第169の扉 新アホ毛コンビ
「おや、姫様お目覚めですか。おはようございます」
「迷惑かけてごめんね。おはよう」
太陽と優一がリビングに戻ると、にこやかに迎えてくれる風花と。
「悪……」
「あぁぁ、ダメダメ!」
『悪魔の食べ物』と呟きかけた彬人の口に、クッキーを押し込む翼。彬人は思ったことを口にしてしまう習性があるので、試食会などでは二度犠牲になることが決まっている。そして、いつもの如く彼は尊い犠牲となった。
「姫様、お身体は異常ありませんか?」
「うん、大丈夫だよ!」
静かに合掌を捧げながら、太陽は風花へ話を振る。起きた時に多少の記憶混濁があったものの、それ以外は異常なし。偽装しずくが身体に馴染んだようだ。これで彼女はもう自力で術を解くことはできないだろう。
「あ、しずくの反応が出ましたよ」
仲良く全員が犠牲になった頃、太陽のパソコンに異世界のしずくを示す反応が。今回反応があったのはセレナ島という、島の近くのようだ。海の上にポツンと浮かぶ孤島である。この島は自然豊かな場所で、島全体が木で覆われている。人は住んでおらず、動物やゴブリンたちが暮らしているようだ。
「ふはっ! ジャングル探検隊!」
異世界と聞いて屍彬人が早速復活。立ち直りの速さ風の如し。アホ毛がぴょこぴょこと揺れて、とても楽しそう。
「ジャングル! 探検!」
「「!?」」
そんな彬人に誘われて、風花の頭の上にもアホ毛が生えた。嬉しそうにぴょこぴょこと揺れている。
心のしずくをだいぶ取り戻し、感情が豊かになってきた彼女だが、その表現方法が彬人のせいでぶっ飛び出した。これは由々しき事態である。すぐさま太陽が風花の頭を撫でて、アホ毛を収納。
「太陽、なに?」
「何でもありませんよ」
太陽はにっこりと微笑んで魔法発動のために腕を一振り。深緑色の四角い扉が出現した。
「よし! 探検隊、出発である!」
「うん!」
太陽が収納したにも関わらず、彬人の声かけで再びアホ毛が出現。新アホ毛コンビがぴょこぴょこと楽しそうに扉の中へと歩いていった。しかし……
「「おわぁ!?」」
風花と彬人の声が響き、彼らの姿が消えた。驚いた翼たちが扉に駆け寄ると
「えぇ……」
「落ちてるやん」
そう二人は落ちていたのである。扉が上空に位置してしまったようで、二人は今まさに真っ逆さまに落ちている最中だった。そして、その下は海。このままでは二人仲良くドボンである。
「ふ、俺に秘められし魔力を今解放……」
「いいから、早くやれよ、彬人!」
彬人が長々しい台詞を言おうとしていたが、それを優一が遮る。彼が全て台詞を言っていたら、確実に海に落ちてしまうだろう。二人の目前まで水が迫っていたのだ。
彬人は優一の言葉にぷくぅと頬を膨らますも、ぎりぎりの所で呪文を唱えてくれた。
「
「
彬人が海の上に葉の船を作り、風花が上昇気流で身体をふわりと浮かせる。二人はゆっくりと葉の船に着地することができた。
「ふ、俺に秘められし……」
「無事でよかったな」
彬人の船に飛び乗りながら、優一が声をかける。言葉を遮られてしまい、彬人の頬がまたぷくぅと膨れた。
「すみませんでした」
「太陽のせいじゃないよ、大丈夫」
太陽はさっきからぺこぺこと謝っているが、風花と彬人は無事。怪我もないし、海にも落ちていない。びっくりしたが、楽しかったので、風花はニコニコ笑顔だ。彼女の笑顔を見て、翼がお花を飛ばしている。
「でも、どうして上空に位置したのでしょうか」
太陽が首をコテンと傾げて疑問を口にする。
太陽の使用する扉魔法。風花の心のしずくの反応を感知して、近くに出現できるようにしている。今まで上空に位置することなどなかったのに……
辺りを見渡してみると、遠くの方に出発前に聞いたセレナ島という島。それ以外は見渡す限り海、海、海。
「ん? あれじゃないかな?」
一同考え込んでいたが、翼が空を眺めて指を指す。そこにはセレナ島に向かって落下している大きな隕石のような物が。その大きさは軽自動車一台分くらいあるだろう。そして、あの隕石の中に心のしずくがあり、太陽の扉魔法の座標が上がってしまったらしい。
「あんな高い所のどうするの」
隕石はいまだ落下を続けており、上空の遥か彼方である。翼たちは魔法を使うことができるものの、飛ぶことはできない。落下地点まで移動して待つしかないだろうか。
「相原くん」
「ん? え、ちょ、何!?」
「お願いがあるの」
考え込んでいると、風花が何か閃いたらしい。目をキラキラさせながら翼に突進し、ボフンッと埋まった。もちろん翼は真っ赤。モザイク寸前の顔を何とか保ち、風花から作戦を聞く。
_______________
「行くよ」
風花が考えた作戦は中央投下。しかも風花と翼の同時発射である。太陽が風花を、優一と彬人が翼を発射し……
「
「
火力を増すように風を起こして、巨大なハンマーを作成。二人の合体技を力いっぱい隕石にぶつける。
ゴーン!
思いっきりハンマーを隕石に叩きつけると、鈍い音が響き渡り隕石が粉々に割れた。そして中からは一粒の心のしずくが。風花が空中で器用にキャッチ。
「よし、成功したな」
「ふ、羽根を失くした天使たち」
隕石を破壊した二人はそのままセレナ島に落下した。
_______________
バサバサバサ
「桜木さん大丈夫?」
「うん、平気」
無事に隕石を破壊した二人は、セレナ島の森の中に落下。木がクッションとなったため、目立った怪我はしていない。心のしずくも無事に回収でき、あとは元の世界に戻るだけである。
『天使たち聞こえるか?』
「彬人くんだ。うん、聞こえるよ」
翼たちがホッと息を吐きだしていると、イヤホンマイクから彼の声が届いた。天使ってなんのことだろうと思いながら、翼は彬人の話の続きを聞く。
『ふ、今から俺たちが傷ついた羽根を癒しに参上する。しばし待たれよ』
訳)怪我はしていませんか? 今から迎えに行きます
「「ん?」」
残念ながら彬人の言葉を翼と風花は翻訳できない。彼は何を言っているのだろうか、と首を傾げていると再び声が届く。
『ふ、天空を駈ける竜の如き速さで、ぶへっ!』
「「!?」」
苦しそうな声と共に、彬人の言葉が途中で途切れた。何かあったのだろうか。二人が心配していると新しい声が耳に届く。
『バカやろ。翼と桜木にお前の厨二病言葉が通じるわけないだろう。ちゃんと人の言葉を話せや』
『無礼者! 俺の扱いし言語は全世界共通語だ!』
『はいはい、分かった。俺があいつらと話すからお前は黙ってろよ』
『いやだ! 俺が天使たちと話すのだ!』
どうやら意味不明な言語を話す彬人を、優一が突き飛ばしたらしい。賑やかな声が聞こえている。
「成瀬くんたち楽しそうだね」
「そうだね」
わちゃわちゃと騒がしくしている彼らはとても楽しそうだ。そのやりとりは船の上で行われているのであろう。誤って落ちたりしないかが心配だ。主に彬人が。
そんな想像をしてしまい、翼は苦笑いを浮かべる。彼ならやらかしそうだ。
「「……」」
翼と風花の間に沈黙が広がる。二人とも耳にはイヤホンマイクをつけているので、彬人たちが騒がしくしている声は耳には届いていた。
しかし、辺りから物音は聞こえない。ここは人もいない無人島。静かな森の中。
あれ? 今のこの状況って……
「相原くん、どうかした?」
翼は隣にいた風花と目が合った。風花は状況を理解していないようで、キョトンと首を傾げている。その仕草に翼の心臓は鼓動を上げた。
ドクドクドクドク
彼の心臓が激しく脈を打つ。音がうるさい。隣にいる風花にまで聞こえてしまうのではないかという位の音が、自分から鳴り響く。翼は気がついてしまったのだ。今のこの状況に。
風花と二人きりなのだというこの状況に。
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