盗賊達の蛮行

 ヨーグンを出て数時間しただろうか。

 石カブトの本部がある都市ゲン・ドラゴンまで三日は掛かるはずだったが、もう道中の半分までに達しているのだ。

 三日掛かるとは人間の移動速度の話であって、怪獣と化した俺にとっては大した道のりではないよいだ。

 だが早いことに越したことはない。


「なんか、今日中に到着しちゃいそうだね。慌てることもないから、速度おさえてもいいよ。疲れてない?」

 

 頭の上で座ってるナルミが、そう言ってきた。


「いや、大丈夫だ。ちっとも、疲れちゃあいねぇ」

「体が大きい分、やっぱり体力もあるんだね。他の竜だったら、今頃疲労困憊で倒れてるよ」


 おそらく怪獣の肉体には膨大なエネルギーが蓄えられているんだろう。ゆえに体力も相当なもののはずだ。

 ちなみに話によると俺の体は大型竜の十倍以上だそうだ。

 まあ、たぶん現地の人達が俺を見たら間違いなくビビるな。


「そういえば竜ってのは、どんな生き物なんだ?」


 この世界に来てから、さんざん俺自身は竜と呼ばれているので気になる。

 竜なんてものは創作物でしか知らない。 


「本当にムラトは、なんにも知らないんだねぇ」

「俺のことは未知の秘境から来た世間知らずの竜。それぐらいのレベルだと思ってくれ」


 ナルミは呆れ気味だが、俺は別の世界から来たから無知だ、とは言えない。

 どうしても説明が必要なのだ。


「わかったよ。竜はね、今の段階で四種類発見されているんだよ。ムラトは五種目になるね。まず、翼を持たず小型だけど陸上移動に秀でる陸竜りくりゅう。翼を持ち天空を自在に飛び回り、炎を吐く飛竜ひりゅう。人並みの理性と知能を持ち、人語を話せる希竜きりゅう。最後に最悪な奴だけど……」

「……すまんナルミ! 話の途中だが誰かお困りのようだ」


 丁寧な説明中に失礼だが、頭部に備わる触角で悲鳴のような声を感じた。

 ……そう遠くはないな。

 時間もあるし、少しくらいより道しても問題ないだろう。


「現場に向かうぞ」

「あ! ちょっと待って、ムラト」


 悲鳴を感じた方へと脚を急がせようとしたとき、いきなりナルミに制止させられる。


「ここは、あたしに任せて。ムラトは、ここで待っててよ」

「……一人で大丈夫なのか?」

「あたしだって人助けしなきゃ。ムラトばっかり活躍してちゃ、あたしの影が薄くなっちゃう」


 トロールに襲撃されたとき、あまり活躍できなかったことを気にしているのだろうか?

 だがトロールの出現に、いち早く気づいたり、俺に救援を要請するなど十分に動いていたと思うが。


「だから、ちょっと行ってくるね!」


 ナルミは薄い胸を張ってフンッと鼻息をならすと、俺の頭から降りて駆け出して行ってしまった。


× × ×


 それは小さな村だった。

 しかし、そこにのどかな様子はない。

 いくつもの家から炎があがり、阿鼻叫喚が響き渡る。 


「うあぁぁぁ!」

「早く逃げてぇ!」

「やめてー!」


 絶叫をあげる村の人達が武装した集団に襲われていた。

 その輩達は誰が見ても悪党にしか見えない。

 それは盗賊と呼ばれる凶悪な集団である。


「金目の物と食料、それから女は全部持ってくぞ!」

「他は全部壊して、殺せ!」


 盗賊達により村は地獄と化している、あまりにもむごい光景。

 逃げ惑う幼い男の子は背後からクロスボウで頭部を射抜かれ、串刺しにされ血をゴボゴボと吐き出すパンダ毛玉人の少女は燃え盛る建物に投げ入れられ、老人は井戸に突き落とされる。 

 たとえ相手が何の抵抗もできない女や子供や年寄りでも容赦なく殺し、ゲラゲラ笑う。

 残虐にして傍若無人な存在。それが盗賊である。

 そして、またもや残酷なことが起きた。


「うるせえ赤子がきだ、よこせ! 黙らせてやるよぉ!」

「いやっ! やめてぇぇぇ!」

「死ねぇ!」


 一人の盗賊が、逃げ回る若い女性から赤ん坊を奪い取った。

 そして泣きわめく赤子を力任せに地面に叩きつけて頭を踏みつけたのだ。

 赤ん坊の頭部は潰れ、血肉が散乱し、赤い水溜まりをつくる。


「あっ!……うあ゛ぁ゛ぁ゛!」


 目の前で我が子の脳漿が吹き出た瞬間を見た女性は慟哭し、その場に崩れるように両膝をついた。


「うるせえ女だぜ、赤子がきが潰れたぐらいでよぉ。ほらっ来い! お前の股座またぐらで遊んでやるぜ。旦那以外の子種たねも絞り出してもらおうか」


 赤ん坊を踏み殺した男は泣き叫ぶ母親の髪を乱暴に掴み、下卑な言葉を発する。

 そして連れ去ろうとした。


「あぁ! いやぁぁぁ!!」


 引きずられながらも、狂ったように慟哭する母親。

 しかし誰も彼女を助けてくれるものはいない、……かに思われた。

 

「がはっ! ごはっ!」


 それは、いきなりのこと。

 ひゅっ、と高速で飛んできた鋭い物が、女性を連れ去ろうとした男の喉に突き刺さった。

 男の息の根を止めたのは、鋭く輝くクナイであった。



 村の入口に踏み入ったナルミは、怒りに任せてクナイを投擲していた。

 彼女の投げたクナイは、女性を乱暴に引きずる盗賊の喉に正確に突き刺さる。

 ナルミの視界に入るのは、理不尽に命を奪われた人々。

 許せるわけがない。

 そして仲間を殺されたことに気づいた男が怒号をあげた。


「なんだ? 小娘が! 邪魔するんじゃねぇよ!」

「お前達、許さないよ!」

「小娘がっ! 裸に引ん剥いて、陰核まめを噛み千切ってやるぜ!」


 盗賊達は品のないことを言いながらナルミに一斉に襲いかかった。

 あせることなく、その小さな体を身構えたナルミは前方から迫ってきた男を蹴り飛ばす。

 すぐさま懐からクナイを取りだし、背後から襲ってきた男の一撃を避けて、すれ違いざまに首筋を切りつけた。

 華麗な蹴りと正確なクナイの扱いで、襲い来る盗賊達を次々と薙ぎ倒していく。 

 華奢な女の子にしか見えないが、しのびなだけに凄まじい身のこなし。


「あぐっ!」


 しかし奮闘の最中、いきなり後ろから突き飛ばされナルミは転倒した。

 彼女を突き飛ばしたそれは、全身黒色の鱗に覆われた獣脚類のような生き物。陸竜であった。

 その全長は五メートル程になり、乗用や運搬用に利用されている竜である。

 だが飼育のしかたによっては、戦闘にも力を発揮できるのだ。


「……く、陸竜がいたなんて」


 立ち上がるナルミ。地面に叩きつけられた痛みで表情を歪めた。

  

「やるな小娘。竜の遊び相手に丁度いいなぁ」


 そう言って、痛みをこらえる彼女に近づいてきたのは長身長髪の男。

 男の左頬には抉られたような傷痕があった。

 ナルミは一目で、その男が頭目であることを理解した。明らかに他の奴等と雰囲気が違う。

 ナルミは頭目の男を睨み付けた。


「どうして、こんなひどいことを!?」

「オレ達盗賊は、思い通りにやりたいことをやるだけよ。そのために生きている。他になにかあるとでも?」

「絶対に許さない!」

「手塩に掛けて仕込んだ陸竜どもだ、お前ら遊んでもらえ」


 頭目の男が左頬の痕を指でなぞりながら陸竜に命令をする。竜を躾る時に、顔を抉られたのだろう。

 さらに四体の陸竜が姿を表し、計五体の竜がナルミを包囲するように立ち並んだ。


「ぐうっ!」


 いきなりだった、ナルミは後ろから尻尾で殴り飛ばされた。

 すぐさま前方の陸竜が彼女を頭突きで突き飛ばす。

 そして、また後ろの陸竜が尻尾で殴り飛ばした。

 右に飛ばされ、横にいる陸竜から頭突きをもらう。

 相手を包囲して、四方八方から矢継ぎ早に攻撃しているのだ。


「ぐっ! あっ! がっ!」


 それは途切れることのない攻撃。反撃のタイミングなどありはしない。

 ナルミの体がボロボロになっていく。

 

「うはははは、どうした!」

「ひひひ、可愛い声をあげるじゃねぇか」


 頭目の男が、袋叩きにされるナルミを眺めながら歓喜すると、それに釣られ仲間達も下品な笑い声を上げた。


「がはっ!」


 激しい攻撃を続けざまに受けたナルミはその場に倒れた。

 痛々しい程に傷だらけになっている。

 陸竜達は攻撃を止めると、ナルミから一歩距離をおく。


「はぁ、はぁ……こんな、まだっ……」


 息を荒げながら口を開くナルミ。

 痛みをこらえて顔をあげると、剣を手にした頭目の男が近寄ってくるのが分かった。


とどめはオレがやる」


 ナルミの命を絶とうと刃をギラつかせる男。

 その男が剣を振り上げた時だった。

 突如、村全体を揺るがすような震動が走ったのだ。

 とても立っていられない。


「うわぁ!!」

「な、なんだ?」


 揺れる大地に耐えられず、盗賊達は尻餅をつく。

 そして、轟音とともに村の入り口付近の地面が吹っ飛んだ。

 土煙を纏いながら出現したそれは巨大な生物の顔だった。

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