変異性魔物
事の始まりは、とある村が出した依頼からだった。依頼の内容は村の付近の森に住み着きだした三匹連れのトロールの討伐。
特に珍しくもない内容である。
腕の立つ冒険者が二人か三人いれば容易に達成できる程度の依頼だ。
その仕事を四人の女冒険者達が受けた。彼女達は近隣でも一目おかれる程の一党。
……だが、その結果は返り討ちとなった。彼女達は惨たらしく撲殺されてしまった。
けして冒険者達が慢心していたわけではない、装備品も確り整えられ、トロールがどんな魔物かも理解している、間違いなどなかった。
そう、けして彼女達は間違っていたわけではない。
問題は三匹のトロールの中に異常な個体がいたことだろう。
そのトロールには、剣も槍も矢も通じなかったのだ。
そして、この今回の依頼でトロール達を刺激してしまったためだろうか、トロール達は突如凶暴になり周囲の村々を襲撃し始めたのだ。
すでに六つの村が壊滅し、その犠牲者は百を越えようとしていた。
もはや災害の領域に達しており、急遽その地域の支部ギルドで討伐部隊が結成されたが、結果は女冒険者と同様だった。
……そして、その異常な怪物の魔の手は街にまで迫りつつあった。
最早なすすべがなく、最終手段として本部ギルドに援軍の要請がされた。
そして、現れたのが彼等だったのだ。
二つの七メートルクラスの巨体がズズンと倒れた。そのトロールの死骸は精密に延髄を断ち切られている。
かなり精確な太刀筋で斬られた証拠だ。その驚愕的な剣技を発揮したであろう長身の美青年は、刀を振るって血糊を払い落とし優雅に刃を鞘に戻した。
そしてニオンは視線を後ろに向ける。
そこに映るのは、巨大な熊と光沢に覆われた四メートルはあろう巨人のような魔物が向かい合う光景だった。
「ちぃ! こんな所まで逃げてこようとはな!」
オボロは牽制を入れるように拳を突き出した。その拳が光沢を帯びた巨人の腹部に叩き込まれる。
ドゴン!!
と言う金属を棍棒で殴打したような音が響き渡った。
「グゴォ!」
オボロのパンチの衝撃が伝わったのだろう、金属の巨人は苦悶の表情で後ずさる。
しかし巨人も負けじとオボロに向けて拳を振り降ろした。
巨人の鉄拳はオボロの頭に激突して、またもや大きな激突音を響かせる。
「……てぇっ」
衝撃が脳にまで響いたのか、オボロは思わず呟くような声をあげた。
「さすがに変異性の魔物は別格だな。通常のトロールがオレの頭を殴ったら、殴った方の拳が潰れるってぇのに」
オボロが対峙している魔物はトロールなのだ。
しかし、その見た目は普通のトロールとは大分違うもの。通常のトロールは七メートル程の巨体と樽のような体型をほこるのだが、目の前の巨人は四メートルと小柄で贅肉がない筋肉質な体型をしている。
そして何よりも目を引くのが、光沢を帯びた金属のような表皮だ。
「ゴアッ!」
するとトロールはオボロを蹴りつけた。硬質の金属に覆われた蹴りはオボロの胴体に激しくぶつかる。
「ぐぅ!
蹴りを放って隙だらけになっているトロールの胸に向けてオボロは高速のストレートを叩き込んだ。
「……ゴガッ」
トロールは呻くような声をあげながら吐血を噴出させた。
オボロの拳はトロールの胸に深々と食い込んでいた。金属質の胸部の表皮はひしゃげ、胸骨は砕け、心臓も肺も潰れた。
そして金属で全身を覆われたトロールは力なく膝をつくと、倒れてこときれた。
「ふうぅ……よっこらしょと」
オボロは安堵するように息を吐いた。そして金属の亡骸を軽々と持ち上げ、担いだのだ。
「さすがですね、素手でしとめるとわ」
そう賞賛をおくるのは二体の通常トロールを葬ったニオン。
「しかし、変異性魔物がこんな土地にまで逃亡していると言うことわ……」
ニオンは担ぎ上げられたトロールの死体を見て険しい表情を見せる。日頃から穏やかで感情をあまり表に出さない彼には珍しいこと。
「ひとまず一旦街に戻って、本部ギルドに転送してもらおうぜ。問題を探るのは、グンジに報告してからだ」
「ええ、もちろんです」
オボロが歩き出すと、ニオンも同じように近くの街に向かって歩きだした。
本部ギルドの玄関近くに、それは転がされた。金属で全身を覆われた魔物の亡骸。
その死体を囲むのはオボロとニオン、そしてギルドマスターのグンジと限られた冒険者達であった。
「……初めて見る個体だ。これは一体、なんなのだね?」
「トロールの変異種です。私達は『
グンジの問い答えたのはニオン。
「この魔物は任意に表皮をメタルスキン化できるのです。その鎧と化した表皮は通常の武装では傷付けることも叶わない」
それを聞いた冒険者達は表情を曇らせた。つまりニオンが言いたいのは、この魔物は特殊な武装を持ち要らなければ倒すことは不可能と言うことだろう。
「変異性魔物をしとめるのは困難なのは知っているが、こんな奴がいるとは思いもしなかった」
「俺達も数えられる程度倒したことはあるが、こんな化け物がいるんなら打つ手が思い浮かばんぞ」
冒険者達は頭を抱えることしかできなかった。熟練者とは言え、そう希少価値のある装備品は手に入るものではない。つまるところ、このトロールの変異種は自分達にはお手上げな存在なのだ。
「……変異性魔物か」
グンジは深刻そうに小さな声をもらした。
変異性魔物、それは何かの起因により突然変異した魔物の総称。ほとんどの個体は極めて凶暴かつ強大な力を持ち、通常の魔物とは比較にならない別格の存在である。
その脅威性から情報を知ることができるのは、ギルドの重役や実力と信頼性が高い冒険者のみにしぼられている。
「今回は運が悪かったとしか言いようがない。変異性魔物を認知してる奴等はほとんどいないからな、こんな個体がいるだなんて思いもしなかっただろう。情報が不足したり不安定だと、時たまあることだ」
オボロは溜め息を吐くかのように言った。
たまにあることなのだ。ただの魔物討伐と思っていたら、その討伐対象の中に報告になかったとんでもない化け物が紛れこんでいたなど。
「……やはり、討伐対象がどのような存在なのか事前な調査が必要なのかもしれんな。情報がはっきりしないがために大きな犠牲がでてしまう。対策案を考えねばならんな」
「……こいつらが相手ならオレ達も楽なんだがな」
グンジの言葉を聞いて、オボロは誰にも聞こえないような小さな呟きをもらした。
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