桃毛の竜

 乳牛の化け物を見事なぶり殺しにしたあとベーンは俺の頭の上でアサムの介抱を始めた。

 濡らした手拭いでアサムにへばりついている液体を拭き取っている。

 液体から毒性は消えているようだが、アサムはまだ体を動かせないようで横にして安静にさせている。

 ベーンと最初に会ったときは、良くわからない奴だと思っていたが、こうして行動を見ていると仲間思いな奴だと言うことが分かる。残酷になるのは、あくまでも仲間を傷つける外敵が現れた時だけなのだろう。

 むろん、ベーンだけじゃなく石カブト全員が固い絆を持っている。

 とくにアサムにたいしては、みんなその思いが強い。

 彼は戦闘に関しては非力ではあるが、常にみんなの生活を支えている。石カブトに絶対なくてはならない存在なのだ。

 そしてなにより、唯一この人だけは血で汚れていない。

 俺を含む隊長達は自分の意志で戦い人を殺した血塗らた経験があるため二度と普通には戻れない。

 しかしアサムだけは人を殺したことがないのだ。いや、アサムは絶対に手を汚すことはないだろう。彼は誰よりも優しく慈悲深いのだから。

 だからこそ石カブトの中では、一番に守らなければならない存在なのだ。

 

「ごめんね、ベーン。迷惑かけて」

「プゴォ」


 気にするなと言わんばかりにベーンは鳴き声をあげる。

 ……しかし、こいつ本当に手先が器用だな。

 手拭いを絞ったりできるとは。

 ベーンは普通の陸竜とちがい、俺と同じように手の形状が物を掴むのに適しているのだ。

 ……突然変異なのだろうか?


「フギョ」

「終わったか、ベーン。そんじゃ、そろそろ出発するか」


 アサムの体に粘りついていた液体を全て拭き取り終わったようなので、我が本部いえに帰るため巨体を動かし始める。

 殺したミノタウロスどもからも頂けそうなものは頂いたしな。

 魔物と言えども完全に利用価値がない訳ではなく、貴重な素材が採取できる種類も存在するらしい。

 ミノタウロスの心臓は乾燥させて粉末にすると妙薬になるらしいのだ。しかも結構な高値で取り引きされる。

 ミノタウロス達の亡骸から心臓を抉り出す作業はベーンがやってくれた。

 しかし、戦いでイチロウタを完全にぺしゃんこにしてしまったので奴の心臓だけは得られなかった。

 もったいないことをしてしまった。

 抜き取った心臓は傷んでしまわないように、ナルミが製作したクーラーボックスに納めてベーンのポーチに突っ込まれた。

 ……クーラーボックスはベーンが首にかけてるポーチよりデカイのだが、なぜか収納できる。

 どういう理屈か分からんが、ベーンの持つポーチはその小さい見た目に反して、とてつもない大容量なのだ。

 このポーチもナルミが製作したもので、大仙たいせんの固有の生物である『青狸あおだぬき』の胃袋を利用して作った物らしいのだ。

 商品として売ったところ、ベストセラーとなった逸品だと言う。とくに冒険者の雑嚢として利用されている。

 ちなみに商品名は『衛門之腹袋えもんのはらぶくろ』だそうだ。





 ゲン・ドラゴンまで、あとわずかだ。

 アサムも体調が戻ってきたようで、体を起こして手足を動かしている。


「だいぶ良くなってきたよ、ありがとうベーン。心配かけてごめんなさいムラトさん」


 彼はベーンに抱きつき、俺の頭皮を擦ってきた。


「謝らないでくれ。俺はミノタウロス三兄弟を倒しただけだ。あんまり役に立ててない」


 一番良くやったのはベーンだ、アサムを助けたのも介抱したのも……。

 逆に俺はデカすぎて何もできていない、細かい作業はできないのだ。今のところ戦闘と輸送力にしか取り柄がない。

 他の隊員と比べると汎用性に欠けるのだ。


「すまねぇなぁ、お前達。俺が一番役に立ってないかもな。戦闘と馬力しか能がないからな……」

「……そんなことないです。輸送力が凄いのはもちろんのことですし、飛行する魔物を正確に撃ち落としたり、戦闘力は隊の中でも一番でしょうし……」


 アサムは俺のことを思ってか、色々とフォローしてくれる。

 嬉しいことを言ってくれるぜ。

 前の世界じゃあ、俺をほめてくれる奴などほとんどいなかった。むしろ俺を恐れて近づかない連中のほうが多かった。

 武道家として親父おやじに鍛えられて各武道連盟を荒らし回り、協議会から危険人物としての扱いを受けていた。

 人間社会から見れば、俺は人の皮を被った凶獣けだものでしかなかったのだ。

 ……しかし父親おやじは、そんな俺を人としては見ていてくれた。だが、それは「怪物の領域に達した傑作の人間」としてだが……。

 暗い昔のことを思い出すのは、これぐらいにしておこう。

 さっさとゲン・ドラゴンに帰って、ゆっくりとしよう。

 そしてゲン・ドラゴンが見えてきたときだった。


「ん? ありゃなんだ?」


 前方の草地に見合わぬ、うっすら桃色のふんわりしたものがある。

 ゆっくりと近づいてみた。

 それは、見とれてしまいそうな美しい体毛に覆われた竜だった。


「こいつ、希竜じゃないか!」


 まぎれもない、リズリ同様綺麗な体毛を持つ希竜が横たわっていたのだ。

 リズリよりは少々大きいな。尾を含めた体の長さは九メートルってところか。

 横たわる希竜は血に濡れ、体中傷だらけだった。

 何かに襲われでもしたのか?


「これは……ひどい」

「ポガァ」


 アサムとベーンが俺の頭から降りてきて、希竜の傍らに近寄った。

 希竜の体には突き刺された傷や熱傷がある。

 ……この熱傷、熱によるものじゃない。強い酸でもかけられたような化学熱傷だ。

 アサムが竜の傷や体の具合を確認して何かに気づいたようだ。


「……この子、女の子です! 初めて見た」


 雌か。希竜自体、目にすることは極希ごくまれと聞いている。雌に至っては、さらに希少なのかもしれん。

 雄の体毛は白だが、雌は若干桃色がかかっているのか。


「ムラトさん、この子感染症を引き起こしてます。エリンダ様のところに運びましょう」

「おう、わかった。急ぐぞ!」


 彼女を割れ物を扱うように、優しく手の上にのせた。

 少しでも力を加えたら、壊れてしまいそうだ。傷だらけでも、とても綺麗な竜なのだ。

 みとれていると彼女が口を開き、弱々しい声を発してきた。


「うぐ……お願い……た、助けてぇ……竜が……来る」


 竜が来る? 何をいっているんだ?

 彼女が意識を手放したときだった、上空から耳がいかれそうな高音が響き渡る。何かの鳴き声か?

 俺は平気だが、その音にアサムとベーンが頭を抱えてしゃがみこんだ。

 高音が鳴り止むと羽ばたく音。

 俺は空を見上げた。

 空を飛翔するのは竜? だがその体に鱗がない。

 ヌメヌメとしたような色素が無い白っぽい半透明の皮膚。そして、うっすらと血管や内臓がみえている。

 その竜は顔を下に向け、上空から俺達を見おろしてきた。

 頭部はヒレや角など無く、まるで鰻のようで顔面の中央に巨大な眼球が一つ。

 竜と呼ぶには、かなり薄気味悪い見た目だ。全長も十八メートルぐらいあるだろう、デカイな。


「……そんな。あれは蛮竜ばんりゅう


 アサムも上空を見上げ飛翔するものを確認したようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る