終焉の大業火

 ムラトの一踏みが起こした大地の激しい揺れで兵士達は転倒した。

 オボロとニオンは姿勢を低くすることで、振動に耐えることができた。

 転倒の影響で竜団の動きが止まった、この隙をオボロは見逃さない。

 すぐさままさかりを担ぎ上げ、声を張らせた。


「行くぞ、ニオン! ムラト、オレ達には当てるなよ。突っ込むぞぉ!」


 オボロは、そう指示を出すと鉞を振り回しながら、ニオンとともに正面の兵士達に突っ込む。

 ムラトは二人を巻き込まないためにも、近くではなく遠くの敵を目掛けパルスレーザーを掃射する。

 その場景は強力なエネルギーの雨を真っ向から受けているようなもの。兵士達は鎧を着込んではいるが、あまりにも役に立たない。金属の鎧は強力なレーザーにより、照射された箇所が一瞬にして融解して穴だらけになっていく。

 そして、その光の雨は鎧だけでなく兵達の体をも赤い飛沫に変えてしまった。

 

「うらあぁ! オレをそこら辺の毛玉人と一緒にすると、地獄を見るぞぉ!」


 オボロの戦いかたは見た目通り、パワーにものを言わせている。

 自身の身長を越える鉞を高速で操る。

 かすめただけで肉が大きく削げおち、その重い一撃をまともに喰らえば盾や鎧もろとも粉微塵になりはてる。

 飛び散る仲間の肉や臓腑が後方の兵達にも降り注ぐ。

 オボロが喉を潤すほどの返り血を浴びている理由も頷ける。

 逆にニオンは鎧の隙間を正確に斬り付けるような、精密な斬撃をくり出す。

 しかし、致命傷にいたるほど深くはない。

 なぜ、この美青年がオボロ以上に血液を被っていたのか、それは次の光景で納得できるものになった。


「斬られたら、それで終わりだ」


 そうニオンが呟いた瞬間、刀で斬られた者達の切創部から一気に血が噴出して、地を赤く染め上げた。

 そして全身の血液を抜き取られた兵士が次々倒れる。

 その死体は、まさしく蝋人形のように真っ白だった。


試作仕立血統刃しさくじたてけっとうじん……この刀で斬られし者の血は、私の制御下にいたる」

「……あいつ、人間じゃねぇ」


 落ち着いた表情でニオンは兵士達に切っ先を向ける。兵達は息を呑むことしか、できなかった。

 こんな戦場に不似合いなほど、美青年の顔は優しげ、それゆえ逆に恐ろしくも感じる。

 そして、なにより不気味なのがニオンが保有する斬った相手の血液を操る刀。その奇っ怪な機能で相手の血を一滴残らず抜き取ったのだ。

 もはや、その戦闘能力は人の範疇ではなかった。


「ちくしょう……何で? こんなとこに来て……こんな化け物達と一戦しなきゃならねんだ」

「……失態は、もうできねぇのに……」


 兵達は恐れおののき、そして焦りもみせる。

 彼等の形相は必死のそれである。


「そんなに恐ろしいのであれば、なぜ撤退しないのだね? 攻めてこなければ私達も手を出さないのだが」

「うるせぇ!」


 一人の兵士が叫びニオンに斬り掛かるが、容易く避けられてしまう。ニオンには止まって見えたのだろう。

 それどころか、剣を降り下ろした隙を突かれ、兵士は首を切り落とされてしまう。

 ニオンの剣速は、誰にも捉えることができなかった。

 オボロとニオン、そしてムラトの絶大な戦力をこれでもかと見せつけられた赤竜団達は完全に追い詰められた。

 もう何をやっても勝てない、という考えも出てきているだろう。

 そのとき大声が響き渡る。


「全員さがれ! もう最後の手段だ!」


 狼狽える兵士達を必死に掻き分けながら、声の主と思われる屈強そうな男が現れた。

 その男は手に巨大な斧槍ハルバードを握り、オボロを睨み付ける。

 他の兵士と違い、身に付けている鎧は豪華で頑丈そうである。


「おれは赤竜団の団長、トリスタン・デコーズ! そちらの頭目に一騎討ちを望む!」


 団長と名乗る男は、オボロを指名し一対一を望んできた。

 もはや打開が不可能と分かり、敵の頭を討ち取ることを考えたようだ。


「やっと団長の、お出ましか。この状況で一騎討ちとは切羽詰まったかい? 都合が良すぎないか?」


 オボロも鉞の先端をトリスタンに向けながら躍り出る。


「虫が良すぎることは、分かってる。多くの部下を失い、飛竜五十匹の損失、どのみち帰還したところで無能の指揮官として処分されるだけだ」

「それで、オレに勝てば処分は免れると?」

「そんなことでは許されん! おれだけでなく、兵士一人一人が何かしらの処分を受ける。唯一許されるとすれば……」


 トリスタン団長はムラトの巨体をチラリと見た。

 実質的に最も自分達に被害を与えた巨大な竜を。


「我が儘になるだろう。おれが勝ったら貴様が保有する巨竜をよこせ……たのむ」


 トリスタンは、たった一体で軍勢を凌駕する竜を献上すれば許されると考えたのだろう。

 いや、もはやそれしかないのだ。


「ムラト、どうする?」

「俺は構いませんよ、隊長にお任せします」

「分かった……。一騎討ち、受けてたつ」


 オボロは一瞬だまると、サシの勝負を承諾した。

 鉞を地に置きトリスタン目掛け前進する。

 素手でやるつもりである。


「貴様、丸腰でおれとやるつもりか!?」

「丸腰? いや、兵器だらけだぜ……ふんっ!」


 巨体の熊が全身に力を込めると凄まじく体の筋肉が隆起し、まさに山のごとき体型になった。

 相当な筋肉量であることがわかる。


「歴史上最古の兵器とは、己の肉体」


 オボロは自慢するように体中の筋肉を撫で回す。

 両雄並ぶと、とんでもない体格差であった。

 トリスタンが子供のようにしか見えない。


「さあ! いつでも来てくれ!」


 オボロは両腕を広げ、開始の合図をした。

 それと同時に、トリスタンは斧槍を構え突っ込んできた。


「どりゃあぁぁ!」


 斧槍はオボロの頭を狙っている、しかし巨大熊は微動だにしない。

 そのまま斧槍は、オボロの額に吸い込まれるように叩きつけられた。

 鈍い音が響き渡る。

 その瞬間に兵団達の歓声が鳴るが、つかの間だった。


「……バカな! ありえん」


 驚愕するのはトリスタン。自分の手が、凄まじく痺れていた。

 振り下ろされた斧槍は、オボロの額の皮膚をわずかに切り裂いただけ。

 とてつもない強度の頭蓋あたまであった。


「オレが創設した部隊石カブト……命名はここからきているのさ」


 オボロは自分の頭の頑丈さを自慢するかのように、手で頭を軽く叩いた。


「終わりだぜぇ」


 そしてオボロは力強く拳を握ると、トリスタンの側頭部目掛け鉄槌打ちをかました。

 鈍い音と共にトリスタンの頭部が胴体から千切れ飛び、鮮血が飛散する。


「頭を切り飛ばすくらい、刃物なんぞ必要ねぇのさ」


 オボロが血濡れの手を舐めると、頭が吹っ飛んだトリスタンの胴体がバタリと倒れた。

 そのありさまに兵達は震え上がる、しかし団長を失っても武器を下げる様子は見せなかった。


× × ×


 兵達の形相は必死そのものだ。

 完全に勝ち目など無いはずなのに、まだ俺達に挑もうとしている。


「……これ以上、失態は許されねぇんだ……家族を将軍に取られている以上は!」

「おれ達の国の兵士は家族を人質として、将軍に取られるんだ。絶対服従、反乱抑止のために! そして必死にさせるために」

「サンダウロ制圧失敗のたびに、妻の指が送りつけられた! もう片方の手の指は無くなっているはずだぁ!」


 兵達が悲痛の叫びをあげる。

 だから、多くの被害が出ても撤退しなかったのか。

 家族を人質にされ強制されていると……。

 失態や反抗があれば、処罰されるのは身内か。

 とんでもなく腐りきってるぜ、将軍の野郎わ。


「それで、どうしろと? 家族を助けたいから、オレ達におとなしく命を差し出せ、とでも言いたいのか?」


 話は分かるが、隊長の言う通りだ。

 可哀想だが、ただで殺されるなど大間違い。


「我々は撤退することができない、逃げ場などないんだ!」


 会話から分かるが、もう奴等を退かせるなど不可能だろう。

 部外者である俺達に挑みかかってこなければ、こんなことにはならなかっただろうに。

 ……もう、どうすることもできない。

 ならば、葬るしかない。

 俺はしゃがみこみ、隊長達の付近に手を広げた。


「隊長、副長、俺の手に乗ってください」

「何をするつもりだ?」

「ムラト殿?」


 突然の行動に二人は少し困惑したようだが、何も言わず俺の手に乗ってくれた。

 赤竜団の兵達も、いきなりのことに面食らった様子。

 そして立ち上がり顔を下に向け顎を開いた。

 日本で最も多くの人間を葬った能力を使用する。

 ……使いたくはなかったが。


「いかん! 竜のブレスがくるぞ!」


 その言葉を合図に、兵達が一目散に蜘蛛の子を散らすように、駆け出した。

 俺の喉元の器官に、体外に出れば爆発的に膨張する圧縮状態の燃料が蓄えられる。

 怪獣の体内で合成された、特殊な燃料。

 それを口腔から放った。

 凄まじい轟音と共に、一瞬にして目の前が閃光の世界に変わる。

 爆炎が洪水のごとく周囲を埋めつくしてゆく。

 辺り一帯を焼きつくし、吹き飛ばす。

 兵達も高熱の爆炎に飲まれた。

 直径約二〇〇〇メートル区域が、摂氏五〇〇〇度の猛炎に包み込まれたのだ。

 手の中の二人が戦慄し顔を歪めている。


「……これが、竜のブレスだって? ……冗談じゃねぇぞ」


 オボロ隊長は顔を炎に照らされ、震撼しながら辺り一帯を見渡していた。

 もはや、ただの竜の火炎では済まされないだろう。

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