第8の扉  信じる力

「おい、翼!」


 優一の止める声には耳を貸さず、翼は風花たちの方へ進んでいく。


「僕がやるんだ、勇気を出して……」


 頭の中では何回も何回も、昨日風花と練習してきた言葉と感覚を並べていく。彼は風花の家からの帰り道や自分の家でも、イメージトレーニングをたくさんしてきた。


「イメージ、火練さん、炎……」


 ぶつぶつと呟きながらイメージをつないでいく。あれから一度も変身に成功していない。自分にできるのか、戦えるのか。怖い、怖い、怖い。

 たくさんの不安を抱えながらも、考えることはやめない。


「できる、できる、できる、僕は弱くない。お願い火練さん、僕に力を貸して……」


 散らばっている勇気のかけらを、必死にかき集めていく。風花を助けたい、自分も戦いたい、という一心で彼は歩みを進める。

 そして、火練に呼びかけながら、勇気を出して呪文を叫ぶ。


「我に宿りし聖霊よ、我と戦う剣となり、我を守りし盾となれ、火練!!!」


 一瞬の沈黙。翼はギュっと目をつむった。


(できる、大丈夫)


 心の中でずっとそう信じ続けた。

 




「……」


 次の瞬間、ボワッと暖かい熱気が巻き起こり、翼の身体を包み込む。その熱気を感じ目を開くと、自分の身体で真っ赤な炎が燃えていた。しかし、全く熱くない。


「……暖かい?」


 翼を包み込んでいる炎は、優しく暖かい炎。包み込んでくれる心地良さを感じていた。そして、その炎が姿を変え始める。


「で、できた。やっとできた!」


 翼を包み込んでいた炎は、紅蓮の魔法衣装へと変わり、手には杖を持っていた。何度やってもできなかったが、彼の努力が今ついに花開いた。


「桜木さん、これで僕も戦えるよ!」


 翼は興奮気味に風花に駆け寄る。変身できた喜びもあるが、自分が風花と一緒に戦えることに一番喜んでいた。


「相原くん!?」

「ふん、変身できただけでいい気になるなよ」


 風花は彼の変身に驚いているようだが、京也は全く動じていない。手のひらに黒色の禍々しい塊を作って、翼たちに放った。


dark shotダークショット!」

windウインド shieldシールド!」


 容赦ない京也の攻撃に、風花が風の盾を作って防ぐ。バン、バンと重い攻撃が当たり、彼女の顔が少し歪んだ。


「僕も戦わなくちゃ」


 風花が受け止め続けているその攻撃はとても重く、黒い音。目の前の少女はそれに耐えてくれている。その音を聞き、翼が杖を持つ手にギュっと力が入った。しかし、杖を持つ手の震えが止まらない。自分は本当に戦えるのだろうか……


 翼がくるくる考えている中、風花の声が彼の耳に届く。


「相原くん、魔法を使うのもイメージ、想像力が大事。この前の感覚を思い出すの」


 翼は風花の言葉にコクンと頷いた。ふぅ、と一つ息を吐き、自分の不安を外に追い出す。そして持っている杖に意識を集中させ始めた。


 前回魔法を発動させた時の感覚、火練の声、炎の暖かさ、自分の身体の中から沸いてくる力。

 翼は一つ一つ丁寧にイメージを思い描いていく。


「ほらほらほら、諦めろよ、風花」

「っ……」


 翼がイメージを固めている間も、風花は盾で京也とスイからの攻撃を防ぎ続けていた。重い音が響き渡り、翼の心に焦りが混じる。


「大丈夫、できる。できる……」


 それでも翼は集中し、イメージし続ける。しかし、無情にも杖は何の反応も示さない。


「なんで…… 変身できたのに、魔法が出ないんだよ!」


 魔法が発動できなければ、変身できても何の意味もない。


(僕は戦えない。また桜木さんを傷つける)


 翼は焦りと共に自分の不甲斐なさを感じていた。自分は戦力外。何もできない弱虫だから、彼女の力になれない。

 彼の心の中に黒い感情が渦巻きだした。かき集めた勇気が散っていく。






 __________________





「一体どうなってるんだよ。ん? なんだこれ」


 優一は動くことができず、池から少し離れた所で風花たちの戦いを見ていた。ふと、自分の足元をみると、きらりと光るものを見つけ、手に取る。






 __________________




 ※※※※




 京也くんたちの攻撃の手は弱まらない。桜木さんはつらそうだ。きっと魔力と体力の限界が近い。

 早くしないと、桜木さんが……

 集中して、魔法を、イメージ……


 僕は杖に集中し、魔力を込めるが一向に魔法は発動しない。焦りばかりが募っていく。


「なんで……」


 やっぱり僕はダメなんだ。何にもできない、弱虫だ。桜木さんに守ってもらってばかりで。

 

 僕の中で黒い感情が渦巻きだした。


『弱虫』 『役立たず』 『何もできない』


 あぁ、僕はやっぱり……












「大丈夫、相原くんならできるよ」


 絶望の底に居た僕の耳に、優しくて暖かい彼女の声が届く。黒い感情がスッと、消えていくような気がした。


「……桜木さん?」


 僕が顔を上げると、彼女は笑っていた。今まで無表情で、恐怖の感情を押し込めていた彼女が笑っている。

 あのぎこちない笑顔ではなく、自然で眩しいくらいの微笑みで笑いかけてくれた。


「っ……」


 桜木さんの心の中には、僕への不満や不安の感情はないのだろう。彼女の笑顔と曇りない瞳がその証拠。

 その事実に目頭が熱くなる。僕は乱暴に目を拭い、ぐっと唇を噛んだ。



 ダメだ、ダメだ、しっかりするんだ、僕!

 守るって決めたんだ、強くならなくちゃ。大丈夫、きっとできる、だって……







 桜木さんが僕を信じてくれたから



 ※※※※



「できる、できる、できる。桜木さんが信じてくれたんだ」


 翼がぶつぶつと呟いていると、杖の先端が赤く、熱く熱を帯びてくる。小さな炎が宿り、徐々に大きな炎の塊を作り出した。そして、翼はありったけの力を込めて魔法を放つ。


fire shotファイヤーショット!!!」


 ボンッ!


 大きな炎の塊が京也めがけてまっすぐに飛んでく。彼に直撃し、黒煙に包まれた。


「やった!」


 翼は攻撃の完成と直撃に喜ぶ。前回の戦いの時に、京也の攻撃を相殺させた自分の攻撃。それが今、ノーガードで彼に当たったのだ。これで勝負あっただろう。勝利を確信し、彼を包み込んだ黒煙が消えるのを待っていると……





「なん、で……」


 黒煙が消えて現れた京也は、火傷一つすら・・・・・・負っていなかった。


「当然だろう、そんなこと」

「どういうこと?」


 翼は全く状況が理解できない。確かに自分の攻撃は当たった。彼に直撃したのだ。京也はマントについた煤をパンパンと払っている。それにも関わらず、彼は無傷。どういうことなのだろう。


「お前は俺に勝てないよ」


 ギロリと鋭い目に翼を捕らえ、あざ笑うかのような表情で口を開く。


「前は風花のしずくがあって、精霊本来の強大な力を出すことができたんだろう。だが、しずくは今手元にない。今のお前では、まだ精霊本来の力を引き出すことは無理だ」


 翼は絶望を突きつけられる。やっと魔法を発動できたのに、京也たちには到底かなわないのだ。


「そんな……」

「お前は俺に、火傷の一つすらつけられない」


 彼の冷たい声に翼はぺたんと座り込む。

 京也とスイは多少の魔力消費はあるものの、無傷。対して翼は魔法を使いこなすことができず、風花は先ほどの盾でだいぶ魔力を消費してしまっている。状況は最悪だった。


「力の違いは分かっただろう? さぁ、大人しく……ん?」


 翼が絶望する中、京也の目線の端できらりと光るものが。


「なるほど、あいつか」


 その正体を知ると、京也は不敵な笑みを浮かべた。

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