第119の扉 最終兵器発動
「桜木」
「ん?」
うららが考えた最終兵器、それは風花だ。風花を抱き込むことができれば、彼女に弱い美羽と一葉は落ちる。そうすれば、自然とすべての票が流れる。すべては風花の答え次第。
「お前はどっちの服が着たいんだ?」
「私は……」
風花の答えを教室中が注目している。彼女はどちらを着たいと答えるだろうか。これは五分五分。彼女にかけた運試し。
「ふっ」
いや、そうではない。優一の口元から静かに笑みがこぼれる。そう、これは五分五分の運試しではない。風花に尋ねた時点でもう結末は決まっているのだ。なぜなら……
それは先ほどの休憩時間まで遡る。自分の席でちょこんと座っている風花の元へ、やってくる足音が一つ。
「桜木、饅頭食べるか?」
「食べる!」
風花に話しかけたのは井上翔吾。風花は彼の差し出す饅頭に、美味しそうに食いついた。大好物なのだ。
「……そうかぁ、美味しいかぁ」
パクパクと頬張っていく風花に見とれる翔吾。完全に本来の目的を忘れてしまっているようだ。嬉しそうに風花を眺めている。そして、ぼけっとする彼の頭に飛んでくる消しゴムが一つ。
「いてっ」
振り向くと奥には優一が。声は出していないが、口は『早く仕掛けろ』と動いていた。そう翔吾は、大切な任務を請け負っているのだ。彼らの運命を左右する重要な任務を。
「なぁ、桜木。饅頭もっと食べたいか?」
「うん、食べたい!」
「文化祭の時、メイド服を着てくれないか? そうしたらもっと持ってきてやるよ」
「うん、分かったー」
風花は素直に頷く。優一たちは饅頭を餌に風花を取り込んだのだ。これで彼女の票は獲得したも同然。
「私は……」
風花の答えですべてが決まる。優一は口元の笑みを必死にこらえた。
今までのやり取りは全て計算済み。美羽の演技で親衛隊が翻弄されることは分かっていた。そして彼らの票が取られることも。それに乗ったのはこの状況を作り出すためのフェイク。
「桜木、どっちが着たいんだ?」
「えっとねぇ……」
彼女が口にした選択が決定打となる。クラスメイト全員の注目が、風花に刺さっていた。
全員の注目を集められるように、美羽の手の平で転がった。そう、全てはこの瞬間のため。この一瞬にかける。
「私は執事さんが着たい」
「そうだよな、メイド服……ん、今なんて言った?」
「執事さんが着たい」
執事さんが着たい、執事さんが着たい、執事さんが着たい……(エコー)
「嘘、だろ……」
どうしてだ。なぜこうなった。風花は先ほど饅頭につられたのではなかったか。それなのに、なぜ彼女は執事がいいと言っているのだろうか。意味が分からない。
考えすぎた優一の頭から煙が吹きだす。その様子を見て、一葉が高らかに宣言した。
「詰めが甘いね、成瀬」
「お前の仕業か、藤咲。桜木に何をした!」
「別に、私は何も。ただ風花に教えてあげただけだよ……」
一葉はそう言うと、崩れ落ちている優一の元までやってきて、耳元で囁く。
「執事だったら、太陽とお揃いの服だねって」
「くっそ、それは勝てない……」
風花は饅頭入手よりも、太陽とお揃いの服を着られるということに惹かれたのだ。文化祭はまだ先だと言うのに、今からそわついている。余程太陽とお揃いの恰好ができることが嬉しいのだろう。
こうして、彼らのクラスの出し物は決定した。
―――――――――――――――
「……よっと」
京也は董魔の命令を受け、丹後という国へとやってきていた。彼の隣には、いつもの如くフードを深くかぶった謎の少女が。彼は基本的に彼女と行動していることが多い。その理由は、この少女が太陽と同様、扉魔法を使うことができるから。
扉魔法を扱える魔法使いは珍しい。それほどに高度で繊細な魔法なのだ。そして京也はその魔法を使えない。しかし、彼は一人で異世界へと渡る術を持っている。それは、
彼の持っている膨大な魔力で無理やり渡ること。
彼は今まで風花たちの前に何回か登場した。その登場の仕方は2パターン。少女の扉をくぐって登場するか、地面を抉って登場するかである。
ドーンという地響きと共に何回か登場したことがある。もしくは池の中で水しぶきを上げながら。いずれにしても、自分の存在を大きく示しながら登場した。これは彼が無理やり空間を移動してきたことによる代償。
謎の少女はいつでも京也のそばにいるとは限らない。彼女が傍に居ないときは、京也は自力で異世界から渡ってきた。そして、今までの登場シーンを振り返ると、京也が扉をくぐる時、その横には必ずこの少女が居た。
「ここだな」
京也はとある建物の前でその足を止める。そこは協会のようだ。屋根の上には十字架が立っている。
京也の今回の任務は、心のしずくを回収してくること。今回は風花たちの持っているレーダーに、このしずくの反応は出ていない。そのため風花たちの邪魔が入ることはない。
「はぁ……」
京也の口から自然と息が漏れる。しかし、行かなくてはいけない。憂鬱な気持ちを握り潰して、京也は建物の中にいる人物に想いを馳せる。
中にはどんな相手がいるのか。しずくを発見しているかどうかで状況は変わってくるだろう。どうか穏便に回収できることを願いながら、京也は目の前の扉を開く。
「どちら様でしょう?」
彼が教会へと足を踏み入れると、声がかかった。この教会のシスターだろうか。十字架のネックレスを首元に、黒色のシスター服に身を包んでいる。
女性から嫌な雰囲気は感じない。しかし、京也は隣にいた少女を自分の陰に隠した。見知らぬ相手への警戒を怠ってはいけない。
「探し物をしているんだ」
京也は自分の来訪の目的を告げる。この教会にしずく型をした石があるはずだと。それは自分が落としてしまったものだから、返してほしい、と女性に告げる。
京也の言葉を聞き、女性の雰囲気が変わった。
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