第102の扉  眠り姫には口づけを

 翼、風花、太陽の三人は話を終えて、医務室に戻ってきた。そこには一葉と颯。そして……


「美羽ちゃん」


 いまだ目が覚めない美羽。風花が瞳を潤ませて、彼女の髪を撫でた。

 美羽の体は何時間か毎にドクターが診察してくれている。その度に異常なし。脈拍、血圧、呼吸数、全ての数値において正常。風花が心配そうに見つめている先で、穏やかな呼吸が響いている。しかし目が覚めない。


 風花の様子を見て、太陽が診察眼鏡をかける。美羽に手をかざし、頭の上から足の先まで丁寧に診察してくれた。そして結果は


「特に異常はありませんよ」


 風花が心配そうに美羽の頭を撫でる度、太陽は診察をしてくれる。少しでも彼女の心の負担が軽くなれば、と。そして、結果は全て異常なし。太陽を含め、たくさんの回復魔法の使い手が診察しているが、彼女は眠り続けている。いつになったら起きてくれるのだろうか。

 風花たちはなす術もなく、彼女の早期回復を祈ることしかできなかった。そんな暗い雰囲気の中……


「ふ、帰還した」

 訳)ただいま戻りました


 彬人たち買い物組が帰ってくる。彬人と結愛のテンションが、普段より低い気もするが気のせいだろうか。しかし優一の表情は晴れやか。彼の心の中で何か変化があったのだろう。


「む?」


 彬人が一葉の顔を見て、声を漏らす。一葉も優一と同様晴れやかな表情をしていた。彼女の心の中でも何か変化があったのだろう。

 彬人はそれに気がついたようだ。彼女の顔を確認した彬人が、安心のためか頬を緩ませる。その様子を、颯がニマニマしながら見ていることには気づかない。


「青春だねぇ」


 ポツリと呟いた一言が、一葉には届いてしまったようだ。颯は頭をポカリと叩かれる。

 賑やかな笑い声、ニコニコとした笑顔。普段通りの雰囲気がみんなを包んでいた。しかし、足りない。普段通りを取り戻すにはあと一人足りないのだ。美羽が居なければ、元通りとは言えない。彬人たちの登場で賑やかになっていたものの、物足りなさを感じ、風花の顔が暗くなる。しかし


「眠り姫には、王子のくちづけを」


 彬人がポツリと呟いた。彼の発言でその場の人間全員の動きがピタリと止まった。


「……お前は何を言っているんだ」


 いち早く復活した優一が、頭を抱えながら口を開く。おそらく彬人は、あの有名なおとぎ話のことを言っているのだろう。眠っているお姫様に王子様がキスをする。するとお姫様は目覚めてハッピーエンド。誰もが聞いたことのある有名な話だろう。


「「ん?」」


 風の国にはこのおとぎ話はないのだろうか。風花と太陽は意味が分からないようでキョトンとしている。突拍子のない彬人の発言に頭を抱える優一と一葉。顔を真っ赤にする翼。翼は彬人と美羽のキスを想像してしまったようで、真っ赤になった後に鼻血を出して倒れた。


「や、やって、みればぁ。ふ、ふふっ。んふふっ」


 笑いのツボに入った颯が彬人を茶化す。翼が鼻血を出して倒れたのが、彼のツボに入ったのだろう。何とも苦しそうだ。苦しそうに笑っている彼の背中を風花がさすっている。

 そして、颯の言葉を聞いた彬人の目がキラーンと光った。


「よかろう! ではっ」

「『ではっ』じゃない!!!」


 美羽に近づいていこうとしていた彬人を、一葉が突き飛ばす。壁まで吹き飛ばされていき、鈍い音が室内に響き渡った。痛みに頭を押さえていた彬人だが、立ち直りの速さ風の如し、素早く立ち上がり文句を言い放つ。


「何をする!」

「お前はただキスしたいだけだろうが」

「変態!」「女の敵!」「最低ですわ」


 文句を言う彬人に対して、優一を先頭に一葉、結愛、うららが美羽を守るために立ちふさがった。女性陣は彬人に蔑みの目を向けているのだが、そんな目に睨まれても彼は諦めない。


「俺はただ横山を蘇らせようと!」

「本城くんは王子様なの?」


 一向に諦める様子の無い彬人に風花の声が響く。おとぎ話を知らなかった彼女は彬人たちの攻防が繰り広げられている間に、颯から内容を聞いたようだ。不思議そうに首を傾げて、彬人のことを見つめる。

 確かに彼女の言う通り、キスをしていたのは王子様。正確に言えば、愛する人物なのだが、愛を理解できない風花は役職の王子であればいいと解釈しているようだ。しかし、彬人は王子ではない。


「ぐっ……」


 風花はジッと彬人のことを見つめている。純粋な彼女の瞳に射抜かれて、邪心の塊だった彬人から苦しそうな声が漏れた。


「あぁ、桜木、く、苦しい。やめろぉ、ぁ……うぁ」


 風花が彬人を見つめ続けるので、彼はどんどん小さくなっていく。勝負あった。小さくなった彼を、一葉を筆頭に女性陣が袋叩きにしている。


「ぐへ、あっ、やめ、て……俺は、ただ横山をぉぉぉ」

「死ね」「最低」「外道」


 彬人がボコボコになる中、賑やかさが戻ってきていた。暗い表情をしていた風花にも、普段通りの笑顔が戻ってきている。そして……


「ん……」


 賑やかな雰囲気に誘われたのだろうか。ついに美羽の目が開く。


「美羽ちゃん!」


 風花の声で彬人をボコボコにしていた一葉たちの手も止まった。全員が美羽に注目の視線を向けている。


「どこか痛いところはない?」

「大、丈夫」


 美羽は長く眠っていたためか、何だかぼんやりとしているように見える。駆け寄ってきた風花をぼんやりと見つめていた。


「わ、私……」


 頭が混乱していて状況を理解できていないのだろう。頭に片手を当て、身体をベッドから起こした。その動作を風花が手伝う。起き上がってからもぼんやりと頭を抱えている美羽。


「大丈夫です。特に異常所見はみられません」


 太陽の診察結果は異常なし。長く寝ていたので、脳の障害が気がかりだったのだが、それも問題はないようだ。


「良かったぁ」


 太陽の言葉に風花たちから息が漏れた。肩に入っていた力が抜けて、風花の身体がぺしゃんと崩れ落ちる。彼女が一番美羽の件に関して責任を感じていたのだ。彼女の瞳が潤んでいる。


「……」


 美羽は依然ぼんやりと、風花たちのことを見つめている。記憶が混乱しているのだろうか。今の彼女は何だか脆い。しかし次の瞬間、ぼんやりとしていたの美羽の顔に感情が灯った。




「わ、たし、……生きてる」

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