第16の扉  風の国のお姫様

「お久しぶりでございます、姫様」


 現れた少年は被っていたフードを外す。すると、風花と同じで真っ白な髪が現れた。サラサラと風になびかせ、風花ににっこり笑顔を向けている。


「わぁ!」


 風花は少年の顔を見ると、にこやかに近づいていき、ムギュっと抱きしめた。翼たちは彼女の行動に驚きを隠せない。


「どうしてここに?」

「姫様のお手伝いを、と王様からのご命令です」

「そうなの、父様が。みんなは元気?」


 彼らを置いてけぼりにして、風花と少年の間だけで話が進んでいく。


「……」


 翼たち5人は少年が誰なのかなど疑問はあったが口をつぐみ、ほんわかと眺めていた。風花があんな風にニコニコ話すところを、初めて見たのだ。風花は心が欠けているため、表情が現れることが少ない。その彼女がニコニコ笑顔。余程嬉しいのだろう。

 対する少年の方も風花に負けないくらいのニコニコ笑顔。くりっとした目がにっこりと細くなっていた。二人の間をふんわりとお花が飛んでいるような気もする。幸せな世界だ。


「みなさん姫様のことを心配しておられましたよ。国の方々も帰りを心待ちにしております」

「そっか、私みんなと約束したの。全部集めて帰ってくるって」


 風花は風の国を旅立つ日、必ず無事に帰ってくると約束をしていたようだ。少年から国の様子を聞く風花は、ますます嬉しそうに頬を緩めている。


「あ……」


 しばらくすると、風花は思い出したかのように翼たちの方を振り返り、少年の手を引いて前に並んだ。


「あのね、仲間ができたの。紹介するね」


 と、少年に紹介しようとするのだが……


「おいおい、待て待て待て。ちょっと整理させてくれないか? 姫様って呼んだか?」


 冷静な優一の声が風花を制した。風花はキョトンと首を傾げている。なぜ止められたのか理解できていないのだろう。そんな彼女の代わりに、少年がコホンと咳ばらいをして答えた。


「風花様は、風の国第一王位継承者でございます」

「は!?」

「「本物のお姫様なの!?」」


 本物のお姫様の登場に美羽と一葉の目がキラキラと輝く。やはり女の子。二人のテンションが爆発的に上がった。


「ごめんなさい」


 キャーキャーと騒いでいる二人とは対照的に、風花が申し訳なさそうに頭を下げた。隠していたわけではなく、純粋に伝えるのを忘れていただけらしい。申し訳なさで彼女の肩が小さくなった。


「あ、いや。怒ってないぞ?」


 優一がしょんぼり風花に慌てて謝る。たまに口調が強くなってしまう彼だが、本人は別に怒っていない。しかし、心の欠けている風花にはなかなかその判断がつかないようだ。


「イジメ、ダメ、絶対」


 謝る優一を彬人が茶化す。カチンときた優一が彼をぺシンと叩いていた。このやり取りで風花のしょんぼりが治った。瞳から申し訳なさそうな雰囲気が消えている。やはり彼女の感情は掴みにくい。

 そうこうしているうちに、美羽と一葉の興奮が収まり、風花は少年に向かって口を開く。


「改めて紹介します。右から順番に相原翼くん、成瀬優一くん、本城彬人くん、横山美羽さん、藤咲一葉さん」


 風花の紹介に合わせてみんな頭を下げ、挨拶をしていく。彬人だけがカッコイイポーズで挨拶したことも記載しておく。


「で、そちらの方はどなたなの?」

「申し遅れました、私は坂本太陽さかもとたいようと申します。風の国で、大臣兼風花様の執事をしております」

「「「「「大臣!?」」」」」


 太陽の思ってもみなかった返答に全員口をあんぐりとあける。それもそのはず、太陽の見た目は翼たちと何の変りもない、ごく普通の男の子。


「年は?」

「17です」

「俺らと3歳しか変わらないやん……」


 彼はまだ子供なのに、大臣という重要なポジションに任命されているようだ。

 翼と彬人はあまりにも驚きすぎて口を閉じるのを忘れている。優一は風の国はどうなっているんだ、と頭を抱えた。美羽と一葉はまた何やら二人で盛り上がっているようだ。


「すごいね、大臣って偉い人でしょ?」

「めちゃくちゃ強い魔法とか使えるんじゃない?」

「ふ、純白の魔法か、興味がある」

 訳)僕もすごい魔法を見てみたいです


 魔法という言葉に反応して、彬人が復活。興味津々な視線が太陽に注がれるも、申し訳なさそうに口を開いた。


「わたくし魔法は少ししか使えません」

「そうなの?」

「わたくしが使えるのは、回復魔法と扉魔法のみです」


 大臣といっても、彼は外交上の問題を扱う大臣のようで、魔法の強さは求められていないという。

 扉魔法とは、異世界と異世界をつなげる扉を開き、行き来できるようにする魔法のこと。この魔法を自在に使うことができれば、大臣の仕事に支障はないそうだ。そして扉魔法を使用できる魔法使いは少ない。太陽がまだ幼いのに大臣に抜擢されているのは、彼が優秀ということの他にも扉魔法が使えるということが大きい。


「そっかぁ……」


 明らかに落胆の色を見せる3人。しょんぼりと肩を落としていたのだが……


「剣術は少々できますよ」


 太陽が腰に刺していた剣を掲げる。灰色をした細い剣で、持ち手の所には桜の花の紋様が描かれていた。


「わっ! いつかウチと勝負して!」


 目が輝きが増した一葉が太陽に勝負をせがむ。一葉は剣道部のエース。強い相手と戦いたいのだろう。ニコニコと笑顔を輝かせている。


「桜の花って何か大切な物なの?」


 ふと翼が疑問を口にする。先ほどの太陽の剣もそうだが、風花の服の胸元にも桜の紋章が光っているのだ。そして彼女の名前も「桜木」


「風の国の国木だよ」


 風の国の真ん中には、大きな桜の木があるらしい。春には満開の桜を咲かせ、国民たちに愛されている。そのため彼らの持ち物に桜が多いのだろう。風花の説明に翼は納得の声を漏らした。


「皆さんは、何をされていたのですか?」


 一葉との話を終えた太陽が尋ねると、風花が翼たちが精霊付きであること、魔法の練習をしていたことを告げた。


「そうなのですね」


 太陽は風花から精霊を宿していることを聞いても、驚いた様子を見せない。その行動に優一は疑問を感じ、片眉をあげた。


(精霊付きって珍しいんじゃなかったか?)


 魔法の存在しないこの世界で精霊を心に宿している精霊付きの存在は珍しい、と以前風花が言っていた。しかし、太陽は5人が精霊付きであると知っても驚く素振りを見せない。


「?」


 優一は考えていたが、その考えを遮るように太陽が口を開き、話題が逸れる。


「姫、皆様にポシェットのご説明は?」

「まだしてない」


 太陽にうながされ、5人はそれぞれ中身を出す。5人は肩から下げていたり、腰に巻いていたりと様々だが、ポシェットを持っているのだ。中身は全員同じで、瓶に入った液体が赤色の物と青色の物がそれぞれ3本ずつ。それとイヤフォンマイクが1つ入っていた。


「3本ずつ入っているそのアイテムは回復道具です。赤色は体力、青色は魔力回復です。ただそれは応急処置的なもので少ししか回復しません。なのでそのアイテムを頼りすぎないよう、ご注意ください」


 何だかゲームのような話だが、これはゲームではない。風花の心のしずくを取り戻すための戦い。怪我をしたり、下手すれば命を落とすこともあるだろう。


「イヤフォンマイクですが、戦闘の際は必ず耳につけるようにお願いします。そちらで会話が可能です」

「すごい」

「もう漫画の世界だな」

「ふ、俺の右手が疼くぜ」

 訳)早く使ってみたいです


 5人とも魔法道具に興味津々で、楽しそうに騒いでいる。そんな中……


「え?」


 翼が冷たい視線を感じ、あたりをきょろきょろと見渡す。しかし、彼以外にその視線を感じた者はいないようで、冷たい視線もすぐに消えた。


「相原くん、どうかした?」

「……いや、気のせいかな?」


 不審に思った風花が彼に尋ねるも、翼はポツリと呟いただけだった。

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