二刀流

 今朝、バイト先の運送会社に出勤すると、いつもと様子が違っている。


 社員の方達は皆、ヘルメットを被り、忙しそうにトラックを動かしたり、構内を片付けたりしている。


「おはようございます」


 会った方達に挨拶をしても、お手本のような返事は返ってこない。皆、普段は大型の重量物を運ぶトレーラーを引っ張っている、挨拶が少し苦手な運転手だ。


 お盆と正月の休みの時期、この会社では場内を清掃し、トラックを洗車して綺麗に並べるのが習慣になっている。産業道路から見ると、トラックが整然と並ぶその光景は、通る者の興味をかなり惹く。


 私もこちらへ来た当初、トラックやラフタークレーンが綺麗に並べられたその光景に驚き、「これはすごいね」と、声を発していた。「いつも言うわね」何年かすると妻も冷たくあしらうようになってきたので、次第に口に出すのはやめるようになっていた。


 東日本大震災の発生当時、私はかつての会社を退社し、パソコンを使って自分で仕事をしていた。当初は上手く行っていたが、やがて借金が増えて首が回らなくなり、バイトをしなければならなくなった。


 復興需要でダンプの仕事があったので、たまたま求人票を見つけたこちらの会社に面接に来て、採用していただいたのが始まりだ。当初、ダンプはかなりの台数があったのと、ダンプの仕事は天候や状況に左右されやすい事から、ダンプの運転手は社員ではなく、その他の契約、すなわち、日給月給の非正規雇用だった。仕事があった分はお支払いしますが、仕事がない日はお休みで、お給料はないですよ、という感じ。


 やがて復興の仕事も落ち着き、ダンプも原発関連で福島県へ出張している数台を除いては、なくなって行った。私はそこそこ愛想が良かったからかはわからないけれど、かつての配車係さんに見込んでもらったようで、今のトレーラーの仕事を任せてもらっている。


 朝もそれ程早くはなく、帰りも遅くなく、毎日家に帰ることができて、週末は休みの事が多い、という仕事だ。会社側も私の、格好良く言うなら二刀流を認めてもらっていて、それもこの仕事を任せてもらえるようになった要因の一つだったかもしれない。


 ただ、今日のように、周囲が休みになるお盆やお正月にも仕事をしなければならない場合がある。私は高校を卒業して以来、今までやってきた仕事は日曜日に出勤する事が多かったし、妻も同様なので、この点においては全く苦ではない。


 今の給料の経緯は、社長が当初提示してくれた月給額と折り合いがつかず、これを断ったところ、今まで通りの日給月給ということになった。これは、社員ではなく、アルバイトでお願いしますということだった。私にとってはそんな事、何の問題もなかった。ダンプよりも安定しているトレーラーの仕事をさせてもらえるだけで、有り難かった。


 私は結局、運送の仕事をしながら、かつての自営業の仕事にも取り組むことに決め、社員の皆さんとは少し違う環境で働かせてもらうことになった。


 普段は殆どその差を感じないが、今日のような時に、少し辛いことがある。皆で一生懸命に作業をしているのに、私はそれに参加することができない。かつて、皆と一緒に作業しないと年を越せないですよ、と、申告した事もあったのだが、この主張が受け入れられることはなかった。


 ボランティアでの仕事も一瞬考えたが、それは会社の望むところではない事なのだろうし、万が一、作業中に怪我をしてしまった場合、労災が効かずに面倒なことになるのも嫌だったので、自分は二刀流なのだと自分に言いきかせて、中に入りたい気持ちを抑え、挨拶だけはきちんとしようという事に落ち着いている。


 だけど、普段一緒に働いているみんなと作業ができないのは辛い。


 自営業で働く事はある意味いいこともあるけれど、会社に雇ってもらっているということは、それだけで精神的に安定する。例え非正規であってもだ。


 今日のような時は辛いけれど、幸い会社とは上手くやっていくことが出来ているし、社員さん達も、同じ仲間として接してくれている。


 みんなと少し違うというのは、私に合っているのかも知れない。この恩に報いるためにも、SHOWTIMEの如く、家の仕事でも再び結果を出さなければなと思った。


 

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