第106の扉  ついにやりました

 女性陣がキャー、キャーと騒いでいる頃、男子部屋。翼と優一の部屋には男性陣が全員集合していた。そして、もちろん話の内容は……


「翼、桜木とどうなった?」


 興味津々で優一が彼に話を振った。やはり夜と言えば、男女関係なくそういう話になる。

 風花の名前を出された翼の顔が真っ赤になっていった。


「ど、ど、ど、どうもこうも、別に何もないもん!」

「でも、大会が終わった後、抱きしめてたよねぇ」


 颯がのんびりと衝撃発言を繰り出す。確かに翼は風花を抱きしめていた。ムギュっと思いっきり。


「お前、また無意識でやったのか?」


 優一が呆れて頭を抱える。

 翼は以前無意識に風花の頭を撫でようとしたことがある。そして、それは一度の出来事ではない。

 今回もまた無意識にやってしまったのではないか。優一はそう思い、質問をしたのだが……


「え、と……それが……」


 翼が優一の発言を聞いて、明らかにモジモジし始める。両手の人差し指同士をツンツンして挙動不審だ。その様子を見て、優一は目を見開く。


「は!? お前ついに、やったのか?」

「んー、あのぉ、今回は無意識ではなく、衝動的にやってしまったというか……」


 彼の発言に一同ポカンと口を開けている。


「あの時、桜木さんを見ていたら、そのぉ、抱きしめずにはいられなかった、というか……」

「♪~エンダァァァァ~イヤァァァァ~」

「ぶはっ!」


 翼の発言を聞いた彬人がいきなり歌いだす。かなりの歌唱力だ、お上手。太陽は称賛の拍手を送っていたが、笑い上戸の颯は苦しそうに笑い転げている。


「ち、違う。あぁ、違わないけど……」

「前よりは一歩進んだんじゃないか?」


 茶化されて慌てる翼だが、すかさず優一がフォローを入れてくれる。今まで自分の気持ちに戸惑っていた翼だが、今回の出来事で自分の中の気持ちがはっきり分かった。自分は風花のことが好きだ。胸に暖かい感情が広がっていく。


「桜木は、まだ恋の感情は分からないよな?」


 優一が昼間のキス事件のことを思い出し、尋ねる。そう、風花は心が欠けている。そのため彼女はまだ好きという気持ちを理解できない。翼が彼女に自分の気持ちを伝えるとしても、それはまだまだ先だろう。

 恋心を自覚した翼はもじもじと恥ずかしそうだが、それでも嬉しそうだ。優一はそんな彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。そんな二人の様子を、結末を知っている太陽は無表情で見つめていた。









「そう言えば、一葉さんとは仲直りできましたか?」


 いまだエンダァァァァと歌っている彬人に、太陽が尋ねる。太陽は目の前で、彬人が一葉に殴られる現場を目撃していた。二人のことが気がかりだったのだろう。


「ふ、漆黒の堕天使の俺に、不可能なことなど存在しないのだ」

 訳)無事に仲直りしてきました


 彼はドヤ顔で太陽に報告してくれる。


「彬人、また藤咲怒らせたのかよ」


 優一が呆れながら彬人に問いかける。彬人と一葉は、仲はいいのだが、何かと喧嘩していることも多い。よく彬人が一葉の拳をもらっている所を目撃されている。そして、大概悪いことをしているのは彬人。

 しかし、今回のことに関して、彬人は納得していない。優一の発言を聞いて、ぷくぅと頬を膨らませた。


「無礼者! 今回俺は何も悪くない!」


 彬人は一葉との一連の流れをみんなに話した。バーサーカー翼にやられて医務室へと向かう道中の出来事、その後無残にも散っていた挑戦の数々。そして問題発言の『月が綺麗』


「ふふっ、最高すぎる、ふふ、苦しい、し、死ぬ……」

「鈍すぎるだろう。ふふっ、ヤバい……藤咲かわいそう……」


 彬人から話を聞いた颯と優一が、苦しそうに笑い転げる。翼と太陽は苦笑いしかできなかった。笑い上戸の颯はさっきから息ができないくらい笑っている。本当に死んでしまうのではないか。

 そんな様子を見て、彬人がますますぷくぅと頬を膨らませる。


「みんなしてバカにしおって! もういい、俺は寝る!」

「あぁ、ま、待って、彬人くん。ふふっ。俺が部屋の、鍵持ってる。んふふっ」


 怒ってしまい部屋を出ていく彬人を、同室の颯が追いかけていく。


「こじらせちゃったかな?」

「大丈夫だろう」


 翼は彬人の様子が心配だったのだが、優一は特に心配していないようだ。彼が『大丈夫』と言えば、大丈夫なのだろう。翼はホッと息をついた。


「……」


 そんな中、優一は翼のことを見つめる。

 ピュアボーイ翼と鈍感ガール風花。漆黒の堕天使彬人と素直になれない一葉。

 どちらの組がいち早くゴールインするのだろうか。どちらにせよ、これから面白い展開になってきそうな予感がする。ワクワクが止まらない。

 優一は不敵にクククッと笑いを漏らしていた。翼は彼の黒い微笑みに悪寒を覚える。










 

「私もそろそろ自室へ戻りますね。お誘いありがとうございました」


 太陽はそう告げると、自室へと戻っていく。彼の背中を二人が見送った。


「ふぅ……」


 太陽の相部屋の相手は風花。彼女はまだ美羽たちの部屋へ遊びに行っているようだ。部屋には帰ってきていなかった。太陽は自分のベッドに倒れ込む。今回の騒動で翼の気持ちがはっきりとした。


 翼は風花のことが好き。


 そして、風花も恐らく翼のことが好きだろう。心のしずくを集めていけば、その感情に気がつくことができる。しかし、この恋は実らない。応援したい気持ちはあるのだが、応援していいものなのか。

 

「ただいま」

「お帰りなさいませ」


 太陽が考え込んでいると、部屋の扉が開く。太陽は風花が少しでも笑顔で居られるように、彼女のそばにいることしかできないのかもしれない。


「今日はね、満月なんだって。が綺麗に見えるよ」


 風花はルンルンで窓の方へと近づき、月を見つめている。太陽はそんな風花に一瞬だけ苦しそうな顔をした。しかし、すぐに表情を元に戻す。

 太陽は風花と同様異世界の住人。『月が綺麗ですね』の意味を彼は知らない。それにも関わらず、風花の言葉を聞き、苦しそうな顔をしたのはなぜなのか。それはまた別のお話。

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