不可解なこと

 やっと臭いはなくなったな。俺は鋭い嗅覚で、体から悪臭が消えたことを確認する。

 しっかり磨くことで、臭いを取り除くことができた。あのたわし、あれは良いものだぁ。

 改めて、たわしを作ってくれたナルミに礼をいっておこう。 

 そして俺は今、北門付近に立ち並ぶ施設の一つであるエリンダ様専用の研究所の近くで横になっている。

 そこで、蛮竜について領主様が分析を行っているのだ。

 顕微鏡で蛮竜の肉片を観察したり、直属の魔導士に頼んで鑑定してもらったりと忙しそうである。

 どこで手に入れたものか別の蛮竜のサンプルと、今回出現した個体の肉片とを比較しているようだ。


「やはり、かなりの変化がみられるわね」

「変化ですか?」


 研究施設の窓にゆっくりと顔を近付けると、エリンダ様が窓を開けてくれた。お手数をかけます。


「今回現れた蛮竜は記録にあるものよりも、かなり大きいわ。北上して豊富に獲物を食したのか、あるいは他に何かあるのか……」


 彼女は机にかけると、記録を書き始めた。

 今回の件、俺も自分なりには考えてみた。

 餌が枯渇したがために、北上してきたのではないか。だが、それなら大陸の南の国々で騒動が起きてるはず、しかしそんな情報は入ってきていない。 

 それに周辺の国々や領地でも蛮竜が出現したと言う騒ぎも聞かない。 

 あきらかに、おかしなことだ。

 まさか、この領地のみにだけ潜伏しているとか?


「大陸の南側の獲物が少なくなり、北上してきたんでしょうか? それだけ蛮竜が繁殖したと考えられますが」

「今はなんとも言えないわね、情報も全然足りてないから。何より今回の移転魔術を使用しての襲撃、人が関わっているのかも……」


 人が関わっていると言っても……あんな凶暴な生物を制御できるとは思えないのだが。

 それとミノタウロス共が言っていた、父親を竜に食われた、と言う話。いずれにせよ以前から蛮竜は、この領地に姿を現していたのだろう。

 そして、なぜ執念にトウカを狙っていたのか? 彼女は、自分に子供を産ませるためと言っていたが。

 そう言えば、あの子の姿が見えないようだがどこいったんだ?


「エリンダ様、トウカはどうされました?」

「君も気になるかぁ、リズリくんも、真っ赤になって様子が変だったからね。二匹で周辺を巡ってきたらって言ってあげたわ」


 リズリの奴、俺が言ったことを実行してみたんだな。よく頑張ったな。

 てっ! 蛮竜が近くに潜伏している可能性があるのに外を飛び回って大丈夫なのだろうか。

 考えを見抜いていたのかエリンダ様が、にんまりした口を開く。


「蛮竜については大丈夫だと思うわ。メガエラ様や各領主達に今回の件を報告して調査してもらったけど蛮竜の発見はゼロ。もちろん当領内も飛竜達に調査してもらったけど発見できなかったわ。少なくとも近くには、いないみたいね。それに一応、あまり遠くまでは行かないようにと言っといたから、あの子達に。あとアドバくんを密かにつけといたわ」


 やはり、おかしい。蛮竜が発見されなかったなど。今回の事は、あまりにも不可解なことが多すぎる。

 蛮竜どもは俺達の領地にしか姿を現していないのだろうか?

 いずれにせよ情報もないため確実なことは言えない。保留にするしかないようだ。

 

「それにしても蛮竜が日頃どこにいるかは分からないわね。それとトウカちゃんが言っていた、知能をもった黒い蛮竜についても……」


 黒い蛮竜……蛮竜を統括して、トウカの両親を殺した奴か。


「いずれ必ずこの報いはとらせてもらう。必ず」

「あ、ちょっと待って」


 報復を決意して立ち上がり、石カブトの本部に帰ろうとしたときエリンダ様に呼び止められた。


「そろそろ、君にも伝えようかなと思うの。なぜ石カブトが作られたのかを……」


 そう言うと、エリンダ様は真剣な表情になった。


「あなたや、この領地の人々を守りたいがためにオボロ隊長が創設したのでわ?」

「もちろん、それもあるとは思うわ。……でも、それだけなら、これ程の戦力は必要ないはずよ」


 ……確かに、言われればそうだ。

 一つの領地を守るために、一国の軍事力を凌駕する戦力など必要ないだろう。

 それこそエリンダ様には竜達がいるため、俺達を私兵として雇う必要もないはずだ。


「それに、おかしいと思わない。ペトロワ領には、なぜ冒険者ギルドがないのか」


 確かに、そうだ。他の地域には必ずギルド支部があると言うのに、俺達の領地に存在していない。

 かわり住民達から出される依頼はエリンダ様に仕える竜達や俺達石カブトがこなしている。


「……それだけの戦力を保有しなければならない、何か理由があるんですね?」

「そのとおり。今回オボロくん達が緊急で救援を求められた依頼にも関係していることなの」

「危険な魔物が出現したと言う依頼の?」

「……これは国民や女王様にも秘匿にしてあるの。わたし達が秘め隠してきてること。だから人前で口にしてはいけないわ」


 いつもの楽しげなエリンダ様は、そこにいなかった。らしくない張り詰めた表情。


「わたしが統治しているこの地域は発達した技術があるけど、これがとんでもないことを招いてしまったの」


 俺は彼女の話をしっかり聞くため、ゆっくりと研究所に顔を近づける。


「その脅威に比べれば、世界規模の大戦も蛮竜の群れも恐るるに足らないの。……これから君も、その脅威と戦わなければならないわ」

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