第209の扉 タポ、タペ
「ふっ、漆黒が街を黒く染めていく。闇に打ち勝ち、また相まみえよう」
訳)みなさんさようなら。明日も元気に会いましょう
スケートから数日が経過し、本格的に冬がやってきた頃、いつもの如く意味不明な言葉を口にして彬人が消えて行った。そして、他の生徒たちもそれぞれ散って行く。そんな中、帰り支度をしていた翼に優一が話しかけた。
「翼、一緒に帰ろ!」
「ごめんね優一くん今日は僕用事があって急いで行かなくちゃいけないんだそれじゃあまた明日さようなら」
「お、おぅ」
翼は一息でそう言うと急いで走り去っていく。いまだかつて見たことのない彼の急ぎっぷりに、何事かと思ったが、翼の姿はもう見えない。優一は首を傾げながらも、一人帰路につく。
「風ちゃん一緒に帰ろ!」
「帰る!」
翼が走り去っていく中、結愛が風花に話しかける。そして、結愛のアホ毛が楽しそうに揺れているので、つられた風花の頭にもアホ毛が生えた。
「あ、そういえばね」
「およ?」
二人で仲良く手を繋いで下校中。風花が思い出したように話を振った。
「結愛ちゃんは飲んだことある? 最近話題になってる……なんだったかな、えっと、タポ、タペ? タペ何とかっていうのをね」
「タぺ?」
「うん、タペタプ……んー、あ、そうだ! タラコスパゲッティ! 結愛ちゃんは飲んだことある?」
「およよ……タラコスパゲッティは飲んだことないけど、タピオカミルクティーなら飲んだことあるよ」
「あ、そうそれ! カピパラミルクチー!」
「およ、動物が混じっちゃったな」
パスタを飲もうとしていた風花だが、今度は動物を飲もうとしている。風花はカタカナが苦手だ(例:プレパラートニーチ)この調子だと、店員さんにも変な注文をしそうである。
「今日ね、太陽と一緒に飲みに行くんだ! タブレットミルミル!」
「……うん、楽しんでね」
「ありがとう!」
言葉に出す度に原型が無くなっていくタピオカミルクティー。正しく名前を呼んでもらえないので、何だか可哀想な気がしてきた。
しかし、太陽が一緒ということなら心配はないだろう。風花が変なことを口走っても、訂正してくれるはずである。
「パラボラアンテナください!」
「すみません、タピオカミルクティーをください」
時は進んで制服から着替えた風花が太陽と一緒にデパートへ。そして、結愛の予想通り早々に風花がやらかした。しかし、後ろに控えていた太陽が速攻で情報を修正し、タピオカミルクティーを入手することができた。
「美味しい!!!」
「良かったですね」
「一緒に来てくれてありがとね」
「いえ、こちらこそお供させていただき、光栄です」
希望の物をズズーとすすり上機嫌な風花と、嬉しそうに顔をほころばせる太陽。
最初は無感情無表情だった風花だが、心のしずくをたくさん取り戻し、今ではいろんな感情を見せてくれるようになった。彼女はこれからもいろんな顔を見せてくれるだろう。それが楽しみで仕方ない。
「月! 月も飲んで! ぺコパコパペット!」
「……タピオカミルクティーだろ」
風花がズイッと身を乗り出して、人格チェンジを所望。ブワッと黒い物をまき散らしながら、月とチェンジした。
「どう? どう? 美味しい?」
「うん美味しいよ」
「んふっー」
自分で作った訳ではないのに、何故か自慢げな風花。しかし、美味しい物を太陽と月と共有できたことが嬉しいのだろう。とても幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「さて、そろそろ帰るか」
「うん……あれ?」
ミルクティーを満喫した頃、そろそろ帰ろうと立ち上がったのだが、それと同時に風花の動きがピタリと止まる。
「あ、相原くんだ……それと?」
「炎と女だな」
遠くに翼の姿を発見。そして、その隣には同い年くらいだろうか、ショートカットがよく似合う可愛らしい女の子がいる。しかも、二人仲良く手を繋いで歩いている。
「ん?」
風花はそんな二人の様子を見ると、胸がキュッと痛くなった。痛みの原因を考えてみるも、正体は掴めない。この気持ちはなんという名前だろう。
「ほほぅ……」
(ちょっと、月。何をする気ですか?)
風花の隣に居た月が黒い笑顔を浮かべた。心の中で太陽が焦っているも、身体の主導権は今、月にある。
「風花」
「ん?」
「あいつは炎の彼女かもな」
「か、の、じょ……」
月の発言と共に風花の動きがピタリと停止。そのままフリーズした。
(ちょっと、月! いい加減にしてくださいよ)
「なんだよ、面白いからいいじゃんか」
(そういう問題ではありません!)
太陽と月が言い争いをしているものの、そんな騒ぎも風花には聞こえない。胸が痛くてどうしようもない。
_______________
「風ちゃん?」
「どうしたの?」
「んーんー」
翌朝、自分の席に突っ伏して、うなり続けている風花を、美羽と一葉が発見。
「体調悪い?」
「んーんー」
「保健室行く?」
「んーんー」
風花は問いかけに唸ることしかしない。この症状は何だろう。こんな状態の風花は初めてである。二人が考え込んでいると……
「胸が、痛いの」
ポツリと風花が呟いた。心臓の奥がチクチクと痛むようだ。更に話を聞いてみると……
「昨日、相原くんを、見た時から、痛い」
「何かあったの?」
「相原くんが可愛い彼女さんと手を繋いで歩いてたんだ。それからずっと胸が痛いの」
「「ちょっと相原くん!!!」」
思いがけない風花の言葉に、美羽と一葉のセコムコンビがブチ切れ。自分の席でのほほんとしていた翼の元へ突撃していく。
「んぇ!? な、な、なに、僕?」
二人の突撃に目をパチクリしている翼。あれだけのことをしておいて、彼には自覚がないのだろうか。昨日優一の誘いを断って、急いで駈けていったが、女の子とデートをしていたのか。
「どこで捕まえてきたの? 随分可愛い子だったみたいねぇ」
「相原くんがそんな人だとは思わなかった!」
「えぇ!? ちょっと待ってよ、なんのこと?」
「とぼけないで!」
「風ちゃんという子がありながら、この女タラシ!」
「何の話をしてるの? 僕全然分からな……わわわっ!」
「「こっちに来なさい!」」
問答無用で翼の首根っこを掴み、引きずっていく美羽と一葉。キョトンとしている翼を風花の前に突き出した。
「あのね、昨日、デパートで、相原くんが彼女さんと、手を繋いでいる所を見たの」
「ここまでのことをしておいて、何もありませんじゃ納得できないからね!」
「ちゃんと説明して!」
「あぁ、麻衣のことか」
「麻衣!?」「名前呼びしてる!」
女の子の名前が麻衣と判明。
翼は普段、女の子たちのことを名字で呼んでいる。そんな彼が名前で呼ぶ人物。余程関係が進展しているのだろう。
「もう信じらんない!」
「どこまで進んだの!? もうやること全部やってるの!?」
「ちょちょ、落ち着いてよ、二人とも。麻衣は別に……」
「「これが落ち着いていられますかっ!!!」」
「僕の妹だよ!」
翼が発した言葉に、美羽と一葉の動きがピタリと止まった。
妹の名前は、相原麻衣。翼たちの一つ年下で中学一年生。
「あいつ、いつも買い物の時には手を繋ぎたがるんだ。小さい頃の名残なんだろうね。僕は少し恥ずかしいんだけど……」
翼は恥ずかしそうに頭を掻いている。昨日も母親からおつかいを頼まれて、二人で出かけていたそうだ。その途中で、麻衣が手を繋ぎたがり、偶々その光景を風花が目撃してしまったらしい。
「なんだー、びっくりしたー」
「妹さんが居るなんて知らなかった」
「あれ? 話してなかったっけ? 僕は麻衣との二人兄妹だよ」
誤解が解けてすっきりとした一行。風花の胸の痛みも徐々に消えていった。そして、痛みの代わりに温かい安心した感情が沸き起こる。
「?」
風花は自分の感情の変化に戸惑いを感じた。今、非常に穏やかな気持ちなのだが、どうしてそんな感情なのだろう。そもそも、どうして胸が痛かったのかも分からない。
「なんで、私はホッとしてるんだろう……」
小さく呟かれた彼女の呟きは、誰にも届かなかった。
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