第168の扉 ツートップ
「嘘だな?」
「……」
リビングを抜けて扉を閉めると、優一の鋭い視線と言葉が太陽を貫いた。
「桜木が自力で術を解いたから、手を打ったか?」
「はぁ、あなたはどうしてそうも聡いのでしょうか」
優一の問いかけに太陽が頭を抱えた。彼の前で隠し事はできないらしい。太陽は諦めたように息を吐き、答えを返す。
「おっしゃる通りです。姫が思い出しかけたので、無理矢理封じ込めました」
太陽が風花の中に入れた心のしずく。それは風の国の帰国時に、風花の母親である優風からもらったものだ。優風の記憶を元に作成したもので、風花が感じる違和感を消せるように作用してくれる。
「暴発はしないのか?」
「問題ないと思います」
以前、消助の時に魔力暴発の一歩手前まで追い詰められた風花。今回の偽造しずくも記憶操作系の魔術師が術式を組んだのだが、それと一緒に優風の魔力も込めたので、風花と同化できるだろう。
「なるほど……」
優一は太陽の抜かりない準備に感心する。それほどまでに隠したい事実なのだろう。太陽が繰り返しため息をつく中、優一は覚悟を決めて口を開いた。
「前にお前は言ったな? 『隠している事実を知った時、今までと同じように接してくれますか』と」
「はい」
「約束する、と答えたら打ち明けてくれるか?」
優一の発言を聞いて、太陽の顔から感情が消える。スッと冷たい光を瞳に宿した。
「あなたには知る必要のないことです」
「寂しいこと言うなって」
優一は太陽の冷たさにも動じず、肩を組んで体重を預ける。その口調、仕草はただ友達と楽しくふざけ合っているかのような行動だった。彼のその行為でほんの少し太陽の顔に感情が戻ってきた。
「神崎と少し話したんだ」
彼の表情を確認して優一は優しく言葉を紡ぐ。
______________
「お前は封印のことどう思う?」
「そうですね……」
太陽が帰国した時、優一はうららに彼の秘密を打ち明けて意見を求めた。優一は学年主席、うららはトップ5。この二人は精霊付き頭脳派ツートップである。
「太陽さんの瞳には、私たちの日常はどう映っているのでしょうね」
うららは悩みながらも、言葉を紡いでいく。彼女は太陽の話した言葉の矛盾点に気がついたようだ。
「俺もそれは気になってたんだ。矛盾してるもんな」
太陽が自分たちに秘密を打ち明けられないのは、優一たちの日常を守るため。隠されている事実を知った時、風花に引っ張られて壊れる人物が発生するから、と言っていた。それなら……
「太陽さんは、風花さんが隠されている事実を知っています。あの方の日常は壊れていないのでしょうか」
______________
「はぁ、どうしてそうも聡いのですか、あなたたち二人は本当に恐ろしい」
「褒め言葉として受け取っておくな」
優一とうららの会話を聞いた太陽からため息が止まらない。優一うららのツートップは賢すぎるのだ。彼らの目にはどこまで見えているのだろう。
「さて、説明してもらおうか」
優一がいたずらっぽく笑って、太陽に答えを求めた。どこまでも見透かすようなこの瞳を前に、嘘偽りは述べられない。太陽は諦めたように息を吐いた。
「はっ! エンジェルの目覚めである」
「あ、桜木さん。気がついた?」
風花の目がパチリと開いた。気がついた翼と彬人が彼女の顔を覗き込んだのだが、どうも様子がおかしい。
「あれ? 大丈夫?」
「……」
「桜木さん?」
彼女は寝っ転がったまま、ぼぅっとしているだけなのだ。翼が彼女の名前を呼ぶも、全く反応を示してくれない。どうしたのだろうか。
「桜木さん?」
「……」
「分かる?」
「……」
「えぇ、どうしよう。太陽くん呼ばないと」
「……ん?」
翼と彬人が慌てて太陽を呼びに行こうとしていた時、風花の瞳が揺れた。ほんのりと普段の優しい光が彼女の瞳に戻ってくる。
「あ! 分かる、桜木さん?」
「……あい、はらくん?」
「うん! うん! そうだよ、僕だよ!」
ぼんやりとしていた風花だが、きちんと翼のことを認識し始めた。ゆっくりと身体を起こすも特に痛みなどは感じておらず、無事。どうやら一時的な意識混濁だったようだ。彼女の様子に翼と彬人から息が漏れる。
「あれ? 私はどうしたのかな?」
「貧血で倒れたんだよ」
「……あ、そうか。クッキーを作ってて、途中で」
次第に混乱してきた記憶がはっきりとしてきたようだ。『クッキーを作っていたら、めまいを感じて倒れ込んだ』と認識しているらしい。
「無理しないでね」
「ありがとう」
「私は心の中で『仕方がないこと』として認識しているのですよ」
「仕方がない?」
「はい。今焦ってしずく集めをしたところで、事態はどうしようもないのです。だから、焦る必要はないと割り切っています」
太陽が隠している事実。風花が全ての時間を削って、しずくを探し出そうとする事実を彼は仕方がないと片付けた。感情と決別しなければ、太陽ですら引きずられていたのだろう。
「桜木にはそれが無理ってことか」
「はい」
感情と同化しやすい風花。彼女に感情の決別はできないだろう。だから、太陽は風花に話せない。それと同様に距離の近すぎる自分達にも話せない。その事実を知れば、焦ってしずくを集める人物がでるのだろう。
「なるほどね……」
太陽の説明に優一は納得を示す。これで彼が自分たちに言えない理由と、それを知っている太陽の日常が壊れていないことに筋道が通った。
「あぁ」
これで追及から逃れられると思った太陽だが、つい諦めの声が漏れる。優一はいたずらっぽく微笑んだままなのだ。どうやら、彼の策略にはまったらしい。
これだから彼は侮れないし、恐ろしい。
「お前にそれができるなら、俺にもできるよな?」
「ですから、あなたたちが知る必要はないと……」
「俺は言ったぞ? お前の力にもなりたいって」
太陽が自分たちを大切にしてくれるように、彼らにとって太陽も大切な存在である。彼の背負っている物が少しでも分けてもらえるのなら、一緒に背負いたい。
「な?」
「……」
優一は真っ直ぐに太陽の瞳を見つめてくれる。彼のあまりにも真っ直ぐなその瞳に、太陽は胸の中に熱い感情が沸き起こるのを覚えた。
彼にそれを悟られないように、慌てて下を向く。
なぜそうも優しくしてくれるのですか。あなたたちには関係のないことなのに。
知らない方が幸せな日常を送れると言っているのに、どうして、そんなに。
「少し、考えさせてください」
「あぁ、もちろん」
声が震えないように耐えたのに、やはりお見通しだったらしい。優一は太陽の頭をポンポンと撫でると、そのままリビングへと消えていった。
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