第144の扉  太陽、ごめん

「太陽、ごめん」

「どうしましたか?」

「桜木、すねちゃった」

「へ?」


 太陽が風の国から帰ってくると、申し訳なさそうに頭を下げる優一が。そして、リビングの隅には。


「桜木さん、優一くんごめんねって言ってたよ」

「そうだぞ、桜木。それにあいつはいつもあんな感じだ。俺もよくやられる」


 風花を慰める翼と彬人。そして、体操座りで頭を膝に埋めている風花の姿が。


「何があったのでしょうか?」


 太陽は大臣の仕事のために一時帰国していたのだが、帰ってきたらこの状況。何があったのか全く分からない。





 時は少し前まで遡る。


「「「よろしくお願いします」」」

「こちらこそ、よろしくお願いします」



 学校から帰宅した風花と翼、優一、彬人。本日は後で合流予定の美羽、一葉と共にリミッター解除の練習を行うことになっている。太陽も一緒に練習をする予定だったのだが、急な大臣の仕事が入ったため、風花指導のもと先に始めていようということになったのだ。


「リミッター解除には三段階あるんだけどね……」


 風花先生が三人に説明を開始する。何だか風花先生は楽しそう。三人は頬を緩ませながら、彼女の説明を聞いていた。


『リミッター解除』

 三段階に分かれた制御機構であり、その段階に応じて発揮できる魔法の威力は桁違いとなる。そして、その分体にかかる負担も大きい。


「三段目は自我が崩壊してしまうかもしれないの」


 リミッター解除の最上級である三段目は自身の身体能力、魔力を極限まで高めることができる。しかし、魔力の暴走を引き起こし、自我が消し飛んでしまう可能性のある危険な状態なのだ。以前のバトル大会での翼、丹後の国での風花の状態はこの三段目に当たる。そして、その時の記憶が消し飛んでいる場合が多い。

 三段目の解放で自我を保つことのできる魔法使いはあまりいない。相当の経験と精神力が必要となるため、かなり危険な行為なのだ。


「「「なるほど」」」


 風花の説明を三人は真剣な表情で聞いている。

 リミッター解除は爆発的な力を手に入れられる反面、その反動も強い。身体と心を壊してしまう可能性がある。これから彼らの行う修行は危険と隣り合わせなのだ。自然と彼らを緊張が包み込む。


「みんなはだいぶ魔力に慣れてきて、問題ないと思うから、最初は一段解除を目標で頑張ります!」


 風花が鼻息荒く宣言する。

 以前二段解除をして、自身の魔力に身体を破壊された風花。彼女の魔力は心しずくとなって散らばってしまっている状態なので、不完全な魔力しか戻っていなかった。その状態で突然大きな負荷を与えてしまったため、身体が負担に耐えられなかったのだ。

 翼たち精霊付きは精霊が彼らに魔力を供給している。魔力は血液と同じように全身を巡っているのだが、今までの数カ月で身体が魔力に慣れてきた頃だろう。一段解除程度ならば、以前の風花のようなことは起こらないはずだ。


「前に、僕が暴走したときは何ともなかったし、多分大丈夫だね」


 そう、翼はバトル大会の時に恐怖でリミッターが外れ、限界の三段階まで踏み切っている。その時は身体に異変もなく、無事。しかし、あれはほんの短時間解除だったため何とかなったのかもしれない。油断は禁物である。


「よし、じゃあ早速始めましょう!」


 一通りの説明が終わり、早速練習に取り掛かろうとしていたのだが、ここで一つ問題が浮上した。


「ギュってやって、バーンってするんだよ」

「「「?」」」


 風花の説明がアバウト過ぎるのだ。今まで丁寧に説明できていたのに、語彙力が崩壊し始めた。翼たちの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。


「あー、桜木さん。もう少し詳しく教えてくれる?」

「ん? えーとね、魔力をギュって集めて、それをバーンってするの」

「「「……」」」


 翼が再度説明を求めるものの改善されない。どうやっていいのか全く理解できないのだ。しかし、本人にその自覚はないようで、なぜ分からないのか首を傾げている。


「もう一回教えてくれる?」

「いいよー」


 翼が根気強く教えてもらおうとチャレンジするのだが、風花は「ギュっ」「バーン」しか言わない。なぜなのだろうか。

 しかし、よくよく思い返してみると、翼たちの魔法の修行の際には必ず太陽が居た。そして、太陽が居なかった初期には『魔法は想像力だよ』しか彼女は言っていなかったような気もする。翼たちの顔が徐々に引きつり出した。


「何回もごめんね、もう一回教えて」

「いいよー」


 風花はなぜ翼たちが理解できないのか、分かっていない。しかし、諦めずに何度も説明してくれる。もちろん「ギュっ」「バーン」しか言わないのだが、風花は一所懸命に説明してくれる。


「「「……」」」


 しばらく風花の説明を理解しようと頑張っていたのだが、全く分からない。そして、ついに……


「ギュってすると、バーンってなるから……」

「だから、それだと分からないって言っているだろ!」

「でも、だってそうなんだもん」

「全く分からん!」


 優一がキレた。風花の説明をピシャンとシャットアウト。風花本人は一生懸命説明していただけなので、彼の言い方を受けて、ぷくぅと頬を膨らませる。


「私、ちゃんと説明してるもん!」

「あれのどこが説明なんだよ。語彙力崩壊してるじゃねーか!」

「そんなことないもん!」

「そんなことある! 下手くそ!」


 二人の間で口論が勃発。頭に血が上っている風花はもちろんのこと、ずっと意味不明な説明を聞き続けた優一も止まらない。翼と彬人がおろおろと彼らをなだめようとするのだが、ついに優一が言ってはいけないことを言ってしまった。









「何て言ったんですか?」

「お前じゃ話にならんから、太陽に教えてもらう」

「あぁ……」


 優一から事情を聞いて、太陽が納得する。一生懸命に教えていたのにチェンジを言い渡されてショックだったのだろう。翼たちが懸命に励ますも、彼女は依然しょんぼりモード。


「俺が悪い、つい言っちゃったんだ。でも何回謝ってもあんな感じなんだよ」


 優一は何度も風花に謝ったようなのだが、彼女の機嫌は治らない。謝っても励ましてもどうもならないこの状況。翼たちはもうお手上げなのだ。そんな中、救世主太陽が戻ってきた。


「んー」


 太陽は風花の様子に考え込んでしまう。彼女の今の状態は長年仕えてきた太陽でもお手上げなのだろうか。

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