祝い

 王都の惨事から半月。まだ壊れた城や建物は修復中だが、王都は落ち着きを取り戻しつつあった。

 明日は新しく女王となるメガエラの戴冠式が行われようとしている。

 そのため城下は、お祭り騒ぎになっている。石カブトを含めた冒険者達もギルド本部で宴をおこなっていた。

 オボロとグンジは仲良く酒を酌み交わす。オボロは特大ジョッキに注がれた強烈な酒を一気に飲み干した。

 

「かぁー! うまい酒だ!」

「すまないなオボロ。ゲン・ドラゴンは本部ギルドから遠いのに……」

「いや、ちょうど良かった。肛鎮痛剤塗布型ウスラギノールは王都でしか売ってないからな。御裸おヌードで城内陽動作戦してたら矢を一本、挿入ブスリとされてな」

「……あ、相変わらずだな」

「傷見るかぁ?」

「んなもん、ここで見せるな!」


 グンジはズボンを下げて尻を出そうとした巨漢を制止させた。

 オボロは全裸になれなかったことが悲しいのか、ションボンリとした表情をする。彼が城内を全裸で暴走したためか、兵士の中には心的障害を患った者もいたらしい。おそらく股間にある魔剣が原因である。





 ほかの仲間達も食事、酒、会話を楽しんでいる。

 とあるテーブルで、ニオンとナルミが何かを語っていた。

 ニオンはぶどう酒をナルミは果汁ジュースを片手にしている


「やはり素晴らしいものだね、この刀は。あらためて礼が言いたいくらいだよ。もし、この刀がなかったら今回の戦いは苦労しただろう」

「もう副長、そんなこといいよ。あたし達は大事な仲間だもん」

「しかし、どうやってこの刀は作られたのかね? 材質は超高純度のマガトクロムのようだ。ここまで純度が高い素材を作れるものなのだろうか? それに血を操る奇っ怪な機能……」

大仙たいせんの初代神君が作ったって聞いたけど、それ以外は良く分からないんだぁ」


 二人はニオンが腰に帯刀している刀、血統刃けっとうじんについての話をしていた。

 この怪しき刀はナルミがニオンに与えたもの。

 柄や鞘に至るまで白を主とした色彩が施され、武器でありながら美術品のような優美さがある。

 持ってきた当の本人も良くわからない、ナルミの出身国『大仙たいせん』で作られし逸品。

 ニオンの言うとおり、今の大陸の精錬技術では作り出せぬほどの武器である。

 するとそこに剣を携えた少年と少女がやって来た。新米の冒険者達のようだ。まだ幼げだが、その目は真剣である。


「兄ちゃん。俺に剣術を教えてくれよ!」

「私にも稽古をつけてください」


 王都での戦闘から、ニオンの剣の腕前がそれなりに広まっている。そのため指南をつけてもらおうと言う者達もいたのだ。


「もちろん構わないよ。でも、けして楽なものではない」


 ニオンはぶどう酒が注がれたグラスを静かに置き、穏やかな笑みで彼等を見下ろした。二メートル近い長身ゆえに、そのような形になってしまう。

 非常に整った顔からの穏やかで優しげな表情。これには新米の少女もイチコロだった。





 アサムは女冒険者に絡まれていた。

 彼女に体を触られ、もはやセクハラと言っても過言ではない状況にあった。

 当のアサムは悪い気はしてないようだが、これには本人もやや困った表情である。


「……あ、明日は戴冠式に行かれるんですか?」

「どうしようかしらねぇ。お姉さんは、このまま君に抱きついていたいのだけどぉ……うふふ、柔らかいのねぇ。モチモチでプニプニ」


 アサムを後ろから抱きしめているのは、やたらセクシーな女剣士。堂々とさらけ出されているアサムのスベスベフニフニした腹部を撫でたり揉んだりする。いい具合にムチムチした肉がついているのだ。

 ナルミは、その様子を遠くから凄まじい形相で睨んでいた。可愛い仲間を触られていることに、ご立腹なのだろう。


「おい、アサムは男だろ。俺達とも会話はなしさせろよ」

「そうだぜ、お前達だけズルいぜ」


 と、セクハラ紛いの現場に屈強そうな男の戦士達が突っかかってくる。一部の男達もアサムにコミュニケーションと言うかたちで合法的に触りたいのだ。それこそ情欲に性別関係なしの状態である。


「うるさいわねぇ! 男どもは向こうで飲んでなさい、それに今混んでるの!」


 抱きついている女の後ろには、アサムにスキンシップをはかろうと女性達が並んでいた。全員だらしない表情になっている。

 そんな中、アサムは男達にモジモジしながら笑顔みせた。


「あのぉ、僕が作った料理は美味しいですか? 腕によりをかけましたから」


 その表情に男達は顔を紅潮させた。

 そんな彼の家庭的な一面を知ってか、抱きついている女が語りかけてくる。


「こんな美味しい食事、アサムが作ってくれたの? もう少し大人だったら、お姉さんのお嫁さんにしてあげたのになぁ」

「あのう、僕は二十八なんですけどぉ」

「……あら、歳上なのね」


 正直に年齢を言ってしまったのが不味かったのだろう。男女種族隔たりなくアサムを包囲して、一斉に求愛を始めだした。


「……では、すぐお姉さんと結婚しましょう!」

「毎日、美味しい食事ごはんを食べさせて! そんで、お腹に頬ずりさせて!」

「お姉ちゃんと、呼んでくれないか?」

「いやいや待て! アサム。おれと子供でも……グボアァァ!」

 

 アサムに卑猥なことを言いそうになった酔っ払い男の袋叩きが開始された。


× × ×


 怪獣の超感覚により、ギルド内の騒がしい会話が良く聞き取れる。

 隊長はいつもどおり。露出が未遂に終わり気落ちしている……本当になにやってんですか。

 副長が持ってた、あの危ねぇ刀、ナルミの贈り物だったのか。しかも持ってきた本人が刀について良く分かってないとはな。

 ……それにしても大仙ってえのは、どんな国なんだ。あとでナルミに聞いてみるか。

 てか、アサム! お前、俺よりも十も上だったのか。どう見たって、まだまだ可愛らしい小学生にしか見えんぞ。一部の変態は大喜びしてるし。

 そんな騒ぎの中、石カブト各々の情報を知ることができた。……まぁ盗み聞きかもしれんが。

 もちろんのこと俺も宴には参加している。ただしギルド本部の傍らでだ。言うまでもなく、こんな体ではギルド内に入るなど不可能だからな。

 俺はベーンと一緒に特大の焚き火をお越し、そこでガーボの肉を焼き上げている。もう少しで、いい焼き具合になるだろう。


「ギルド内は大分騒がしいな。まあ、いい。俺達は俺達で楽しむか、なあベーン」

「フゲェェ」

「いよし、焼けたぞ」


 いい具合に焼き上がった肉を二匹で取り分け、口の中に放り込んだ。


「うむ、やはり美味い」


 この世界にやって来て約半月。

 血生臭いが立派な仕事をして、美味いものを食べ、仲間達と語りあえる。それの繰返しだった。

 俺にとっては理想的な生活としか言えない。

 ……だが、本当にこれでいいのだろうか?

 俺は戦うことしかできない男。何人もの人間を傷つけてきた。

 そして怪獣は数えきれぬ命を焼き付くしてきた。

 そして、この世界でも傷つけ死体の山を築きあげた。

 ……そんな俺達が、こんな理想に浸っていいのだろうか?

 その答えは、分からない。

 俺達は、なぜこの世界にやって来たのだろうか。

 人を傷つけてきた分、人を助けろと言うことなのか?

 それとも、俺達のようなもんは未来永劫戦い続けろと言うのか?

 なぜ、この世界にやって来たのか。その答えにたどり着けるかは分からない。

 しかし俺は今の現実を歩き続ける。




 翌日、メガエラ様の戴冠式に出掛けられたのはエリンダ様とリズリのみだった。

 俺達雇われ屋が出席するような式典ではないだろう。王都に言って英雄視されるのも、あまり気が進まんしな。

 メガエラ様さえ、いれば住民達はしっかりやっていけるだろう。

 もし、迷ったときは俺達が助けるさ。

 これで一先ず、この王国は落ち着きを取り戻した。

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