第134の扉 壁が多すぎる
「そう言えば、回復魔法の修行は順調なの?」
「はい!」
みけちゃん事件の夜、風花は夕食の皿を洗い、太陽はテーブルを拭いていた。あの後、風花のクッキーは全て太陽が食べた。そして、今風花の作った夕食も全て完食した所である。
太陽は風花の料理をお腹いっぱい食べたにも関わらず、とても晴れやかな表情をしていた。
「鈴蘭さんと雛菊さんの教え方がお上手なのですよ」
太陽は丹後の国で自分の回復魔法の未熟さを自覚し、鈴蘭と雛菊から回復魔法の修行をつけてもらっているのだ。ちなみに彼女たちは式神で食事をとる必要はないため、風花の餌食にはならない。
「回復魔法って難しいよね」
風花も止血程度の魔法は使うことができる。しかし、それ以上はできない。
回復魔法はとても繊細で高度な魔法。人体は血管、神経、筋肉などなど複雑に絡み合ってその形を形成している。それを繋ぎ合わせたり、損傷を治さなくてはいけないのだ。かなり細かい。
しかし、太陽はのみこみが速くメキメキと上達しているらしい。風花は嬉しそうに話してくれる太陽をにこやかに見つめていた。
「今度、私も教えてもらおうかな。……あ、れ」
「姫様?」
風花の体がぴたりと固まった。それと同時に彼女が手に持っていたコップが落ちて、パリンと割れる。
「お怪我は?」
「大丈夫。ごめんね、割っちゃった」
太陽がてきぱきと割れたガラスを片付けてくれる。風花は片付けるのを手伝いたいのだが、どうもうまく体が動かない。その場に突っ立って居ることしかできなかった。
「少し休みましょう。お疲れでしょうか」
「ん、ありがと」
太陽は片付け終わると風花の手を引いて、自室へと進んでいく。太陽が風花の手を引っ張ると、彼女はついてくることができた。特に痛みも感じていないようだ。
太陽が解析眼鏡をかけて、彼女を分析するも特に異常なし。念のため鈴蘭にも診てもらったのだが、異常なし。疲れで身体が動きにくくなっただけだろうか。
その頃、風花たちの家の屋根には
「京也様……」
真っ黒なローブに身を包んだ男性が、寂し気に空を見上げていた。
次の日
「お身体は?」
「もう平気!」
昨日の晩、身体が不調だった風花だが、一晩寝たら元気になったようだ。丹後の国でかなりの体力を消耗していたので、それの影響だろうか。とりあえず何も問題はないようなので、太陽はホッと胸を撫で下ろす。二人が話していると、玄関の呼び鈴がなった。
「おはよう、風ちゃん!」
「みんなおはよう。ありがとね」
扉を開けると、翼、優一、美羽、結愛が。今日は少し遠くまでしずく探しに向かおうと、集まってくれたのだ。風花と太陽も準備して、6人でしずく探しを行う。
「今日はいい天気だねー」
「そうだねー」
風花の心のしずくは既に半分程度回収できている。最初は無表情の無感情だった彼女だが、今では様々な表情を見せてくれていた。今も美羽と結愛と一緒に楽しそうに話している。
「楽しそうだねー」
「そうだなー」
「そうですねー」
女性陣がにこやかに話す後ろには男性陣が。ほんわかとお花を飛ばしながら、彼女たちの様子を眺めていた。そして、一段と花を飛ばしている翼に優一が話しかける。
「なぁ、桜木が恋を自覚できるようになったら、お前は告白するのか?」
「んー」
優一の問いかけに、翼は胸を押さえて考え込む。
風花の心は欠けているため、まだ恋という感情を理解できない。彼女は理解できるようになった時、翼のことをどう思うのだろうか。
翼は恋するピュアボーイ。対して風花は異世界の住民であり、お姫様。その相手が自分でいいのだろうか。
風花は心のしずくを集め終われば、風の国へと帰っていく。太陽の扉魔法があるので会うことはできるが、今みたいに毎日顔を合わせるのは難しいだろう。仮に彼女と恋人同士になっても、幸せにしてあげられるだろうか。寂しい思いをさせてしまうのではないだろうか。
翼の中にもやもやとした感情が沸き起こる。
「……まだ分かんないや」
翼は力なく笑って、答えを返す。翼と風花の恋の道には、立ちふさがる壁が多すぎるのだ。結末を知っている太陽は、二人の会話をただ聞くことしかできない。
「そっか」
「わぁ、痛いよぉ」
優一は翼の苦しそうな笑顔を見て、彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「風ちゃん」
「んー?」
男性陣の会話を背中で聞きながら、美羽が風花に話を振る。以前胸の痛みを訴えた彼女。その発生原因は翼への恋心なのだが、彼女はまだそれを自覚できない。
「最近胸が痛いのは感じる?」
美羽の問いかけに風花が自分の胸に手を当てた。バトル大会で翼に抱きしめられた時に感じた胸の痛み。その後も何回か痛みを感じることはあったのだが、最近感じたのはいつだっただろうか。
風花はちらりと自分の後ろを歩いている翼を見てみる。彼は今、優一、太陽と一緒に楽しそうに話しているのだが……
「痛い」
しばらく彼を視界に入れていた風花から、苦しそうな声が漏れた。やはり痛い。どうしてこんなに胸が痛むのだろう。美羽が優しく見守る中、風花は自分の中の感情について考えてみる。
胸が痛くなる時は必ず翼が居る。もしくは彼の話をしている時。なぜ翼が居る時に痛むのだろうか。胸の奥がギュっと締め付けられるような感覚。痛いけど、不快な感覚はない。
この感情の名前はなんと言うのだろう。
「およよー!」
風花が考え込んでいると、突然、結愛が元気な声を響かせて真っすぐ走っていく。風花は彼女の声で今まで考えていたことが、ポンッと抜けてしまった。そんな様子を見て、美羽が頭を抱えるも風花は全く気がつかない。
「どうしたのかな?」
結愛はなぜ走って行ったのだろう。風花の頭の中は今それだけ。しばらく首を傾げていると、アホ毛をぴょこぴょこと揺らしながら帰ってきた。
「ジャジャジャジャーン!」
帰ってきたと同時に、結愛が高らかに手を掲げる。彼女の手には心のしずくが。どうやら道の隅に落ちていたらしい。きらりと光るものを見つけて、走って行ったようだ。一体どんな視力をしているのだろう。
「風ちゃん、どうぞ!」
「ありがとう」
一同ポカンと見ていたが、彼女の活躍もあり、また一つ心のしずくを取り戻すことができた。風花は嬉しそうに手のひらのしずくを眺めている。
風花の心のしずくには、感情と記憶と魔力が入っている。風花はいつも取り戻せる自分の過去が楽しみなようだ。今回彼女に戻る過去はどんな記憶なのだろう。
「良かったね」
「うん! ありがとう」
翼が声をかけると、風花は満面の笑みで答えてくれる。殺人スマイルを至近距離から見た翼が、真っ赤に染まった。
「?」
しかし、風花は翼の赤色の意味が分からない。キョトンと首を傾げて、不思議そうに翼を見つめていた。
どうして赤色なの?
どうして必死に顔を隠そうとしているの?
どうしてなの? どうしてなの?
風花の頭の中が疑問でいっぱいになった。好奇心の塊と化した彼女が疑問を翼にぶつけようとした、その時……
「いっ!?」
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