第108の扉 抱っこ!
風花の体がふわりと持ち上げられる。彼女が驚いて振り向くと……
「鈴森くん!」
「これで、届くかなぁ?」
颯が風花を持ち上げてくれていた。これで彼女の手が黒板の上まで届く。風花はニコニコ笑顔で日直の責務を果たした。
「鈴森くん、ありがとう」
「いいよぉ」
颯はニコリと微笑むと、風花の頭を優しく撫でた。颯にはたくさんの弟と妹がいる。そのため頭を撫で慣れているのだろう。心地よく感じた風花が、彼の手に嬉しそうにすり寄っていた。
「それでぇ……」
颯は風花の頭を一通り撫で終わると、いまだ撃沈している翼と、言い争いをしている優一たちに視線を向けた。風花を自分の後ろに隠して、彼は口を開く。
「君たちさぁ、遊ぶのはいいけど、本人に寂しい思いさせたらダメだよねぇ?」
颯の言葉に彼らの動きがぴたりと止まった。
風花は最初翼に抱っこしてもらえると思って、喜んだ。しかし、抱っこしてもらえない。
次は翔吾と彬人に抱っこしてもらえると思って、喜んだ。しかし、抱っこしてもらえない。
最終的に彼女は一人ポツンと残されてしまった。黒板を消したいという願いも叶わずに。
「鈴森くん、私は平気だよ」
「桜木さんは気にしなくていいからねぇ。こういうのは俺が嫌なんだぁ」
颯の後ろから風花が声をかけるも、颯は彼女の頭を撫でてくれる。その心地よさに風花は口をつぐんだ。
「はい、みんなぁ。桜木さんにごめんなさいはぁ?」
「「「「ごめんなさい」」」」
颯に促されて、翼たちがぺこりと頭を下げてくれる。風花は彼らの謝罪にニコリと微笑んだ。みんなの仲直りに、うんうんと深く頷いていた颯だが、パチンと元気に手を叩いて話し出す。
「よぉし! じゃあ、代表して翼くん」
「はいっ!」
「まだあそこに残っているから、桜木さんを抱っこしてあげてぇ」
「はぇ?」
颯が指さしたところにはまだ文字が。しかも風花が届かない上の方に。あんなところに文字はあっただろうか。翼が疑問を感じ、颯の方を見るとパチンとウインクされる。どうやらこの流れになるように彼がわざと書いたらしい。翼は颯のアシストを無駄にしないように、意を決して風花の方へ足を進める。
「相原くん、抱っこ!」
「ぐっ……」
残っていた責務を完遂しようと、風花にやる気がみなぎっていた。翼に向けて手を広げ、抱っこを所望している。翼はそんな彼女の様子に倒れそうになるも、ぐっと堪える。そして、ワクワクしている風花を持ち上げようと、手を伸ばした。しかし……
「はい、みなさん席についてくださいね。ん?」
風花を持ち上げようとしたまさにそのタイミングで、授業をしようと西野が入ってきた。そして、黒板に残っていた文字を彼がサラッと消してしまう。
「あぁ……」
「ぶはっ!」
一瞬の出来事で固まってしまう翼。笑いの地獄に落ちていく颯。そして、何事もなかったように授業が始まっていった。
―――――――――――――――
「桜木さん、今日はごめんね」
「んー?」
翼は下校しながら、風花に謝る。風花は颯に抱っこしてもらえて黒板を消せたので、特に気にしていないようだ。そんな彼女の様子に、翼は無意識にもため息が出てしまう。
風花はまだ恋心を自覚できない。そんな風花に自分がアタックしても、困らせてしまうだけだろう。それでも彼女に触れたいと思うのは、わがままだろうか。
ピロン♪
翼が悶々と考えていると、風花から電子音が鳴った。彼女の携帯に太陽からメールが届いたようだ。風花はニコニコしながら、返事を打っている。
「携帯電話……」
異世界人の風花だが、携帯電話を所持している。彼女は以前それで京也に連絡を取っていた。操作している風花をじっと見つめていた翼だが、意を決したように口を開く。
「あ、あの、桜木さん……」
「ん?」
明らかにモジモジとし始める翼。顔もほんのりと赤いようだ。風花は彼の挙動の意味が分からず、キョトンと首を傾げる。
「ぼ、ぼぼぼ、僕と……ば、番号を交換、して、くれない?」
「わぁ!」
翼の言葉を聞いた風花の顔に花が咲く。その顔を見て、翼は倒れそうになるが、何とか踏ん張った。今ここで倒れては、折角のチャンスを無駄にしてしまうだろう。何とか意識を保ち、翼と風花は無事アドレスの交換ができた。
「ありがとう!」
「こちらこそ!」
翼はプルプルと震えながら、自分の携帯電話を握りしめる。相当嬉しかったようだ。
「♪~」
翼と別れ、風花はルンルンで自室の扉を開ける。制服のままベッドに寝っ転がり、携帯電話の画面を眺めた。
『相原翼』
画面には先ほど交換した彼の連絡先と名前が。風花はそれを嬉しそうに眺める。これで風花の携帯には太陽、京也、両親、翼の連絡先が登録された。
「ふふっ」
風花はベッドに寝っ転がったまま、画面をニコニコと眺めていたのだがふと気がつく。
「あれ? どうして私はこんなにも嬉しいのかな?」
風花は自分の中の感情に違和感を覚えた。もやっとした感覚が徐々に胸に広がっていく。胸に手を当てて、考え込んでいたのだが……
「わっ!」
突然携帯が震えだした。落としそうになりながらも、画面を確認すると、着信を示すマークと『桜木
『あ、風花ちゃん? いきなりごめんなさいね。最近どうしているかなって思って』
電話の相手は風花の母親。風花は弾むような声で心のしずくが半分程度集まったこと、太陽と元気にしていることを伝える。
『ご飯はちゃんと食べているの?』
「うん! あ、今日は私が当番なんだった! お母さま、ごめんなさい、準備しなくちゃ」
『ん? えぇ、たまには帰ってくるのよ』
「はーい!」
風花はプツリと通話を終えると、夕食の準備のためキッチンへと走っていく。胸の中のもやもやのことは、コロッと忘れてしまったようだ。
「あの子、ご飯作っているのね……太陽くんに今度胃薬を送っておこうかしら」
優風が難しそうな顔をして呟く。
風花たちは交代しながら家事を担当している。そのため太陽が風花の料理を口にする機会も当然あるのだが、優風は風花の料理がゲフンゴフンなことを知っていた。胃薬をいくつ送ろうかと考えていると、後ろから声がかかる。
「風花はどうだった?」
話しかけてきたのは父親であり、風の国の王である
「元気そうだったわよ」
風馬と優風は自分の娘の話に花を咲かせながら、机の上に置いてある写真たてを見つめる。その瞳には悲しい色を伴って。
「いつか、太陽くんや国の人たち、そして私たち家族
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