第148の扉  エンジェルズ

「エンジェルズが起きない……」

 訳)桜木さんたちが目覚めません


 あれから数時間が経過。もうとっくにお昼寝から目覚めてもいい時間だ。それなのに三人はスヤスヤと眠っている。穏やかな寝顔で、気持ちよさそうなのだが、流石におかしい。

 太陽が解析眼鏡をかけて、魔法を展開させる。風花の頭に魔法陣がくるくると舞った。


「これは……」

「どうかしたの?」


 しばらくして魔法陣を消した太陽が、重い表情をしていた。風花たちに何かあったのだろうか。心配していると、彼が口を開く。


「夢の国に行っているようですね」

「夢の国?」




_______________




「ん?」


 風花が目覚めると、そこはふわふわとした絨毯が敷き詰められており、壁にはとても豪華な装飾。まるで王宮のようなその場所は、風花の記憶の中にぼんやりとある場所だった。


「戻ってる」


 自分の身体を見てみると、先ほどまで3歳の身体から14歳の身体に。普段通り制服を着ていた。

 一体何があったのだろうか、と周りを見渡していると、部屋の奥の大きな椅子に座っている人物が一人。その人の顔を見ると、風花の顔に笑顔の花が咲いた。


「王様!」

「ふぉふぉふぉ。ひさしぶりじゃな、風花姫」

「こんにちは」


 風花は挨拶をしながら、夢の国の王であるタタンの元へ。タタンとは幼少期に会ったことがあり、風花の中では元気なおじいちゃんという印象である。白色の立派なおひげ、ぽっちゃりとした体形。幼少期の風花はタタンのお腹をプニプニするのがお気に入りだった。

 久しぶりの再会に風花の頬はニコリと綻ぶ。さらに


「これを」

「あ! 心のしずくだ」


 タタンは心のしずくを差し出す。しかもその数5つ。

 夢の国に流れ着いたようで、大切に保管してくれたようだ。風花は更に頬を綻ばせて、しずくを受け取る。


「ありがとうございます!」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ」


 嬉しそうな風花の様子を見て、タタンの口元も緩んでいく。彼にとっては可愛い孫娘のような存在なのだろう。風花に負けないくらいのニコニコ笑顔である。


「また、思い出せる」


 風花はタタンから受け取った心のしずくを両手で大切そうに眺める。今回彼女の中に戻る記憶はどんな記憶なのだろう。期待の籠った瞳でしずくを眺めていた。





_______________




「なんだ、桜木さんの知り合いの人の国なんだね」

「それなら安心だな」


 太陽から事情を聞いた三人がホッと胸を撫で下ろす。夢の国は精神世界。今風花たちの精神のみが招待されているのだろう。身体は幼児化したままこちらの世界に残っている。

 そして、夢の国は向こうの世界の人が招待しないと侵入することができない。太陽の扉魔法でも入ることができない国なのだ。風花たちが幼児化したのは早く眠ってほしかったからだろう。


「どうしたの?」

「一つ気になることが」


 安心している三人とは一変、太陽の表情は晴れない。今回幼児化して夢の国に招待されたのは風花、美羽、一葉の三人。男性陣は彼女たちに触れても幼児化していない。つまり


「俺たちは呼びたくなかったってことか」


 優一の呟きに、雰囲気が重くなる。タタンが自分たちを呼びたくない理由は一体何なのだろう。風花たちに何かするつもりだろうか。


「おそらく、私を呼びたくなかったのでしょうね」

「どういうこと?」


 太陽が苦しそうな笑顔を翼に向ける。

 夢の国の王であるタタンは当然太陽のことを知っている。そして、風花と一緒に日本に来ているということも。

 翼たち精霊付きが仲間になったことを知っているかどうかは不明だが、タタンはあえて女性限定の魔法を放ち、風花を夢の国へと誘った。


「……」


 太陽はタタンの意図が分かったのだろうか。胸元をギュッと握りしめて苦しそう。そんな彼の様子を見て、優一がため息をつきながら口を開く。


「封印の話か?」


 太陽が握りしめている胸元には、風花の心の器の封印の強さを示す石がある。彼の苦し気な表情の理由はそれだろう。

 風花の心の器の封印。そして、その封印の中身をタタンは知っている。彼は風花に封印の中身を教えるつもりなのかもしれない。

 太陽がその場に居れば、確実にその行為を止めるだろう。だから、魔法の範囲を女性限定として、風花だけを夢の国へ招いた。




_______________



「話があるんじゃ」

「?」

「風の国のことについて教えてほしくてのぉ」


 タタンはふんわりと微笑んでくれる。突然の話にキョトンと首を傾げていた風花だが、タタンの微笑みを眺めながら口を開く。


「んーと、国の真ん中には大きな桜の木があって……」

「ほぅ、ほぅ」

「春になると、国中に桜の花びらが届いてすごく綺麗なんです」

「それは、わしも見てみたいのぉ」


 風花はニコニコ笑顔で風の国について説明してくれる。胸の中にポカポカと暖かい感覚が広がるのを覚えていた。


「国民についてはどうじゃ?」

「えーと、国の人たちは……みんな、優しくて暖かい感じがして」

「ふむふむ……」

「私のことも大切にしてくれて」

「姫は国の民のことが大好きなのじゃな」

「はい!」

「さて……」


 その言葉と同時に、それまで穏やかな表情で話を聞いていたタタンの様子が変わる。





_______________





「いいんじゃないのか、いずれ知ることなんだろう?」

「優一くん……」

「俺はそもそも反対なんだ。隠していること」


 優一と太陽は以前、消助との一件の時にぶつかったことがある。

 隠しておきたい太陽と、話した方がいいと考える優一。


「何を隠しているのか知らないけど、それは桜木の記憶だろう」


 封印しているのは風花の心のしずくに刻まれた記憶。それは風花のものであり、太陽のものではない。本人に何も告げず、取り去っていいものではないだろう。優一はその点が納得いっていない。


「そもそも向こうには行けるの?」


 翼が太陽に尋ねる。夢の国へは招待された者しか行くことができない。招待されていない翼たちが行けるものなのだろうか。


「姫たちと手を繋いで寝れば行けると思います。私も補助しますし」


 招待されている彼女たちに触れれば、何とか行けるようだ。扉魔法も展開して、太陽が補助してくれるらしい。と、いうことは……


「俺らが行くってことね」

「はい……」


 太陽は補助として、この世界に残らなくてはいけない。風花たちを連れ戻すのは翼、優一、彬人の役目。


「ふ、12時の鐘がなる」

 訳)みんなを迎えに行きましょう


 彬人が夢の国へ行けるとあって、テンションが上がっているようだ。彼のアホ毛がぴょこぴょこと動いている。しかし……


「俺は行かない」


 優一は拒否。彼は先ほども言っていた通り、隠し事反対派なのだ。タタンが風花に告げようとしているなら、それでいいと考えているのだろう。


「優一くん……」


 彼の意思は固そう。何があるか分からないので、三人で向かいたい所なのだが。


「いやだ」


 説得は難しいかもしれない。

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