第18の扉 証明
「佐々木さん、鈴森くん、起きてね」
授業が始まって早々、眠りの国へと旅立った
「ふぁ……」「ほい……」
二人は目をこすりながら起き上がるも、10分後には再びすやすやと眠り始める。
「この二人は他の授業でもこうなの?」
「体育の時間以外はこんな感じです。おかげで黒板がよく見えます」
大和は結愛と颯の後ろの席の
3番目の席に座る高木は「自分が寝れないからありがた迷惑だ」と堂々と宣言し、教室が笑いの渦に包まれた。
「はぁ」
大和はため息をつきながら頭を抱える。二人に再び声をかけると、結愛は頑張って起きるが、颯はなかなか起きてくれない。
「鈴森くん、これ以上寝るなら、あなただけ居残りにしますよ」
「それは困るよぉ、なでしこ先生。俺家に帰ってチビたちの面倒みないといけないんだぁ」
颯は怒られているにも関わらず、のんびりとした声で答える。その答えに大和の額にぴしぴしと青筋が見えなくもない。
颯の家は大家族で颯が長男で下には4人ずつ弟、妹がいる。両親は共働きのため弟たちの面倒は颯がみているそうだ。
「それなら授業中起きててね。次も寝てたら居残りにするからね」
「分かったぁ」
「あとなでしこ先生って何?」
「大和先生だから大和撫子で、なでしこ先生」
「そんなことを考えている暇があるならちゃんと授業を聞いてくださいね」
「はぁーい」
颯は眠そうな声をあげながらも、大和が本気で居残りにしそうなので頑張って起きていることにした。
「ふ、眠りの妖精の魔法には誰しも勝てないのさ」
訳)僕も眠ってしまいそうです
「本城くんも居残りになりたいのかな?」
彬人が眠そうに欠伸をしながら呟くも、大和に注意され、慌てて欠伸を噛み潰す。
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ピンポーン
学校が終わり、約束通り翼が風花宅にやってくる。
「こんにちは」
「お呼びたてして、申し訳ありません」
やってきた彼を太陽が出迎えたのだが、翼から「わぁ!」と感動の声が漏れた。彼の目の前に現れたのは燕尾服に身を包んでいる太陽。
太陽は風の国の大臣兼、風花の執事。彼らにとっては当たり前の光景だが、執事を初めて見る翼は、少しだけテンションが上がったようだ。
「こちらへどうぞ」
風花が心配そうに二人の背中を見送る中、翼は太陽の部屋へと案内された。
彼の部屋は灰色を基調としたシックな部屋。たくさんの本と書類の入ったファイルが棚に並べられている。大臣の仕事で使う物なのだろうか。そして、彼の性格を現すように、それらはきっちりと整頓されて保管されていた。
「すごいや……」
翼が資料の多さに驚いて、部屋をキョロキョロしていると、お茶を持って太陽が入ってくる。二人で向かい合って椅子に座った。
「さて……」
椅子に座った瞬間太陽から柔らかい雰囲気が消えた。鋭い瞳で翼を射ぬき、緊張が走る。
「単刀直入に申し上げます。私はみなさんのことを疑っております。我々の敵なのではないかと」
「敵ってそんな……」
翼は太陽の言葉に驚きを隠せない。なぜ自分たちが疑われているのか、理由が思い当たらないのだが、目の前の太陽は真剣そのもの。本当に自分達のことを疑っているようだ。
「敵ではないと、証明していただくために、火練さんに話を聞いてもよろしいでしょうか?」
翼たちは心に精霊を宿している。精霊たちは基本的に嘘をつくことができない。イメージとしては幼い子供のような感じだ。そのため太陽は精霊を呼び出して、話を聞こうと考えたのだ。もし、敵であれば精霊は「翼は異世界の住人である」というはずだろう。
「よろしいでしょうか?」
「もちろん、いいよ!」
「では、その椅子に座って目を閉じていてください」
翼は言われた通り椅子に座り、目を閉じる。太陽は翼の胸に手を当てて、白色の光を手のひらに纏わせた。
「こんにちはー!」
「こんにちは、火練さん。わざわざお越しいただき申し訳ありません」
太陽が手をかざして数秒後、翼の身体が真っ赤な炎に包まれ、彼の胸からは羽根の生えた小さな妖精が現れた。彼女が翼に宿っている精霊、火練。全身真っ赤な皮膚で、赤色のドレスのような物を身に纏っている。
「翼さんについて聞きたいことがあるのです」
無邪気に翼の周りを飛び回っている火練だが、太陽の問いかけに動きを止めた。
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一方……
(何だかポカポカするな)
翼は目を閉じると、胎児が羊水の中に浮かんでいるが如く、気持ちの良い感覚を覚えていた。優しくて、穏やかな空間。心が温まるような幸せな時間を過ごしていた。
太陽に目を閉じているように言われてから、数分が経過。彼がどうやって火練と話すのかは分からないが、今頃二人で話していることだろう。
精霊付きの存在は魔法のないこの世界で、珍しい物だと風花が言っていた。その現象が短期間で5人にも起こったので、太陽が疑うのも仕方がないのかもしれない。太陽は風花のことが大切なのだろう。彼が風花を見ている目はとても優しい目をしていた。
翼は心地よい空間の中、ぼんやりとそんなことを考えていたのだが……
「え、太陽くん大丈夫?」
翼の耳に苦しそうな息遣いが届き、目を開ける。すると目の前に苦しそうにうずくまる太陽の姿が。汗もびっしょりとかいており、息をするのも苦しそうな様子である。一体何があったのか。
「翼さ、ん……」
「今は話さなくていいよ。息を整えるのに集中して」
「はぁ……んぅ……」
太陽はかなり辛そうな様子。翼は風花を呼んでこようかと思ったのだが、その行動を阻止するように、太陽が翼の服を掴んで離さない。翼は太陽の背中をゆっくりさすり、そばにいることしかできなかった。
「……ありがとうございます」
数分後太陽の息は整い、落ち着きを取り戻した。彼に何があったのだろうか。翼は問いかけようとしたのだが、その前に太陽が口を開く。
「火練さんと話しました。試すようなことを言ってすみません。あなたは私たちの敵ではありませんね」
翼は身の潔白を証明できたと知り、肩の力が抜ける。太陽は先ほどの冷たい雰囲気をまとっておらず、柔らかい雰囲気に戻っていた。
「他の人たちも調べるの?」
「いえ、他の方々も敵ではないようです」
精霊たちは離れていても話ができるため、火練に調査してもらったようだ。その結果、誰一人として敵は混じっていなかった。
「疑ってしまい本当に申し訳ございませんでした」
「いや、いいよ、いいよ。みんな仲間だって分かって良かったし」
謝り続ける太陽をなだめていると、扉がトントンと叩かれる。
「お話終わった?」
扉を開くと不安そうに瞳を揺らす風花が。彼女は太陽の部屋に近づかないようにと言われていたが、心配でつい来てしまったようだ。
「終わったよ」
翼が優しく声をかけると、部屋に入ってきて太陽の横にちょこんと腰掛ける。太陽が翼たちが全員敵ではないことを説明すると、風花の瞳から不安の色が消え、嬉しそうに頬が少し緩んだ。
「つらい役目をありがとう」
風花は謝り続ける太陽に声をかける。もし仮に本当に敵が紛れ込んでいて、誰も気がつかなければ大変なことになっていただろう。彼の行動は何も間違っていない。仲間を信じることも大切だが、時には疑うことも大切だ。
「またね」
「ありがとう」
「ありがとうございました」
翼は風花の家を後にする。自分たちの疑いが晴れ、気分が浮ついていたが、ふと思い出し、首を傾げる。
「そういえば、太陽くんって魔法使えないんじゃなかったっけ? さっきのは魔法じゃないのかな?」
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次の日、風花は学校に行くため太陽に手を振る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
玄関を出て少しすると、バラの花が咲いていることに気がつく。風花は首を傾げながらも、手を伸ばした。しかし……
「痛い……」
バラのトゲが風花の指に刺さり、彼女の指から赤い血がにじみ出る。ぼけっと指先の血を眺めていたが、太陽の声で我に返った。
「姫様、どうされました? 学校に遅れてしまいますよ」
「あ、そうだった。行ってきます」
風花はその声を聞き、慌てて学校へと向かう。再び太陽に手を振って、元気に駈けていった。
「どうされたのでしょう?」
風花の行動を疑問に感じ、太陽も玄関を出て、彼女が立ち止まっていた場所までくる。
「特に何もありませんが……」
さっきまであったはずのバラの花がなくなっていた。
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