第115の扉 怖かった
「バイバーイ!」
「ふはっ さらばだ!」
頭を押さえながら太陽は二匹のモンスターを見送った。あの後どうなったのかは、皆さんの想像通りなので割愛させていただく。
優一たちはいつも彼らの手綱を引いているのか。心の底から尊敬する。そして、もう二度とあのメンバーでの集合は避けたいと思う太陽なのであった。
「ふぅ……」
太陽は燕尾服のネクタイを緩ませて、ソファーにボフンと座り込んだ。やはり混ぜるな危険コンビの破壊力がすごい。疲労感でげっそりとしている。心なしか年老いているような気もする。
翼はいまだ目覚めない。彼がきちんと息をしていること、脈が触れることを確認すると、太陽はリビングを後にした。
「……」
太陽が向かった先は、風花の部屋。彼女はスヤスヤと眠りについている。まだ頭が痛いのだろう、眉間にはしわが寄っていた。
太陽は風花のベッドまで行くと、自分の胸元から瓶を取り出す。その中には灰色の石が一つ。
「やはり魔法が解けかけていましたか」
そう呟くと、太陽は風花の胸に手を当てた。手のひらから白色の光を放つと同時に、彼の手が風花の中へと入っていく。そして、彼女の胸の中から手のひらサイズのガラスの球体を取り出した。中には、半分ほどの心のしずくが満たされている。
「……」
太陽がその球体を取り出したと同時に、風花の眉間に刻まれていたしわが消え、穏やかな顔になる。しかし、部屋に響いていた寝息が途絶えた。彼女の体が徐々に冷たくなっていく。
太陽は冷たくなっていく風花を無表情で見つめ、取り出した球体に手をかざした。
「ぐっ……」
球体に白色の光を放つと、太陽の体が黒色の物に包まれた。彼の額には汗が、息も乱れていく。太陽は顔を歪めながらも、白色の光を放つことをやめない。ジッと集中して、球体を見つめていた。
しばらくして、太陽が光を消し、風花の胸の上に球体を置いた。すぅっと風花の中へと吸い込まれていく。それと同時に彼女の穏やかな寝息が戻ってきた。体温も徐々に上昇してくる。しかし……
「はぁ、はぁ……」
穏やかに眠る風花とは対照的に、太陽の息は乱れる。そして、風花を起こさないように、そっと部屋を出た。
「流石に身体が、つらいですね……」
太陽が再び胸元から瓶を取り出すと、中に入っている石は真っ黒になっていた。
太陽が息を整えてリビングに戻ると、翼が目覚めていた。
「大丈夫ですか、翼さん」
太陽の問いかけにぼぅっとしていた翼だったが、段々と意識がはっきりしてきたようだ。結愛の恐怖を思い出し、カタカタと震え始める。
「大丈夫です。もう帰られましたから」
その言葉で翼の震えがようやく収まる。太陽もモンスターたちのことを思い出し、苦い顔をしていた。
「さて、私と話をしましょうか」
モンスターショックから立ち直った翼に、真剣な顔で太陽が話しかけた。風花は自室で休んでいる。今この部屋には翼と太陽の二人だけ。静かな室内で、太陽が優しく翼に言葉を紡ぐ。
「……姫はご無事ですよ。怖かったですね」
太陽は、今にも泣き出してしまいそうな笑顔を浮かべる。彼のその顔を見て、翼が堪えていた物が決壊した。
「うぅ……うん。こ、わかった。僕、僕……」
翼は太陽にしがみついた。彼の着ている服にしわが寄っていく。涙の跡がついていく。
「桜木さんが、消えて、ひっぐ……しまうんじゃ、ないかって、怖かった」
結愛の体を傷つける度に響いていた悲しい音。それは翼の心の中に恐怖を埋め込んだ。風花があの音のように砕け散ってしまうのではないかと。遠くに行ってしまうのではないかと。
翼の涙は戦いが終わっても止まらなかった。それほど不安だったのだろう。
「あの音は、姫の心の器が割れていた音です」
太陽が翼の頭を撫でながら、説明してくれる。
風花が結愛を攻撃する度に響いていた音。とても悲しい音が響いていた。
風花の心はしずくとなって散らばってしまっているが、そのしずくを保存するための物が心の器。しずくを取り戻す度にその器が満ちていく。
通常の人なら今回の風花のような行動を取っても、心にヒビが入ることはない。結愛が涙を流した時に、音が響いていないのがその証拠だ。しかし、風花の心は今スカスカなので器が不安定。そのため悲しい音が鳴り響いたようだ。
「姫の頭痛はその影響だと思われます」
心と記憶は直結している。だから風花は心と共に記憶も欠けている状態。今回心の器に負荷がかかったため、それに連動して頭の記憶にも負担がいき、頭痛を生じさせたのだろう。
「……私も怖かったのです。姫が消えてしまうのではないかと」
翼の頭を撫でながらも、太陽の目は潤んでいた。
恐怖という感情は同じくあの現場に居た太陽も同様。彼も風花が消えてしまうのではないかと怖かったようだ。
「だから一緒に守りましょう」
「……うん」
「姫様が壊れてしまわないように」
「……うん」
翼は太陽の腕の中で、ポロポロと涙を流す。
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