第112の扉 真剣勝負
男性陣はたけると同室。風花と結愛は別の部屋で眠りについた。スヤスヤと寝息が部屋に響いている。
そんな穏やかな時間を壊すかのように、一つの動く影が。風花の眠っている布団へゆっくりと近づいていく。そして、彼女の胸元に手を伸ばした。
「どういうつもり?」
気配で目覚めた風花が手を捕らえる。影は風花の胸に手を伸ばしたのだ。そう、心のしずくがある場所に。
「結愛ちゃん……じゃない?」
影の正体は結愛。しかし、様子がおかしい。
「すぐにバレちゃったな。上手くいくと思ったのに」
その声、顔は結愛そのものだが、彼女は切り裂くような冷たい空気を纏っている。結愛に何が起こっているのだろう。風花が警戒の視線を向けると、にっこりと不気味に笑って口を開いた。
「僕はたけるだよ。昼間に魔法をかけたんだ」
今結愛の身体を動かしているのは、たける。彼の魔法は目を合わせた相手の身体を乗っ取ること。結愛が占いの時に感じためまいは彼の魔法の影響だろう。風花はピリピリとした空気を纏い、威嚇する。
「結愛ちゃんの体から出ていってください」
「それは無理かな。結愛ちゃんから出たら、風花ちゃんは僕を攻撃するだろう?」
たけるは結愛の髪をくるくると指で絡めて遊んでいる。確かに彼の言う通り、結愛の身体を傷つけることはできない。風花は苦しそうに唇を噛んだ。それを見てたけるはにんまりと笑う。
「僕は身体を乗っ取った相手の魔法を、自由に使うことができるんだよ。だから……」
その言葉と共に大きな音が響き、風花は部屋の外まで吹き飛ばされた。
「凄い音がしたぞ」
「姫様たちの部屋の方から聞こえましたね」
隣の部屋で寝ていた男性陣が目を覚まし、廊下へと出てくる。
「桜木さん!」
風花たちの部屋からは土煙が立ち込めていた。風花は頭を壁に打ちつけて、意識を失っている。太陽が顔を真っ青にしながら、彼女に回復魔法をかける。何があったのかと混乱していると、結愛が部屋から飛び出してきた。
「うぉ! 佐々木、目が覚めたのか?」
彬人が飛び出してきた結愛を受け止める。しかし
「本城くん、私怖い。変な怪人みたいなのがいきなり部屋に入ってきて、それで……」
たけるは結愛の身体で彬人にしっかりと抱きつき、上目遣いで話しかける。その肩は震えていた。彬人は完全に鼻の下が伸びきっている。
「佐々木、大丈夫だ。俺が守るからな」
「嬉しいっ、ありがとう!」
結愛は更にギュッと力をこめて、彬人に抱き着き、彼の首元に手を回した。彬人は結愛にデレデレである。彼女が腕の中で不敵に笑うことには気付かずに……
「ん……」
風花は太陽の回復魔法により目を覚ます。目を覚ました風花の目に飛び込んできたのは、彬人に抱きついている結愛の姿。
「本城くん、結愛ちゃんから離れて!」
「ふふ、もう遅いよ」
たけるは服の袖に隠していたナイフで、彬人を切りつける。彼の真っ赤な血が飛び散った。
「ぐはっ……」
「いいね、この身体。あんなに近くに入っても怪しまれないもんね」
たけるがからからと笑っている。太陽が急いで彬人の回復にかけつけた。彬人は首の動脈を切られたようで、ブシャッと物凄い勢いで血液が流れ出ている。
「ふ、名誉ある負傷か」
「傷に触ります。黙ってください」
「はい……」
彬人はなぜか厨二病ポーズを披露し、太陽にぴしゃんと怒られていた。彼からは大量の血が流れており、太陽の白色の服がどんどん赤く染まっていく。太陽は彬人の出血量に苦い顔をするも、急いで回復魔法を展開した。
「佐々木さん、どうしたの? 何が起きているの?」
「たけるさんに結愛ちゃんの身体を取られたの」
風花の言葉を聞き、翼が部屋の中を見ると、たけるがスヤスヤと眠っていた。確かにこれだけの大騒ぎで起きないのは不自然である。
「今のたけるさんの身体には魂がないんだと思う」
「その通り。僕の魂は今ここにあるからね」
たけるは余裕の表情でナイフを振っていた。ナイフには彬人の血がべったりとついている。
「この身体は都合がいいね」
「結愛ちゃんの体を道具みたいに言わないでください」
「
たけるの言葉に風花は怒りの声をあげ、翼は剣を出し戦闘態勢に入る。二人ともピリピリとした空気を纏った。
「僕が勝ったら、大人しく出ていってください」
「うん、いいよ」
たけるは余裕の表情で応える。翼の手が震えた。
バトル大会が終了してから初めての実戦。大会にはルールがあった。降参と言ったら終わり。場外に飛ばしたら終わり。そして、殺してはいけない。
しかし、今はそんなルールは存在しない。真剣勝負そのもの。二人の間を戦闘独特の緊張感が包み込む。
「翼さん!」
その空気を断ち切るように、太陽から声がかかった。
「思い出しました、たけるさんは魔界四天王のお一人です。お気をつけて」
たけるは以前戦った紅刃と同じ、魔界四天王の一人のようだ。つまり、京也の差し金でここにいる。翼は京也の名前を思い出し、緊張が跳ね上がった。
「相原くん、大丈夫。絶対殺されない」
風花はたけるをじっと見つめて、翼に囁いてくれる。風花はどこからその結論に至ったのだろう。たけるは鋭い殺気を放っていた。翼はその結論に至る道が見えなかったが、風花が言うなら、そうに違いない。それを聞き、気を引き締めるとともに、殺さない、殺されないとぶつぶつ呟いた。
「本城くんは?」
「非常に危険です。血が止まりません」
風花が太陽の元にやってきて、魔力を貸してくれる。太陽は既に彬人の血で真っ赤に染まっていた。彬人の意識はあるものの、顔面蒼白、息もか細い。先ほどは冗談を飛ばしていたが、今はその気力もないようでぐったりとしている。
治療をしている太陽の額には汗が滲んでいた。回復魔法は非常に繊細な魔法。今回の彬人は頸動脈が傷ついていてしまっている。かなり緻密で高度な作業が必要だった。
「本城くん……」
風花は彬人の手を握る。彼はもう手が冷たくなっていた。末梢から冷えてきているのだろう。風花の顔が苦痛に歪んだ。しかし……
「桜木、そんな顔するな……女の子は、笑っていた方が、いい……」
暗い表情をする風花を気遣って、彬人が口を開く。その声はか細く弱弱しいものだったが、暖かく風花を包み込んでくれた。風花は彬人の言葉にニコリと笑顔を向ける。
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