第205の扉 再び来ました
ピーンポーン!
一葉が彬人をボコボコに叩きのめしていた頃、玄関のチャイムが鳴った。風花と月が客人を出迎えに玄関へと走る。すると……
「「わぁ!」」
風花と月から同時に驚きの声が漏れた。何事だろうか、驚いた翼たちが玄関に向かうと……
「お久しぶりでございます、風花姫」
「ひかるさんと美鈴さん!」
月の国の王子、月野ひかるとそのメイド美鈴の姿が。ひかるは相変わらずのキラキラ衣装で、太陽光の反射により眩い光を放っていた。その横ではメイド服の美鈴がぺこりと頭を下げている。
「キラキラの王子様なのだ!」
そして、ひかるを初めて目撃した彬人のテンションが爆上がり。ひかるの服に負けないくらいに、瞳を輝かせて彼をガン見している。
「すごいのだ! このマントカッコいいのだ!」
「お? この服の良さが分かるとは、君なかなかやりますね」
「こっちにはポケットがついているのだ! 素晴らしい!」
「そうだろう、そうだろう」
褒められるのも満更ではない様子のひかる。マントをバサッとやったり、上着を脱いで見せたりと得意げである。
延々と続いてしまいそうなこのやり取り。一向に話が進まないので、一葉が彬人をぶん殴り気絶させた。
_______________
ひかると美鈴をリビングへと通し、お茶を出す。すると途端に……
「風花様、私と結婚してください」
「お断りします」
デジャブである。結婚を申し込むひかると即答で断る風花。ひかるの隣では美鈴が頭を抱えている。こんな主人を上に持つと、メイドは大変そうだ。
そして、風花の後ろでは、翼がソワソワし始めた。恋するモザイクボーイとして、恋敵の出現は重大問題である。
「王子、まず本来の目的を果たすべきかと」
「ふむ……」
一通りため息を出し切った美鈴がひかるに提案する。以前は風花を攫って強引に結婚しようとしたひかる。美鈴の口ぶりから、今回は結婚が目的ではなさそうだが。
「風花様、私と結婚してください」
「お断りします」
話を聞いていただろうか。目的が何なのか全くわからないが、ひかるが風花とどうしても結婚したいということだけは分かった。
「こちらをお届けに参りました」
ひかるからの説明が期待できないので、美鈴が代わりに話を進める。彼女が差し出した手のひらには、3つの心のしずくが。月の国で発見したものを持ってきてくれたようだ。
「わぁ! ありがとうございます」
「いえ、お役に立てて何よりでございます」
美鈴は丁寧に両手でしずくを渡してくれる。流石は王宮に遣えるメイド。所作の一つ一つがとても美しい。風花が彼女の動作に見惚れていると、柔らかく微笑んだ美鈴が口を開いた。
「風花様方のおかげで、王子は心を入れ替え月の国は発展を遂げております。皆様には感謝してもしきれません」
「そうなのです、我が月の国は目覚ましい発展を遂げました。そして今後も発展していく予定です。その変化を、あなたに一番近くで見てほしい! 姫、私と結婚してください」
「お断りします」
流れるような所作で風花への結婚を申し込むひかる。もちろん即答で玉砕した。そして、さっきからずっとソワソワが止まらない翼。幸い風花の後ろで大人しくソワソワしているだけなので問題はないのだが、正面にいるひかるたちには丸見えである。
「姫、少し二人で話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
ひかるは何かに勘付いたのだろうか。一瞬翼に微笑みかけると、風花を庭へと誘う。
「おい、金ぴか。攫うなよ」
「もうしませんよ」
ひかるにジトッと警戒の目線を向ける月。一国の王子を金ぴか呼ばわりするとは、彼もなかなかのものである。
「姫、こちらへ」
「はい」
ひかるがふわりと手を差し出して、風花と共に庭へと歩み出る。流石は一応王子様。所作が丁寧で紳士的である。
____________
「さて……」
庭に出ると、冬の冷たい風が二人の頬を撫でた。ひんやりとした風につられて、すっきりとした気分になる。彼は何を話してくれるのだろうか。風花は首を傾げながら彼の言葉を待つ。
「姫、私と結婚してください」
「お断りします」
隙あらば結婚しようとして来るひかる。『さて……』と話題変換の接続詞を使っておいて、何も変換されていない。
「ごめんなさい、ひかるさんの申し出はとても嬉しいのですが、私はまだ誰かを好きになる感情を理解できないんです」
ひかるに任せておくとエンドレスループなので、風花がなぜ結婚できないのかを明確に述べ、頭を下げる。
「だから、ごめんなさい」
「そうですか。……理解できたとしても、あなたの心に居るのは私ではないかもしれませんね」
「? どういうことですか?」
「いえ、独り言です」
風花の問いにひかるはにこりと微笑んだ。その笑みからはどこか寂し気な空気を感じるのだが、気のせいだろうか。
「私は待っていますよ、あなたのことを。いつか愛を知ることができて、その時あなたの中に少しでも私が残っていれば、どうか会いに来てください」
風花が考えていると、今度は温かい笑顔で微笑みかけてくれる。彼は本当に風花のことが好きなのだろう。自分と国を変えてくれるきっかけをくれた、風花のことを。
「そして、ここからはまた私の独り言になりますが、あなたが愛を知った時、忘れたい少年が居るのなら、その時も私のところに来てください。私が全てを塗り替えて、忘れさせてあげましょう」
「ふふっ、強引な所は変わっていないんですね」
「お嫌いですか?」
「いえ、楽しいです」
風花にはひかるの言葉の本当の意味が分からないが、彼が自分のためを思って言葉をくれたことは分かった。コロコロとした笑い声をあげて、二人で微笑み合う。
「何を話しているんだい楽しそうに笑っているよ僕もあの笑顔を拝みたい」
「……炎、とりあえず落ちつこ?」
一方、ぺったりと窓ガラスに張り付いて、ひかるたちの様子を観察している翼。月が宥めるも、なかなか剥がれそうにない。
「……」
翼越しにひかるのことを眺めながら、一葉は自分の胸の中の感情を確かめる。
もし、自分にひかるのような度胸と勇気があれば、彬人に想いを伝えられていただろうか。自分たちの関係は今と変わっていただろうか。
でも、フラれたらどうしよう。今の関係が壊れたらどうしよう。このまま好きでいられるなら、気持ちは届かないままでいい。自分の感情はずっと閉まったままで構わない。
だけど……
風花に好きだと伝えるひかるの姿は、とても眩しくて。
「いいな……」
真っ直ぐに気持ちを伝えている彼の姿を見ていると、自然と羨望の言葉が口をついた。
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