第114の扉 モンスターパニック
「ふ、俺復活。テレレッテレー!」
「結愛も復活! テレレッテレー!」
少しすると、彬人と結愛の意識が戻ってきて、元気に走り回っている。二本のアホ毛が元気な証拠だ。
「良かったぁ」
その様子を見て、翼の口から声が漏れた。一時はどうなるかと思ったが、何とか全員無事。しかし……
「結愛ちゃん……」
風花が悲し気に彼女の名前を呼ぶ。
「ごめんね、痛かったよね」
「およ?」
風花は走り回っていた結愛を捕まえて、抱きしめた。結愛は大人しく風花の腕に収まったのだが、アホ毛を不思議そうに揺らしながら、問いかける。
「痛かったのは風ちゃんでしょう?」
「え……」
結愛は風花から体を離し、彼女の胸に手を当てる。
「私ね、相原くんたち怪我させた時、すごく胸が痛かった」
「……」
「風ちゃんはその何倍もの痛みを感じたんだよね」
結愛の顔が苦痛に歪む。結愛が感じた痛みは魔法で精神を押し込められても、涙として表に出てきてしまうほどのもの。その何倍もの苦痛が風花を襲ったのだ。心が割れる悲しい音で翼が涙を流すほどに。
「ごめんね、風ちゃん」
結愛は風花をしっかりと抱きしめてくれた。彼女の心の傷がきちんと消えていくように、ギュっと腕に力を込める。
心の傷が完全になくなることはないだろう。しかし、結愛の暖かい体温と言葉で風花のボロボロの心が癒えていく。
「ありがとう、結愛ちゃん」
風花はニコリと微笑み、彼女を抱きしめ返した。
―――――――――――――――
太陽の開いてくれた扉をくぐり、風花の家へと戻ってくる。
「よーい、ドーン!」
「ちょっと、佐々木さん危ないよ」
「きーーーーーーん」
帰ってきて早々、リビングで走り回る結愛。翼が捕まえようと追いかけるが、素早く逃げ回るため手が届かない。彼女のアホ毛がぴょこぴょこと揺れている。
「おっと……」
扉をくぐった途端ふらついた風花の体を、彬人が支える。先ほどまで何ともなかったのに、急に頭痛がするようだ。顔を歪めながら、頭を押さえている。
「大丈夫か、桜木」
「うん、ごめん。本城くん」
風花は一人で歩こうとするが、再びふらついてしまう。相当頭が痛いようだ。一人では歩くこともままならない。そんな様子を見て、彬人がお姫様抱っこで抱え込む。
「ごめんね、ありがとう」
「気にするな。俺は姫を守りし騎士だ」
「ふふふっ」
彬人は冗談を飛ばしながら、風花を部屋へと連れていく。彼の言葉に風花の顔が緩んだ。太陽が回復魔法をかけ、彬人と共に部屋を出ていく。
「本城くん、ありがとう」
「ゆっくり休め、プリンセス」
二階の風花の部屋まで運ぶと、優しくベッドに寝かせてくれる。彬人が声をかけると同時に、風花はスヤスヤと寝息をかき始めた。穏やかな彼女の寝顔を太陽と彬人は眺めていたのだが……
「太陽くん、助けて!」
穏やかな空気を切り裂くように、翼の切羽詰まった声が響く。
「む?」
「翼さん!?」
叫び声を聞いた二人が急いでリビングへと戻っていく。そこには……
「相原くん、しっかりして! ねぇ、返事してよ‼」
床に倒れて、ピクリとも動かない翼と、彼に覆いかぶさり必死に名前を呼ぶ結愛の姿が。一体何が起きたのだろうか。太陽は頭をフル回転させながら、考えていく。と、視界に結愛のアホ毛が入った。
「まさか……」
太陽はたどり着いてしまった結論に顔を青くする。結愛のアホ毛は今、嬉しそうに揺れているのだ。彼女は翼を起こそうと必死のようだが、それと反対の反応をアホ毛が示している。
つまり、彼女の今の行動は演技。カンに出国する前に繰り広げられた、本城佐々木劇場同様の光景が目の前にあった。
「佐々木! 翼に何があったんだ」
彬人は状況が理解できていない様子。敵襲があったと思っているに違いない。彼に事情を説明しようと、結愛が口を開いた。
時は遡ること数分前。彬人たちが出ていった直後にそれは起こった。
「きーーーーーーん!」
相変わらず、結愛はリビングを走り回っている。
「待ってよ、佐々木さん」
翼が追いかけるも、ちょこまかと逃げ回る彼女には届かない。次第に翼の限界が来て、ぜぇぜぇと肩で息をし出してしまった。
それに気がついた結愛が、不敵にアホ毛を揺らし、翼へと手を伸ばしていく。
「ん? え、何!?」
翼が戸惑いの声をあげる中、結愛は後ろに入り込んで腕を回した。腰の部分でがっちりと掴み、離さない。そして、にっこりと笑ってこう言った。
「ジャーマンスープレックスって知ってる?」
彼女の言葉に真っ青になっていく翼。必死に逃げようとするが、結愛の拘束が緩まない。
「うあぁぁ、やだよ、やめて!」
「それでは……」
「待って、待って、待って! やだ、いやだぁぁぁぁ!」
「3、2、1!」
「太陽くん、助けて!」
「うぁぁぁぁぁ、相原くん!」
そして、今に至る。翼は結愛にジャーマンスープレックスを決められて気絶。結愛が勢い余って思いっきり、床に叩き付けてしまったようだ。彼は全く動かない。
「ほぉぉぉぉ!」
結愛の話を聞いた彬人の目が輝きを増す。彼には『何かカッコいいことを聞いたり、見たりすると真似したくなる』という習性があるのだ。そして、丁度いいことに、横には太陽が。
「え、彬人さん!?」
いきなり体が持ち上がった太陽が、驚きの声をあげる。彬人が彼の腰に手を回し、技を決めようと拘束した。彬人のアホ毛が楽しそうにぴょこぴょこと動き出す。
「よし、ではっ!」
「いやです、やめてください!」
太陽が彼の手を振りほどこうと抵抗するも、彬人の力が強い。太陽は持ち上げられて足が浮いているので、きちんと力を入れて抵抗することができない。
「離してください! 私はまだ死にたくない!」
「大丈夫だって、痛いのは一瞬だけだ」
「それが嫌なんです! やめて、おねがいですから! 翼さん助けて!」
彼の叫びもむなしく、相変わらず翼は気絶したまま。太陽の声は届かない。
「ではっ!」
「うあぁ、やめてください! やめて! あぁぁぁぁぁぁぁ」
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