第140の扉  キス! キッス! キッスゥ!

「「「キス! キス! キス!」」」


 教室中がキスコールに包まれている。彼らの注目の中心地にいるのは、高笑いを続ける彬人と、真っ赤な一葉。


「流石に藤咲が可哀想になってきた」

「助けれる?」

「無理」

「だよね~」


 注目の的の彼らを眺めながら、優一と美羽が揃って頭を抱えている。彼らも止めたい気持ちは山々なのだ。しかし、ヒートアップした教室内。クラス中の視線が集まっている彼らを救出する術がない。


「「はぁ」」


 優一と美羽からため息が止まらない。さて、彼らがため息をついているうちに、なぜこうなった説明しよう。

 時は少し遡り、翼と颯が衣裳部屋へと拉致された頃。教室では各自が文化祭の作業をしていた。お菓子担当班はメニュー作り。装飾班は教室内の飾りつけやテーブルの配置決め。

 賑やかな雰囲気の中……


「恋がしたいよね」


 ポツリとクラスメイトの高木夢たかぎゆめが漏らす。彼女は装飾班。折り紙を折りながら、愚痴を零した。


「文化祭マジックとか起こらないかな」


 頬杖をつきながら呟くのは、八神穂乃果やがみほのか。彼女も装飾班で、一葉と愛梨と共に折り紙をしながら、話していた。

 文化祭と言えば、クラスメイトたちとの距離がより近づくイベント。このお祭りに乗じて、一気に急接近する男女も少なくない。学校全体が浮つき始めていたのだ。

 そして、もちろん彼女たちも例外ではない。『恋がしたい、恋がしたい』と高木が呟き続けている。彼女たちは中学二年生。14歳、青春真っただ中の女の子。いろいろ難しいお年頃である。そんな中……


「そう言えば、一葉ちゃんは、本城くんと順調なの?」

「な!?」


 思い出したように話を振る高木。その言葉を聞いて、一葉の顔が真っ赤に染まった。


「な、に言ってるの!」

「好きなんでしょ? 噂になってるよ」


 ニヤニヤと笑いながら、高木が攻撃を仕掛け続ける。確かに一葉と彬人は仲がいい。去年から同じクラスでよく一緒に話している場面を目撃されている。

 文化祭が近づいて、浮足立すこの季節。少し仲がいいだけの男女でも、学生たちの噂の的になってしまうのだ。


「だ、だれが、あんなバカと!」

「まぁまぁ、素直になりなって」

「そうだ! そうだ!」


 高木に加わって、八神までも一葉を茶化す。一葉が真っ赤になっていくので、面白がって二人は止まらない。愛梨だけがおろおろとしながら止めようとしていたのだが、タイミング悪く彼が教室の扉を開いた。


「ふ、深淵から舞い戻った」

 訳)買い出しから戻りました


 彬人は他のクラスメイト数人と買い出しに出かけていて、今最悪のタイミングで教室に舞い戻ってきた。


「「本城くん、こっち来て!」」

「む?」


 彬人の姿を捉えた高木と八神が声をあげ、彼を召喚する。教室の奥に居た高木たちが入り口付近の彬人を呼んだため、教室中に声が響き、徐々に注目が集まり出していた。


「なんだ? どうしたのだ?」

「一葉ちゃんのことどう思ってるの?」


 のこのこと召喚された彬人へ、高木が直球の質問を投げる。その質問を受けてさらに真っ赤に染まった一葉は、顔を隠すように彼に背を向けた。ざわざわとしていた教室中が彼らに注目の視線を投げる。


「ふむ……」


 彬人は高木の質問に真剣に考え込む。彬人にとって、藤咲一葉はどういう存在なのか。


 大切な仲間。同級生。仲のいい友達。去年からの付き合い。戦闘の時のパートナーなどなど……


「んー」


 クラスメイト達が固唾を呑んで見守る中、彬人は何と答えるのだろうか。教室中が静まり返り、彼の言葉を待った。そして













「大切なパートナーだな!」


 そんな省略の仕方あるだろうか。


「「「「……」」」」


 彬人の言葉に静かな教室が更に静まり返る。一瞬の静寂ののち


「「「キャーーー!」」」

「「「キス! キッス! キッスゥ!」」」


 女性陣からは黄色い悲鳴。そして男性陣からはキスコールが鳴り響く。学生全員が浮足立っているこの季節。彬人の台詞を受けて熱を増さないはずがない。


「#@:=¥!$!?!?」


 彼らの声を聞いた一葉がキャパオーバー。真っ赤になって煙を吹き出してしまった。一葉の煙を見た生徒たちが更にヒートアップ。教室内が異常な空気を放ちだした。そして、冒頭のやり取りへと戻るわけである。


「「「キス! キス! キス!」」」


 鳴りやまないキスコール。突き刺さる生徒たちの視線。一葉がおろおろと慌てる中、彬人は……


「ふはははははっ! 貴様らこの漆黒の堕天使の口づけが見たいか!」

「「「見たーい!」」」


 さらにはやし立てていた。


「ちょ、ちょっとみんな」

「おい、流石にそれは……」


 美羽と優一が止めようと声をあげるも、ヒートアップした彼らには届かない。もうこの流れは止められない。


「よかろう! ではっ!」

「「「ヒュー、ヒュー!」」」


 彬人はそう言うと一葉の肩を掴み、自分の方に向かせる。その行動にクラス中が一層熱を増し、二人に視線が注がれた。


「うぅ、ぁ……彬、人」


 一葉は真っ赤になって、キャパオーバー。彼女はこの空気に耐えられないのだろう。いつもなら顔面に拳を入れるのに、それさえもできない。弱弱しい声で彬人の名前を呼んだ。


「ふむ……」


 彬人はそんな彼女に気がつくも、クラスメイトからの注目の視線は全く変わらない。この空気になったら、もうキスをするまで止まらないだろう。どうしたものか、と考え込んでいたのだが、彼はおもむろに自分の上着を脱いだ。


 バサッ


「え……」


 一葉の視界が真っ暗になる。彼に抱きしめられているような、心地よい香りに包まれた。そして……


 チュッ













「「キャーーーーーー」」


 女性陣から黄色い悲鳴が。そして、『ヤバい、ヤバい』と騒ぎ出す。思ってもみなかった彬人の紳士な行為に、女性陣が浮足立った。


「ふははははっ! 見たか、皆の衆! この俺様に不可能などないのだ! はははは」


 彬人は自分の背中に一葉を隠し、クラスメイト達の注目の視線を一手に引き受ける。女性陣が彼に拍手を送る中……


「おい、反則だぞ、そんなの。見えてねーじゃんか!」


 一部の男子が彬人の行為にいちゃもんをつける。確かに先ほどの状況では、本当にキスをしているのか、どこにキスをしているのか全く分からない。


「ふはっ! よかろう、文句のあるやつは、俺様直々にキッスを送ってやる。そこに並べ!」


 しかし、彬人は動じない。いちゃもんを唱える男性陣を片っ端から捕まえて、キスをしようと動き出していた。逃げ惑うクラスメイトと彬人の鬼ごっこが開始され、いつも通りの賑やかな教室に戻っていく。


「……」


 みんなが騒ぐ中、その声さえも一葉には届かない。彬人の上着を被ったまま、ぺちゃんとその場に座り込む。


 自分は今何をされた?


 顔がどんどん熱を帯びていく。頭がぼぅっとして何も考えられない。しかし、その額には暖かくて柔らかい彼の優しさを感じていた。


「一葉ちゃん、大丈夫?」


 放心状態の彼女の元へ、美羽が駆けつける。心配そうに顔を覗き込むも……


「ふふっ。大丈夫そうだね」


 一葉の表情を見た美羽が、小さく微笑みを漏らした。

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