフロットは男性客に深々とお辞儀の代わりににっこりとその男性客の欲している薬を男性客の手の上に差し出した。

「本当はこの半分の量、なんですけどねぇ」

 男性客はデフロットから薬を受け取ると一目散にファルマスィ・コワンから出て行った。

 それを見てデフロットは客のいない店で一人言った。

「『デフロットの気が変わらぬうちに』か。僕よりも前主人、『バルテルミー』の方がその言葉は良く似合うのに残念です。ね、バルテルミー。あなたはどんなお話が好きです? あ、もう、いないんでしたっけ」

 デフロットはクスッと笑ったようにも思えたが店の奥へとまた消えてしまった。

 と、思ったらまた顔を店の方にニョッと出し、窓の外を見た。

「おや、今日はあのお客よりも強い思いを持ったお客が来るようだ」

 そう言ってデフロットは出掛ける支度を始めた。

「では、彼の求めるものを探しに行きましょう」

 デフロットはファルマスィ・コワンの主人だけしか入れない店の一番奥のただ一つの部屋の扉を開けた。

「ここも昔は色とりどりの色で彩られていたのに今はもう僕の本、だけになって地味なものです」

 デフロットはその部屋の片隅に置いてある机の上にもう準備されていた紺色の火の付いたランタンを持ち外へと続く扉を開けた。

「おっと、ここは……うーん、良い匂いだ」

 デフロットはファルマスィ・コワンからとても不思議な場所に立っていた。

 そこは優しい青の花がいくつも咲き乱れとても良い匂いがした。

「デフロットこっちよ」

 そう声がした方へとデフロットは歩き出した。

「やあ、リヌ」

 彼は知っていた。

 だが、その『リヌ』は普通には見えないようだ。

 姿無きリヌをデフロットは下を向いて見つめる。

 彼には見えるのであろう。

 リヌという子とデフロットはどんどん歩く、紺色の火の付いたランタンを持って客が探し求めるものを探す。

 それが彼の仕事だ。

 それから数日間、次の客が現れるまで彼はこのファルマスィ・コワンに帰っては来なかった。

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