避難防衛戦

 広場の大穴からあふれでる従属体は南だけに留まらず、西や東にも移動を始めていた。完全な食欲だけで活動しているため、餌を求めより人がいる場所をめざしているのだ。

 出現口がある南側はニオンとムラトのレーザーで迎撃されているが、いかんせん数が多く、動きも速い、どうしても取りこぼしが出て東と西の方に従属達が行ってしまう状況だった。


「くそっ! 避難に手こずるな。まだ広場の地下に成獣がいるはずだ。そいつを潰さんと!」


 オボロはムラトの頭に登り王都全周囲をながめる。母体である成獣を殺さなければ従属体の発生を止めることができない。

 だが成獣本体を討つ前に、その子供である従属体から住民を守らなくてはならないのだ。


「急げー!」

「この化け物どもは脳みそは魔物以下だが、数が多い!」


 騎士や兵達は鍛え上げた肉体を生かして女性や子供や老人達を軽々担いで門の外に運んでいく。彼等は避難の手助けを行っている。

 そして、それを害する従属体を駆除するのが石カブトの主な役目であった。避難者に近寄ろうとした八匹の従属体の前に、ニオンが立ちはだかった。

 刀一つで四メートル近い怪物に挑もうとしている。戦闘が始まろうとしているのに彼に緊張感などなく、いつもどおりの穏やかな表情。


「ニオンさん! 自分達も戦います。あなた一人だけでは……」


 すると数名の騎士がニオンに加勢しようと、彼の傍らに並んだ。


「君達は異形獣いぎょうじゅうとの戦闘経験はあるかね?」


 ニオンは隣に並んだ騎士達にそう問う。

 すると、一人の騎士が緊張気味に答えた。


「……いいえ、自分は騎士になって日が浅いですし、それに異形獣など滅多に出現しませんから」

「では、君達は住民達の避難を優先してくれ。奴等はとても面倒な相手なんだ」


 ニオンはキッパリと騎士達の協力を断った。

 騎士達が弱い、と言うわけではない。彼等の実力は非常に高い。しかし、そんな強さを誇る騎士達でも相手が悪いのだ。ましてや経験が少ない者なら尚更のことであった。

 それだけ異形獣が危険な存在と言う意味になる。


「良く、見ていたまえ」


 ニオンが騎士達に、そう告げた瞬間だった。

 騎士達がニオンの姿が消えたと思ったときには、前方にいた八匹の従属体の首が宙を舞っていた。

 ……速すぎる。

 達人集団である騎士でもニオンの動きと剣速けんそくをとらえることができなかったのだ。

 しかし首を断たれたにも関わらず、頭部だけになっても従属体の口がモゴモゴ動き、そして頭を断たれた胴体は何かを探し回るようにノロノロと動きまわっている。

 首を切断されても奴等は生命活動が停止していないのだ。

 そして動きまわっていた胴体が切り飛ばされた頭を発見すると、それを掴みあげ切断面同士を押し当て始めた。

 すると頭と胴体が接合したではないか。

 


「……なっ! コイツら……」


 その不気味な生命力に騎士達は身を凍らせた。

 魔物と言えども首を切断すれば死にいたる。だが目の前で不気味にうごめいている生物はあまりにも生き物の概念から外れていた。


「異形獣の恐ろしさは、その生命力しぶとさにある。この怪物達の体は特有の細胞で構成されている。そのため、限度はあれど身体を破損させても短時間で肉体を復元してしまうのだよ」


 ニオンは騎士達を教育するように、その異形共の性質を伝える。

 しかし呑気に話している暇はない。首をつなぎ合わせた従属体が、また軽快に動きだす。

 

「唯一の倒す手段は、再生の限界がくるまで攻撃し続けるか、脳を破壊することのみ」


 ニオンは説明を程々に止めて血の芸当を騎士達に見せつけた。

 活動を再開した従属体達の体がブクブクと急激に膨張したと思った瞬間、血肉をぶちまけ破裂した。周囲に血霧と内臓が飛散する。もちろん脳も完全に爆散していた。

 日頃の彼は、穏やかで優しげだが、あつかう剣術は極めて残酷なもの。


「血中分子を振動加熱させた。煮えたぎる自分自身の血で体がぜる」

 

 ニオンは刀の能力を使って、従属体の体液を沸騰させたのだ。彼の戦慄的な戦いかたに、騎士一同は顔を蒼白させる。

 しかし、なかには教えを請う若い騎士もいた。


「ニオンさん! 戦いが終わったら、ぜひ自分に稽古を……」


 期待を膨らませる若者に軽く頷くとニオンは従属体が密集しているところに向けて駆け出した。身の毛もよだつ剣技だが、彼の強さは本物だった。

 若者は魅了されていた。自分も、いつかその領域に達したいと胸を膨らませる。


「……あの優男やさおとこ。たしか名前を、ニオンと言ったわねぇ? やはり人の領域じゃないな、剣が見えなかった」

「メリッサ隊長?」


 若者に一人の女性騎士が近づいてきた。親衛騎士隊を統括する女隊長である。

 国内でも最高の剣技を誇る彼女でも、従属体を瞬く間に斬首したニオンの剣速をとらえることはできなかった。


「……伝説殺し。まさか奴がこんな近くにいたなんて思わなかったわ」

「え? あの方を知っているのですか隊長?」

「……そんなことよりも早く住民を避難させるわよ、メップ」


 メリッサは若者の問いに返答せず、避難作業に戻るように促した。





 王都西の城下、アサムとベーンが迎え撃っている。ここでも従属体が血祭りされていた。

 アサムの指先から電流のような閃光が放たれ、それを受けた従属体は麻痺するように四肢の機能を失い転倒した。

 彼が放ったのは即効性の麻痺魔術。アサムの身体能力はとても低いゆえに直接な戦いには向いていないが、その操る魔術は味方を補助するものが豊富であった。


「ようし! ぶち殺せ!」

「動きが止まれば、おれ達でもやれる!」


 騎士達が身動きがとれない従属体に群がり頭部をメッタ刺しにしていく。

 従属体は単体でもかなり危険だが動きさえ止めれば並の者でも十分に倒せる。


「いかんっ!」

「逃げるんだ!」


 アサムの背後に三匹の従属体が迫っていたため、思わず騎士達は声をあげ助けに向かおうとしたが必要はなかった。

 ふざけ顔の陸竜が現れた。


「プギャアァァ!」


 おかしな雄叫びをあげながらベーンは、アサムに接近していた従属体の足下を高速で駆け抜ける。するとバランスを失ったかのように従属体は倒れた。

 ベーンは地を這うような低姿勢と敏捷な動きで、一瞬にして従属体達のアキレス腱を素手でえぐり取っていたのだ。

 強靭な握力と爪があってこそ可能な攻撃。その間の抜けた外見とは裏腹に恐ろしげな戦いかたである。

 しかし脳を潰さねば、たちまちアキレス腱を再生させて従属体達は動き始めるだろう。

 もちろんベーンがそれを許すはずがない。


「ポガアァ!」


 抉ったアキレス腱を投げ捨て、顎を開くと倒れこんだ幼獣の頭に牙を立てた。

 まるで卵の殻のように頭蓋骨を噛み砕き、赤黒い脳髄なかみを引きずり出した。そしてベーンは飛び出た脳髄を噛み潰した。一匹を仕留めると、別の個体にも牙をむけた。

 再生されるまえにベーンは倒れた従属体すべての脳を迅速に潰して引導をわたした。


「ありがとうベーン。助かったよ」

「ポギャースッ!」


 アサムは助けてくれたお礼と言わんばかりにベーンの頭を撫でる。

 ベーンもそれに返事をするが、手も口周りも血でベットリと濡らしていた。

 




 しかし善戦だけとは限らない。

 石カブトの一行が活躍しているなか、東側で惨劇が起きた。


「やめろおぉぉぉ!」

「いやっ、やめて! お腹だけは!」 

「なんだ?」


 ギルドマスターの叫びと女性の悲鳴が響いた。それを聞きつけたらしく城の中庭で狙撃をしていたムラトは東に視線を移動させた。

 狼毛玉人の女性が従属体に捕らえられていたのだ。彼女を助けるためにギルドマスターは槍を片手に疾走する。

 従属体の手の中にいる女性の腹部は膨れいた。妊婦だ。それゆえに逃げ切れなかったのだろう。

 しかしギルドマスターの脚では間に合わなかった。

 無慈悲にも従属体は妊婦の腹を喰い破ったのだ。

 血の混じった羊水とヘソの緒が付いた胎児と母親の内臓が地表にバシャバシャと流れ落ちる。

 あげくには別の個体がやって来て、落ちた胎児を拾い食らいついた。

 あまりにも、おぞましい光景だった。


「なっ何をしている? ……何をしている、この化け物があぁぁ!!」

「クソ野郎がぁ!」


 ギルドマスターは我を忘れ、母親を食っている従属体の頭部に槍を突き刺した。同じく悲惨な結末を目撃したムラトも激昂し胎児を食っている個体の頭部をレーザーで真っ二つに焼き切った。


「ぐうおぉぉ!」


 妊婦を喰い殺した従属体を倒しても感情を抑えきれないギルドマスターは雄叫びをあげ続けた。妻子を持つ彼にとっては、耐えられるものではなかったのだ。

 狂乱したかのようにギルドマスターは手当たり次第に近間の従属体に襲いかかった。

 しかし多勢に無勢。ギルドマスターは従属体に殴り飛ばされ地面を転がった。

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