第207の扉  風の花

「ちょっと慣れてきたの、楽しい」


 はぁぁぁぁぁ、可愛い。たどたどしい話し方最☆高。もっと手を握っていたいから、一生慣れなくてもいいのにな。

 あ、でも慣れて満面の笑みで滑っている姿も捨てがたいよね。何しても可愛いからな、この人。

 というか、僕今手を繋いでいるんだよね、桜木さんとっ。んふ、ヤバい。口元がゆるゆるになる。手小さくないか? そして、柔らかい……


「おっとっと」


 んんんんんん……ギュってした。今転びそうになって僕の手ギュってした。可愛い、ヤバい、ぐふっ。

 合法的に手を握れるこの状況って最高だよね。スケートってこんなに素晴らしいアクティビティだったんだ、僕知らなかったよ。ありがとうございますうらら様。


「ごめんね、相原くん。手を繋いでなかったら転んでたよ」


 もっと握ってくれていいんだよ? いっぱいバランス崩して、ギュってしていいんだよ? その度に支えてあげるからね? そして、僕なしでは生きていけない身体にs……


「佐々木、今だ、行け!」

「レッツゴー!」


 犯罪者予備軍翼の発想が不純な結末を迎える前に、優一が結愛を発射。無事に翼を撃破した。


「何を……するんだい、佐々木さん。痛ぃ……」

「こっちの台詞だ、バカ野郎。なんてことを考えているんだ」

「相原くん、アウトォ!」


 コロンと転がる翼を見下ろしながら、優一と結愛がハイタッチ。優一はこうなることが分かっていたのだろう。風花に害が及ばないように、結愛の発射準備を整えていたようだ。


「何事!?」

「風花さん、相原さんと一周しましたから今度は私と行きましょうか」


 そしていきなりの展開にキョトンとしていた風花だが、うららが無事回収し、引き続きスケートを楽しんだ。




_______________





「ねぇ、美羽、ちょっといいかな?」


 風花たちがキャッキャッとしている少し離れたところで、一葉が美羽に話を振った。


「どうしたの、一葉ちゃん」

「……あの、ね」


 美羽が問いかけると、若干頬を赤らめながらモジモジとしている一葉。彼女のその言動で、美羽は一葉の話の内容が分かった。今までなかなか進展しなかった彼らの関係だが、ついに動き出すのかもしれない。美羽は一葉を焦らせないように彼女の言葉をジッと待った。


「あのね……」

「うん」

「私……」

「うん」

「私……あいつのこと好きなの」


 真っ赤な顔を更に赤くして言葉を紡いでくれる一葉。花開いたままずっとくすぶっていた彼女の感情がようやく外に出てきてくれた。


「あいつの言葉の意味は結局分からないけど、何かどうでも良くなっちゃった」


 一葉は恥ずかしそうにくしゃりと笑う。

 夏旅行の時に彬人から言われた言葉。『俺には無理だろうな』

 この言葉の意味は分からないままだが、一葉の心情には変化が。


「この前、月の国のひかるが来たの。真っ直ぐに風花に気持ちを伝えて、玉砕してた。でもあいつすごくキラキラしてて、私もちゃんと伝えなくちゃって思ったの。伝えたいって思ったの」


 先日、風花の家を訪れ結婚の申し込みをしたものの、敢え無く散っていったひかる。しかし、自分の気持ちを打ち明ける彼の姿は輝いていて、一葉の瞳にひどく眩しく映った。


「今まで、振られたらどうしようとか、嫌われたり、今の関係が崩れたら嫌だなって思ってたけど、そんなの、もう、どうでもいいの」

「一葉ちゃん」

「私は彬人が好き。だから、ちゃんと伝えたい」


 そう言う一葉の瞳は、真っ直ぐに美羽を見つめている。彼女はしっかりと心を決めたようだ。


「本城くんは、きちんと聞いてくれると思うよ。しっかり伝えておいで」

「うん」


 美羽は一葉の背中を力強く押す。結果がどうなるか分からない。それでも伝えられずにはいられない。恋する少女は想い人へとその足を進める。







_______________







「あれ? 一葉ちゃんと本城くんが居ないよ」

「用事があるんだって。先に帰っててって言ってたよ」

「へぇ」


 一同スケートを堪能し、ほくほくと帰路につく途中、彬人と一葉の不在に風花が気がついた。しかし、美羽が彼女の足を促すので、納得の声を漏らして先へと進む。


「颯、行くか?」

「うん、これは行くしかないよぉ、ぐふっ」


 そんな中、優一と颯の危険コンビがにっこり笑って目配せ。喜々として来た道を戻ろうとし始めた。


「俺も用事があったような気がするから、みんなは先に帰ってろよ!」

「俺もぉ!」

「お二人とも帰りますわよ」

「「え……はぃ」」


 茶化す気しかしない彼らを真っ黒な微笑みのうららが仕留めた。そして……


「あ、そう言えばね、昨日クッキーを焼いたんだけど、誰かに味見してほしいの」

「成瀬さんと鈴森さんがしてくれるそうですわ」

「は⁉ おい神崎お前!」

「翼くんも食べたいって言ってたよぉ」

「え、僕!?」

「わぁ、嬉しい! よろしくお願いします!」

「「……うん」」


 翼までも巻き込み事故で、『風花のクッキー味見係』の刑に処されることとなった。




____________




「風ちゃんまた明日!」

「うん、バイバイ!」


 若干数名すでに胃が痛そうであるが、無事風花の家の前まで帰ってくる。別れの言葉を口にし、それぞれ家へと散って行った。そんな中……


「あ! 雪だ!」


 風花から嬉しそうな声があがった。見上げると、綺麗な青空にちらほら真っ白な雪が。楽しそうに舞っている。


風花かぜはなですね」


 家から持ってきたマフラーを風花にかけながら、太陽がポツリと呟く。

 風花かぜはな。晴天時に雪が風に舞うように降ること。何とも幻想的で儚い光景。読みは違えど、漢字は目の前の少女と同じ。


「綺麗!」


 桜木風花。彼女もこの風花かぜはなの現象と同じ、美しくも儚い印象。いつか消えてしまうのではないか。そんな不安が沸き起こる。しかし、冷静に考えてみれば別れはいつか来る。

 彼女はこの世界の住人ではない。異世界からの来訪者。心のしずくを全て集めれば、風の国へと帰っていくのだろう。

 毎日のように顔を合わせていた彼女と、会えなくなる日はそう遠くない。翼は自分の心の中の感情を確かめる。自分の気持ちを彼女に打ち明けるべきなのか。


「どうしたの、相原くん?」


 翼は余程難しい顔をしていたのだろう。風花が心配そうにのぞき込んだ。


 僕の名前を呼んでくれるのは、あと何回あるのかな。


 彼女の動作全てが寂しさを誘っていく。

 今まで当たり前だと思っていた。手を伸ばせば君はいつもそこに居て、名前を呼んで微笑んでくれる。でも、当たり前のことなんて何一つないんだよね。始まりがあれば終わりが来るように。出会いがあれば、別れが来るんだ。


「なんでもないよ……さようなら、桜木さん」


 いつもは何げなく口にしていた別れの言葉も、今日はひどく寂しい色を滲ませた。


「またね、相原くん」


 その色を感じ取ったのだろうか。風花はふわりと安心させるように微笑んで、「またね」と告げてくれる。彼女のその優しい声音が、胸の中にジンと広がった。

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