第260話 緻密な取引

       第一訓練場


主人である騎竜乗りが野外で訓練する中、人化している青髪の小柄な少女の姿をしている弩王竜ハウドはじっとノーマル種ライナを観察していた。研究、観察対象としてはこれ程興味深いものはない。氷結竜を倒した技を発動前に行ったドラゴンバイブレーション(竜震動)という行為も興味心を抱かせるものの一つである。あの竜の身体全身を震わせる何の意味のない行動ではあるが。狂姫の騎竜の相棒であるレッドモンドという竜が同じ技を使っていた。あの時は筋肉の胸板をびくんびくんと脈打っていたけど。ライナが全身が震わせる行為があれの代用品であることは明白である。身体全身を震わせることで竜牙列破掌という技を撃つためのトリガーになっているのだろう。何とも興味が尽きぬノーマル種である。次々と興味対象を生み出してくれる。研究熱心な弩王竜ハウドにとってノーマル種ライナはとてつもない絶好な研究対象である。


『研究熱心に観察しているのですね。』


突然ライナを熱心に観察していた弩王竜ハウドに思念というか声をかけられる。


送られた対象に弩王竜ハウドは視線をむける。


ヒヤシンス色の角とセミロングの髪型をした理知的な中年の女性がハウドに話し掛ける。

この竜は確か······


弩王竜ハウドは少し見覚えがある目の前の竜を考える。


そう、確か軍師竜ゼノビアでしたっけ。人化を解いていたから少し解りませでしたが。ヒヤシンスの花のような特徴的な色は忘れません。


知略や戦略に長けた竜(ドラゴン)でしたね。

興味対象以外はあまり頓着しない主義であった弩王竜ハウドだったが。彼女に関してそれなりに覚えていた。


『何かご用ですか?。』


特に接点のない軍師竜ゼノビアであるが。話しかけてきたと言うことは何かしらの意図があるのだろう。それなりに洞察力に優れている弩王竜ハウドは彼女の意図を察する。


『どうやら貴女には建前は通用しないようですね。では率直にいいます。あのノーマル種ライナの弱点を教えて貰えないでしょうか?。他にも能力や強さについて詳しく。』


弩王竜ハウドの小さな青い眉が不快げに寄る。

その軍師竜ゼノビアというメス竜は研究対象であるライナの弱点を教えろというのだ。他校の騎竜にライナの生態や弱点を教える義理はなく。ましてやシャンゼルグ竜騎士校は合宿相手ではあるが。騎竜乗りとしてはライバル関係である。敵に塩を送るような真似などするはずもない。


「お断りします。シャンゼルグ竜騎士校とは確かに他校との合宿相手ですが、敵に手の内を教えるつもりはありませんよ。ましてやこれから合宿後には三校祭が始まるのですよ。ライバル関係である貴方達シャンゼルグ竜騎士校の生徒、騎竜達に味方の能力、生態を教える訳ないでしょうに。」


弩王竜ハウドは辛辣に軍師竜ゼノビアを突き放す。


「これはこれは手厳しい·····。」


軍師竜ゼノビアは苦笑する。


「ですが、ノーマル種ライナは貴方にとって興味深い研究対象だと伺います。ならば研究対象としてライナの敗ける所を見たいと思わないですか?。」


軍師竜ゼノビアに意外な返しに弩王竜ハウドの青い小さな眉が寄る。



「ライナが敗ける?。残念ですがライナが敗北するところは既にみております。相手は確か絶帝竜カイギスと白銀竜プラリスナーチが相手でしたね。その二匹相手にライナは完全敗北しております。」

「なっ、最強の一角二匹と?。」


あっ、しまったと弩王竜ハウドの小さな唇が渋る。何気に敵に情報を与えてしまった。口は軽い方ではないが。興味対象となると周りが見えなくなる。弩王竜ハウドの悪い癖である。


「なるほど。最強の一角二頭相手に敗北ですか。ノーマル種ライナという騎竜はそこまでの相手ということですね。これはこれは本当に攻略のしがいがありますねえ。」


軍師竜ゼノビアの縦線の竜瞳がギラついた輝きを秘める。何処かで好戦的で含みを帯びた笑みを浮かべる。そんな軍師竜ゼノビアの様子を冷ややな視線を弩王竜ハウドは向ける。


「貴方もノーマル種ライナにご執心のようですが。別の意味でですけど···。」


弩王竜ハウドひ皮肉まじりに返す。


「ええ、我が主人がどうしてもあのノーマル種ライナと乗り手のアイシャ・ マーヴェラスに勝ちたいというので,私は竜肌を脱ぐことにしたのですよ····。」


ヒヤシンス色のセミロング髪のゼノビアの唇はほんのりと緩んだ笑みを浮かべる。


   回想


「ああ、あのノーマル種の乗り手ムカつく!。」


どんどん


ルベルは怒りにまかせて地団駄を踏む。

ルベルの栗色の三つ編みのポニーテールが激しく揺れる。


「何をそんなにカッカしているんのですか?。ルベル。」


軍師竜ゼノビアは冷静に主人に質問する。



「どうもこうも無いわよ。あのノーマル種の乗り手とノーマル種のこと聞いた?。ノーマル種の乗り手は狂姫の二投流は扱うし。そのノーマル種も竜騎士科の氷結竜を不思議な力で遠くに吹き飛ばしたと言うじゃない。全く!どれだけ私達をこけにすれば気が済むのよ!。」


ふーふーとルベルの唇から怒りまれの息が吹き荒れる。


「別にあの他校のノーマル種の乗り手とノーマル種が私達を馬鹿にしたりコケにしたわけでは無いでしょうに。」


どうみても自分の主人の自分勝手な逆恨みである。


「あのノーマル種が来てからシャンゼルク竜騎士校がおかしくなったのよ!。シャンゼルク竜騎士校の秩序があの他校のノーマル種の乗り手とノーマル種のせいでむちゃくちゃよ!。」


ルベルは眉を吊り上げ激しく激昂する。

既に竜騎士科と騎竜乗り科が喧嘩の真っ最中なのに秩序も何も無いでしょうにと軍師竜ゼノビアは内心思ったが口には出さない。


「あの他校のノーマル種の乗り手とノーマル種絶対ぎったんぎったんにのしてやるわ!。」


どうやらうちの主人は何がなんでもあの他校のノーマル種の乗り手とノーマル種を倒したいようである。確か彼らは建国記念杯に出場するようですね。竜騎士科とも一悶着あったようで。


「建国記念杯に出場しますか?。どうやら彼らは建国記念杯に出場するようですから。あのノーマル種の乗り手とノーマル種を倒すことに協力しますよ。」

「本当!やっとゼノビアもやる気出してくれたのね!。これで百人力よ!。」


主人は嬉しそうに歓喜する。


「さて、あのノーマル種を本格的に攻略するには人材と竜材と準備と戦略を立てないといけませねえ。ふふ、我ながら久しぶりに攻略しがいのある相手を見つけましたよ。」


軍師竜ゼノビアはノーマル種乗り手とノーマル種を倒すことに多少楽しみを覚える。


       回想終了


「はあ、無駄なことですね····。貴方も相当な観察眼や分析能力をお持ちのようですけど。あのノーマル種ライナは全てにおいて規格外です。計算や策略だけで勝てる相手ではありませんよ。彼はそれら全てあり得ない方法で覆しますから。」

「ほう、それは一体のどんな方法ですか?。」

「それ···は····っ。」


おっと

弩王竜は再び口を滑らせそうになる小さな唇をぐっと喉を押し込み堪える。軍師竜ゼノビアは何が何でもライナの情報を引き出そうとしている。その魂胆は端からみても見え見えである。


「はあ····仕方ありませんね。では取引を致ししましょう?。」

「取引?。」


怪訝に弩王竜の小さな青眉が寄る。


「ええ、あの氷結竜に敗北したメスの炎竜族ですが····。」

「ガーネットのこと?。それが何か?。」


更に怪訝に弩王竜ハウド小さな青眉が寄る。


「彼女はどうやら再び氷結竜にリベンジするつもりようですけど。私なら生まれた時から能力差が決まる炎竜族の唯一の弱点をとある方法をしいて覆すことを知っています。それを教えてさしあげましょう。その方法があればあの炎竜族の天敵である氷結竜を倒すことも容易いでしょう。」

「氷結竜を倒す方法ですって?。」


弩王竜ハウドは青い眉をつり上げ少し興味を抱く。

炎竜族の火力は生まれた時から決まる。それを覆す方法があると軍師竜ゼノビアが発言したのである。これほど興味つきぬお題はない。


「ええ、本来なら炎竜族は火力によって竜種の上下階級を決まる種族です。火力によってはレア種からエレメント種までの大きな開きがあります。しかしそんな生まれ持った火力で決まる種族ですが。それらに関係なく強力な火力を生み出す方法を私は知っております。その方法なら炎竜族の天敵であるあの氷結竜を倒すこともできましょう。」

「········。」


弩王竜ハウドは考えこむ。

ライナの説得でやっとガーネットはまたやる気を出してくれた。再び敗北した氷結竜にリベンジすることを決めたのである。ただリベンジしても勝てる保障はない。炎竜ガーネットがあの天敵である氷結竜を倒すにもどうしても能力差があるのだ。

少しでも勝率を上げれるのなら·····


「いいでしょう。取引に応じましょう。」


ハウドは考えた末に決断する。


「あら、いがいと即決なのですね。仲間を裏切る行為に少しは躊躇いがあるかと思いましたけど。」


軍師竜ゼノビアは意外そうな顔を浮かべる。


「別に仲間を裏切ったつもりはありませんよ。貴方にライナの私が知る全てのことを教えても。貴方は結してライナには勝てませんから。あのノーマル種は結して計算だけでどうこうできる竜(ドラゴン)でありませんので。」

「ほう、それはそれは····。より攻略しがいがありますねえ····。」


ニヤリ

ぞく

軍師竜ゼノビアの冷たい冷笑に弩王竜ハウドは背中に悪寒が走るほどの寒気を覚える。


弩王竜ハウドはライナの知る全てのことを軍師竜ゼノビアに教える(一部除いて)。


「なるほど、にわかにしんじがたいですが。精霊を使役した技を扱うと。ふむふむ、」


真面目に弩王竜ハウドのライナの情報を余すこと無く聞き取る。


「ありがとうございました。これで攻略の目処が立ちましたよ。」

「それは何よりです。」

「ではこちらの炎竜族の情報を教えますね。」


軍師竜ゼノビアは弩王竜ハウドの小さな耳にゴニョゴニョと何やら口にする。


「それだけ?。」


弩王竜ハウドは軍師竜ゼノビアが話した能力差に関係なく氷結竜を倒す方法にあまりにも簡単且つ突飛もない方法に目が丸くなる。


「ではありがとうございました。」


軍師竜ゼノビアは丁寧にお辞儀をして静かに去っていく。


「ハウド、これで良かったの?。」


二匹の会話を傍で聞いていた地土竜モルスは心配そうに話しかける。


「まあ、問題ないでしょう。ライナが龍を出せると言う情報だけは教えてはいませんしね。教えなかったのは条件付きだからと言いうのもありますけど。」


弩王竜ハウドは片目を閉じる。

軍師竜ゼノビアには龍が出せることや。スフィアマナンのことだけは伝えていなかった。ライナの生態、習性、能力は教えてもスフィアマナンを利用した龍を出す召還魔法のような技は教えていないのだ。


そう言えばコロシアムの地面のど真ん中に光の粒子が沸いていたような······。


····まあ、気にしてもしょうがありませんね。



「それにまだライナに聞いていない技もありますしね。シャンゼルグ竜騎士校のものはあれを威圧のスキルだと勘違いしたようですが。あれは全く別物ですよ。」


合宿の初日、校庭で主人が晒し者のようにされたときライナはが放ったあの技はあれは威圧とは何かが違うと弩王竜ハウドは肌で感じとっていた。寧ろ威圧よりも強力で厄介なそんな特性を秘めていると弩王竜ハウドは直感で理解する。根拠はないが。あれは本来あるべき方法でしいいるとかなり強力な技になるとハウドは踏んでいた。


「明後日の建国記念杯はきっと荒れるでしょうね。」


噂ではシャンゼルク竜騎士校の竜騎士科の学年最強である三竜騎士というものが出張るらしい。ライナにとって建国記念杯はより激しくより荒れるレースになると弩王竜ハウドは踏んでいた。

でも弩王竜ハウドは嬉しがる。ライナの研究がよりはかどるというものである。


「さてさてどうなることやら。」


弩王竜ハウドの小さな唇がふっとつり上がる。






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