第25の扉 ダンジョン攻略戦その7
「ぐはっ!」
翼の攻撃が直撃し、敵はパタリと倒れた。
「勝った、のかな……」
翼は倒れた敵はジッと見ていたが、彼女が動く気配はない。それを確認すると、一目散に薬の部屋へと走り出す。
倒した、倒せたんだ。これで薬が手に入る!
桜木さんを助けられるんだ……
「これだ!」
部屋の中央には薬の入った小瓶が一つ置かれていた。瓶を手に取り風花の元へ駆け寄る。
「桜木さん、お待たせ。薬だよ。飲んで」
息を切らしながら翼は風花に薬を飲ませようとする。しかし……
「え、どうしたの? 早く飲んで」
風花からの反応がない。翼は戸惑いながらも、彼女の口元に瓶を近づける。しかしピクリとも動かない。先ほどまでの苦しそうな息の音さえ聞こえない。
「な、んで……」
翼の背中に嫌な汗が噴き出す。
間に合わなかったのか? でも、戦闘前にポーションを飲ませたんだ、そんなはずはない……
グルグルと理由を考えるも、風花が目覚めないという事実は変わらない。そして、ダンジョンの入り口で太陽が言っていた言葉を思い出した。
『少しでも姫様が魔力を使えば……』
「あ、ぁ、そんな、さっき僕を助けた攻撃の、せい?……」
翼は先ほど自分を助けてくれた
「僕、が、弱いから……」
風花は翼を助けるために魔法を発動し、残っていた魔力を全て使い切ってしまった。
僕があの人を倒せていればこんなことにはならなかった?
僕のせい? 僕が役に立たない弱虫だから?
僕のせいで桜木さんが死んだ……
僕が桜木さんを殺したんだ……
翼の頭の中に黒い感情がどんどん沸き起こり、心が黒く塗りつぶされていく。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
僕のせいだ。みんなが託してくれたのに。
ダメだ、この人を死なせたら……
ダメなんだ。ダメなのに。
「ねぇ、桜木さん起きてよ。起きてくれよ、お願いだから。ねぇ!」
翼はその黒い感情を追い払うように風花に呼びかける。身体を揺するも、反応はない。翼は冷たくなっていく彼女の体を抱きしめ、呼びかけ続けることしかできなかった。
「翼ー!」
しばらくして、離れ離れになっていた優一たちが走ってくる。全員擦り傷程度の怪我はあるものの、大きな怪我は負っていない。全員無事に番人を倒し、約束通り合流できた。
「みん、な……」
優一たちの姿をとらえた翼の瞳に、安堵の色は浮かばない。ただ冷たくなった風花を抱きしめているだけ。
「桜木は?」
「……」
優一の質問に翼は何も答えない。その沈黙の意味を悟った、全員の顔が青ざめていく。そして、重い沈黙の中、翼が弱弱しい声で口を開いた。
「……ごめん、僕のせいだ。間に合わなかった」
震える声でぎゅっと拳を握りしめながら翼は言葉を紡いだ。そんな翼を誰も責めたりはしないが、何も言葉が見つからない。
「そんな……」
美羽は泣き出してしまい、その肩を一葉が抱く。太陽や優一も呆然と見ていることしかできなかった。間に合わなかった。桜木風花は死んでしまった。もう動かない。笑ってくれない。話してくれない。その事実が彼らの上に重くのしかかる。
現実を受けられない翼が再び風花に声をかける。
「……桜木さん、お願いだよ。目を開けてよ」
相変わらず風花は何の反応も示さない。
「……桜木さん話してくれたよね? 取り戻すんだって、自分の心を。まだ全部集まってないよ?」
翼は優しい声で話しかけ続ける。目に涙を浮かべ、風花の体を揺らす。しかし彼女はピクリとも動かない。
「風の国の人たちも待ってるんでしょ? 約束したんでしょ、必ず帰るって。だったら、ちゃんと、帰らないと、ダメだよ。こんなところで……ダメだよ……ダメなのに……」
翼は声を震わせながら風花に呼び掛ける。しかし風花は目覚めない、翼の声は届かない。
「頼むよ、桜木さん。目を開けてよ……」
「なんで、君がここに……」
突然ふわりと風が吹き、その方向を向くと、そこには京也が立っていた。彼は疑問を口にした翼には目もくれず、黙ってずんずんと風花の元へ進んでいく。
「ちょっと失礼するぞ」
京也はそう言うと風花の服をめくり、お腹を触診し始めた。注意深く風花のお腹を触っている。一同はその様子を不審に思いながらも、真剣な表情で触診を続ける京也を黙って見ていた。
どれくらいの時間が経ったか分からない。しかし、京也が触診していた手を止めて、薬の瓶を手に取った。そして次の瞬間、ズボッと瓶を風花のお腹に突き刺した。
「え! 京也くん」
「ちょっと、風ちゃんに何してるの!?」
「黙って見てろ!」
声を荒げる美羽を制し、京也は冷静に瓶の位置を調整する。瓶の中身は風花の身体の中に入っていった。瓶の中身がすべて風花の中に入ると、スポンと京也は瓶を引き抜く。
数分後、スーと風花から穏やかな息が聞こえてきた。
「何をしたの?」
「簡単な話だ。口から飲めなければ直接腹にぶちこめばいいだろう」
「そんな無茶苦茶な……」
京也はさも当然であることのように言ってのける。みんなが口をあけて京也を眺めるなか、ぱちりと風花が目を開けた。
「ん、あれ? 私……」
「良かったぁ」
美羽は風花に抱き着いた。飛び出した美羽を一葉が剥がそうとするが、美羽は拒否し、良かったよぉと泣いている。
「まだ体力は落ちていますが、数日したら元通りになると思います」
「ふ、我らが姫のお目覚めか」
訳)助けられて良かったです
風花の回復に全員の緊張の糸が解けた。ふわっと暖かい空気が包む中、翼が風花に声をかける。
「
翼は自分の無力さを押し殺して笑顔で風花に話しかける。その手は背中でぎゅっと握られ、震えていた。風花は翼の変化には気づかず、京也に声をかける。
「そうだったんだ。京也くん、ありがとう」
「いや、俺はなにも……」
「ありがとう」
謙遜する京也に、風花は京也の目をまっすぐ見て、お礼を言う。その行動に京也は顔を真っ赤にして、風花に背を向けた。
「か、勘違いするなよ。お前がいないと、この世界でのしずく探しが難しくなるからな。次に会う時までに治しておけ」
京也は背を向けて歩き出す。その背中は少し安心したようにも見えた。風花は京也の言動をポカンと眺めていたが、美羽と一葉はニマニマと口元を緩ませながら見送った。
「……」
太陽はその背中を見ながら、京也の観察眼、瓶を突き刺したのに出血一つさせない技術に恐ろしさを感じていた。彼が
京也がしばらく歩くと、いつの間にか隣に黒いローブをまとう少女が立っていた。
「良かったですね、風花ちゃんが助かって」
「だから、勘違いするな! さっきも言ったが……」
「しずく探しのためですよね?」
「そうだ、帰るぞ!」
「かしこまりました」
いまだ耳まで真っ赤にして話す京也の言葉に説得力などなかったが、少女は京也の言葉を聞くと、ふわりと微笑み魔界へと通じる扉を開く。そして京也と一緒に中へ消えていった。
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