第163の扉  少年少女の戦いは

「「たーまーやー!」」


 結愛や颯たちが恋する少年少女の背中を押すように、打ち上げ花火をバンバンと上げていた。


「相原くんは何目的?」

「桜木の気持ち確認」


 花火が打ち上がる中、優一と美羽が話し込んでいた。

 風花はまだ恋を理解できない。それでも翼は自分がどの位置にいるのかを確かめに行った。


「藤咲は?」

「真意のヒントを探るため」


 彬人の中に自分はいるのだろうか。チャンスが残されているのか、彼のことをもっと知りたい。一葉はそれを知るために行った。


「「頑張れ、二人とも」」


 優一と美羽は恋する少年少女にエールを送る。














「ぁ、きと」

「む?」


 打ち上げ花火から少し離れた暗がり。そこに彼は居た。一葉に気がつくと、少し驚いたのか片眉を上げている。

 普段とは少し違うその仕草が、彼と二人きりなのだという今のこの状況が、一葉の鼓動を加速させた。


「隣、くるか?」

「ん」


 一葉がもじもじしていると、彬人から誘ってくれる。大きな石の砂を払って、二人で夜空の花火を眺めた。


「今宵も月が綺麗だな」

「……」


 花火が打ち上がる中、何故か月のコメントを放つ彬人。確かに月が二人を見下ろしているのだが……


「あんたは、その言葉の意味知ってんの?」

「意味とは?」

「……何でもない」


 バトル大会の時にも思ったが、やはり彬人は言葉の意味を知らないようだ。先ほどの言葉に深い意味はない。自然と一葉の口からため息が漏れる。


「楽しかったな」

「ソウダネ」


 一葉のため息に気がつかずに、今回の夏旅行の思い出を話し出す彬人。

 肝だめしの時に幽霊騒動があったが、全員無事だし、それほど怖い思いもしていない。楽しい夏の思い出になった。


「……」


 思い返すと、最近は何か新しい思い出ができる度に彬人が隣にいた気がする。

 いつからだろうか、こんなに距離が近くなったのは。

 いつからだろうか、隣に居るのが当たり前になったのは。

 いつからだろうか、自分が彼に惹かれ始めたのは。

 いつから……


「「……」」


 二人の間に沈黙が落ち、夏の風が包み込む。心地よい風と一緒に、彬人の香りが一葉に届いた。


 あぁ、やっぱり私、こいつの香り好きだ。何か落ち着く。


 彬人の匂いに包まれた一葉の鼓動が落ち着き始める。優しい香りが鼻腔をくすぐり、ポカポカとした感情が胸の中に広がった。今なら素直になれるかな。


「あの、さ……」

「む?」

「あんたって、好きな、人とか、いるの?」


 一葉の問いかけに彬人は一瞬驚いたような顔を浮かべた。しかし、その変化は一瞬のみ。すぐに真面目な顔に戻って、真剣に悩み始める。


 好きな人、好きな女の子……


 彬人は自分の胸に手を当てる。その手の先にいる人物は誰だろう。

 再び二人の間に沈黙が落ち、耳に聞こえるのは、打ち上げ花火の音だけ。一葉はじっと彬人の答えを待った。

 そして……










「俺には無理だろうな」








「え、どういう……」


 ドーン!


 一葉が彬人の言葉の先を促そうとした瞬間、一番大きな花火が夜空を彩る。


「ほぉぉぉ!」


 彬人の注意が花火に向き、もう話の続きは聞けないらしい。彼のアホ毛が楽しそうに揺れ出してしまった。


「……」


 彼の言葉の意味は何だろう。一葉は考えてみるもその答えはでない。しかし、頭から先ほどの彬人の表情が離れなくなる。







 彬人は今まで見たことのないくらい、寂しい表情をしていた。







 ______________







「綺麗なの」

「ソウデスネ」


 翼と風花は肝試しをした洞窟の近くで花火を鑑賞していた。翼がガチガチに固まる中、風花は打ち上げ花火に夢中で、キラキラと光る瞳で眺めていた。


「風の国に持って帰りたいな」


 風の国と日本では文化が違う。風花は初めて見る花火に夢中だ。


「風の国はどんな国なの?」


 翼はふと疑問に感じ、風花に問いかけてみる。今まで彼女から風の国の話を詳しく聞く機会はなかったかもしれない。彼女が育ってきた場所はどんな所なのだろう。自分は何も知らない。


「えーとね、国の真ん中に大きな桜の木があって……」


 翼の問いかけに、暖かな笑顔で答えてくれる風花。彼女は国も国民も大好きなのだろう。懐かしそうに目を細めて、自分の中の思い出を話してくれた。


「お花をくれたり、リンゴをくれたりしたの」

「そうなんだ」

「すごく優しい人たちでね。私のこと可愛がってくれたの」

「そっか。桜木さんは、風の国のみんなが大好きなんだね」

「うん、好き!」


 無邪気な瞳と笑顔で風花は答えてくれる。彼女は本当に風の国の人が好きなのだ。風花がこんなに優しいのは、優しい人たちに育てられてきたからだろう。風の国のことを語る風花はすごく優しい顔をしていた。


「桜木さんは……」

「?」


 風花は好きを理解できている。恋、愛の好きではなく、友人として、仲間としての好きを。

 彼女は今、自分のことをどう表現してくれるだろう。どんな表情で、どんな言葉で自分のことを表現してくれるだろう。

 翼は勇気を出して、言葉の先を紡ぐ。


「ぼぼぼ、ぼくの、こと……」

「相原くんのこと?」

「すすすす……」

「す?」

「すす……好、き、ですか?」


 風花は突然の翼の問いかけに目をパチクリして、驚いている。しかし、すぐに真剣に考え始めた。自分の胸に手を当て、質問の答えを探していく。


 風花にとって相原翼はどんな人物なのだろう。胸の中のどこに居るのだろう。 


 沈黙が二人を包み、夏の風が優しく吹き抜けた。そして……










「     」


 ドーン!


 風花が問いかけに答えた瞬間、彼女の後ろで、一番大きな花が夜空を彩った。


「わぁ! 綺麗!」


 風花の注意が翼から花火へ移り、キラキラとした瞳で花火を眺め始めた。しかし翼は今それどころではない。


「ぁ……」


 今までとは比べ物にならないくらい、胸が痛い。


 なんで、なんで、きみはそんなに……


 先ほどの風花の発言。花火の音にかき消されて、彼女の声は翼に届かなかった。しかし、翼は見た。その言葉を発した時の彼女の表情を。







 ______________







「「お帰りなさい」」

「「ただいま」」


 それぞれの戦場から戻ってきた翼と一葉を、優一と美羽が出迎える。花火は終了し、それぞれが部屋へと散ったが、優一と美羽はロビーで待っていた。


「成功したのか?」

「んふっー」


 翼はニマニマが止まらない。風花のあの表情が頭に貼りついて離れないようだ。


「またモザイクになっとる……」


 優一が翼の顔を眺めながら、ため息をついた。何を見たのかは分からないが、彼がこんなに幸せそうならそれでいいだろう。翼を引きずって部屋へと消えた。


「一葉ちゃん?」

「んー」


 モザイク翼とは一転、一葉は難しい表情をしていた。

 彬人のあの発言『俺には無理だろうな』あれはどういう意味だろう。おそらくその意味が分かれば、彼に一歩近づけるはず。


「ヒントはもぎ取った」


 一葉は難しい顔をしながらも、何だか嬉しそう。一葉の戦いは長期戦になりそうだ。








 ______________










「ただいま」

「お帰りなさいませ」


 風花が翼とのやり取りを終え、部屋に帰ってきた。風花は太陽と同室である。室内はわずかな間接照明のみの明かりで薄暗い。風花はソファにボフンと座り、太陽の用意してくれた紅茶を楽しむ。


「相原くんと花火を見たの」

「そうですか」

「綺麗だったよ」

「それは良かったですね」


 風花はニコニコ笑顔で翼との花火を語ってくれる。花火が楽しかったのはもちろんだが、隣に居たのが翼なのでもっと楽しかったようだ。彼女の表情の中には、楽しさ以外の感情が見え隠れしているような気がする。風花が自分の感情に気がつくのは近いかもしれない。

 太陽が彼女の未来を思い、目を細めていると、風花の顔から突然笑顔が消えた。


「風の国のことを話したの」

「……」

「前は泣いちゃったけど、今日は泣かなかった」


 夢の国の王様タタンの前、その帰国後太陽の前。風花はこの二人の前で、風の国のことを語った時に涙を流している。しかし、今日翼の前で語った時は、全く涙を流さなかった。


「どうしてなのかな」

「……なぜでしょうね」

「あとね、記憶の中に白い霧みたいな部分があるの」


 風花が首を傾げながら自分の記憶の違和感を打ち明ける。彼女の記憶は、しずくとして散らばっている。そのため、彼女が今まで生きた全ての記憶は、風花の中にないのだが……


「白い所はまだ戻っていない所かなって思っていたんだけど、何だかおかしいの」

「……」

「思い出の一部が欠けている感じ。その空間だけ、ぽっかり穴が開いているみたいで」

「……」

「そこには、誰かが居たの?」


 風花の言葉を聞いて、太陽の身体から一気に黒い物が噴き出す。しかし、室内はわずかな照明しかないため、風花はその変化には気がつかない。彼女が話を続ける中、太陽はソファから立ち上がり、風花の元へと足を進めた。


「何もない空間に、私一人が話しかけているの」

「……」

「そこには誰か居たんじゃないかなって」

「……」

「それも一回じゃないの。私はよく一人で話しているの」

「……」

「太陽?」


 太陽は風花の前まで移動してきた。そして、不安げに瞳を揺らす彼女の肩を掴み、ゆっくりとソファへ押し倒す。


「なに? 太陽?」

「……」

「どうしたの?」

「……申し訳ございません」


 太陽は小さく謝ると、風花の胸元に手を当てた。そして、白い光を放って体内へその手を進める。


「んんっ!? たい、よぅ? 何を、してるの?」

「……申し訳ございません」

「やだ、あっ、やぁだ、んぅ」


 太陽の手が入った瞬間、身体の力が一気に抜けて、ゾクリと不気味な物を感じた。風花が自分の中から太陽の手を退けようと押すのだが、彼の手はびくともしない。思うように力が入らないのだ。か弱い力でしか、彼女は抵抗できない。


「たぃ、よぅ……な、んで」

「申し訳ございません」

「あぅ、ん……やだぁ、や、めて」


 風花の抵抗虚しく、太陽は彼女の胸の中で白色の光を放ち出す。風花の瞳が涙でいっぱいになるも、彼は全く動じない。

 白色の光が強くなるにつれて、太陽の身体が黒く包まれていく。無数の汗が額に浮かび、息も不規則に乱れ始めた。


「やぁだ、んぅ……たぃよぅ」

「ごめん、なさい」

「ぁ、……っ、はぅ……」

「ごめ、んなさい、ごめんなさ、い」


 次第に風花の身体から完全に力が抜けていく。ゆっくりとその目が閉じ、一筋の涙が零れ落ちた。


「もうしわけ、ございません。ふうか、さま……」


 太陽は黒い物を纏ったまま、穏やかな表情で眠る主人に謝罪し、風花の上に倒れ込んだ。

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