第153の扉  梨都さん

「プレパラートニーチ!」


 プライベートビーチである。

 夢の国から一夜明け、風花と太陽は朝ご飯中。ちなみに今日の朝ご飯担当は太陽。目玉焼きとお味噌汁、お漬物、という和風な仕上がり。


「楽しみだね」


 風花の頭はクエスチョンマークでいっぱいだが、明日からの旅行が楽しみなのだ。目がキラキラと輝いている。そんな彼女の様子を見ているとこちらまで頬が緩むのを感じた。

 異世界の住人、風の国の姫。背負う肩書、運命は重いが彼女は普通の女の子。翼たちとの出会いで、彼女が普通のことを経験できる機会が増えてきた。

 太陽は風花との日常を大切にしてくれる彼らに感謝しかない。これからも風花の日常は輝くことだろう。


「あっ!?」


 太陽は風花の未来を思い、目を細めていたが、突然腕を押さえてしゃがみこんだ。何事だろうか。


「ひ、め……逃げて、ください。あの方が、来ます」


 太陽は額に汗が滲んで苦しそう。腕をプルプルと震わせて必死に押さえこんでいる。『あの方』とは誰なのだろうか。


梨都りとさんが、来るの?」


 しかし、風花には伝わったらしい。顔が真っ青になっている。そして、うずくまっている太陽の腕にしがみついた。


「太陽、頑張って! 扉開けたらダメだよ」

「は、ぃ……しかし、あちらの、力が、強いのです」

「私の魔力も使って!」


 風花は太陽に向かって自分の魔力を送り込んでいる。どうやら太陽の扉魔法に干渉して、無理矢理こちらにやってくる人物がいるようだ。彼が腕を押さえ込んでいるのはそのためである。


「あぁぁぁぁ、だめ、ですぅ。もう、むりぃです」

「やだ、太陽お願い、頑張って!」

「ひ、め、逃げて、ください」

「いやだ!」

「んぅ……っ、ぅ」


 二人の努力虚しく、彼らの前には桜の花びらが描かれた真っ白な扉が出現。そして、中からは……


「はぁ、今回は手こずったな」

「「あぁぁぁぁ」」


 強引に手で扉をこじ開けて、20代くらいの女性が。彼女の登場に風花と太陽が崩れ落ちた。

 この女性は小松梨都こまつりと。風花の師匠である。幼少期から彼女に魔法の使い方、体術などを教えていた。スラットした高身長で、赤いチャイナ服のような物に身を包んでいる。大きく入ったスリッドから、彼女の細い足がこんにちはしていた。

 彼女は太陽の扉魔法に無理やり干渉し、こじ開けたのだが、通常ではそんなことできない。目の前の彼女が怪力と、膨大な魔力を持っているからできる業である。


「少し見ないうちに二人とも美味しそうになったね」

「「ひっ!?」」


 その発言に二人の顔があからさまに青くなる。彼女の能力はドレインタッチ。キスをした相手の力を根こそぎ持っていくのだ。挨拶代わりにチュウチュウと吸われる。彼女のキスで力が抜けるので、捕まると逃れることは困難。風花と太陽は幼少期から餌食となっていた。


「本題の前に食べさせてもらうわね」


 舌なめずりをして、梨都が風花と太陽に視線を注ぐ。彼女がなぜここに来たのかは分からないが、とりあえず吸われないと話してくれないらしい。風花と太陽が身を寄せ合って震える中、太陽が奥の手を思いつく。


「彼に犠牲になっていただきましょうか」

「?」


 風花は発言の意味が分からなかったのだが、太陽が腕を一振り。すると真っ黒で禍々しい扉が出現。扉を開けて出てきたのは……


「何だよ、太陽。朝早くから」


 めんどくさそうな京也の姿が。寝起きなのか、頭に若干の寝癖がついており、黒色のスエットを身に着けている。太陽の扉魔法で魔界の扉を開き、強制的に彼を呼び出したのだ。


「京也さん、申し訳ありませんが、我々のために犠牲になってください」

「は?」


 真っ青な顔をした太陽が京也に懇願する。いまだかつてない彼の真剣な表情に、京也が何事かと辺りを見渡すと……


「げ、梨都!?」


 京也は風花の幼馴染。彼も風花たちと同様に彼女の餌食になっていた過去がある。梨都の姿を見た京也の顔が真っ青になっていった。


「あは、京也じゃんか、こっちおいで」

「やめ、んんっ!?」


 梨都が腕を掴み、手の甲にキスをした瞬間、京也から力が抜けた。膝をついて崩れ落ちた身体をすかさず梨都が組み敷く。


「お前、ふざけんな、やめろよ!」

「ふざけてなんかないよ。私はいつでも真剣だからぁ」

「んぁ、バカやろっ。やめ、うぁ、っ……」

「可愛い可愛い。京也はやっぱりいいねぇ。ゾクゾクくる」

「くっそ……はな、せぇ」


 京也はゴリラなので、なかなか力があるのだが、梨都の方が上のようだ。モゾモゾと抵抗するも、逃げられない。


「んんっ、やめろってぇ! ……ぁ、ぅ」

「いいでしょ? 大丈夫、口にはしないから」


 梨都のキスは唇にはしない。唇は大切だが、それ以外の場所はキスをしてもいいと思っている節がある。ちなみに京也は首が弱いので、集中的に攻撃されている所だ。


「姫様、今のうちです。彼の犠牲が無駄にならないうちに逃げますよ」

「うん!」


 生贄を召喚することに成功した二人は、今のうちに梨都から距離を取ろうと行動を開始する。しかし……


「逃がすかよ」

「「!?」」


 京也の闇の蔓が二人の身体を拘束。足に絡まりついて逃げられない。京也は魔力を吸われているのに、なぜ魔法を発動できるのだろうか。彼の魔力量は化け物である。


「京也さん! 離してください。何のためにあなたを呼んだと思っているんですか!」

「自分たちだけっ……ぁ、逃げ出そうなんて、んんっ、都合が良すぎるだろ!」

「あなただけが死ねばいいです!」

「そうだよ、京也くん、頑張って!」

「お前ら、今度覚えてろよ……」


 清々しいまでに京也を見捨てる太陽と風花。恨めしそうに京也が呟くも、彼の蔓が消えることはない。


「梨都、お前いい加減に……っん」

「んふふっ、いいじゃん京也。あんた魔力底なしでしょ?」

「そういう、んぁ、問題じゃ……ぁ、んん」

「はいはい。まぁ、あんただけでお腹いっぱいにするのも、もったいないもんね」


 そう言うと梨都はようやく彼の身体から離れた。京也はだいぶ体力を持っていかれたようで、赤い顔で、はふはふと肩で息をしている。


「さて、どっちから食べられたい?」

「やめて、梨都さん……」「嫌です」


 不気味に目を光らせて、梨都が二人を見つめる。風花と太陽が逃げようとするのだが、足にはいまだ京也の蔓。


「どちらにしようかな?」


 ぺろりと舌なめずりをし、風花と太陽に妖艶な視線が注がれた。指を行ったり来たりさせて、狙いを定め始める。


「んふっ、太陽から食べようかな」

「あぁぁぁ!?」


 死刑宣告に太陽が絶叫。しかし、そんなことはお構いなしで、梨都はすぐさま彼を押し倒し、その上に馬乗りになった。


「んんっ!? や、め……んぅ」

「ふふ、いい男になったね、太陽」

「ぁ……だめ、です。やめて、くださ、あっ」

「あぁ、太陽もいいねぇ。この感じ好きだわ」

「うぁ、やぁですぅ。んんんー」


 チュッチュッと湿った音を響かせて、梨都の唇が太陽の頬に降り注ぐ。太陽は最初足をバタバタと動かして抵抗していたのだが、次第にその力さえも無くなっていった。


「さぁて、次は風花かな?」


 しばらくして太陽の上から身体を起こした梨都は、風花にうっとりとした視線を注ぐ。太陽はだいぶ持っていかれたようで、床の上でビクビクと痙攣していた。


「やだよ、りと、さん」

「わぁ、そんな表情もできるようになったのね。そそるわ」


 風花は瞳を潤ませて、かなり怯えているのだが、その表情が梨都に火をつけてしまったようだ。

 梨都は風花の近くまでやってきて、彼女の額に唇を落とす。それを合図に風花の身体から力が抜けて、ぺちゃんと床に倒れ込んでしまった。


「あぅ、やだ! やぁだ!」

「やだやだ言わないの。いい子にしなね」

「あああ、やだの! やめてぇ、りと、さんっ」

「はぁ、可愛いねぇ。もっと食べさせて」

「んぁ、やだぁ! んんっ」

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