第229話 逆鱗の王女

「ライナ。シャルローゼ先輩が竜騎士科と騎竜乗り科の生徒と一緒にレースをやるみたいだよ。」

ギャ、ギャアギャ····

(そ、そうですね····。)


四方八方から冷たい視線というか。ガンというガンをシャンゼルグ竜騎士校の生徒とその騎竜達から飛ばされ。俺とアイシャお嬢様は針の筵状態であった。しかしアイシャお嬢様はそんな突き刺すような視線など全く気にせず。マイペースに振る舞ってくる。何かいつの間にかアイシャお嬢様の神経が図太くなっているような気がする。気のせいだろうか?。

猛特訓を受けた学園長、狂姫ラチェット・メルクライの影響を受けてなければよいが(本当マジで!!)。


「ライナにそんな酷いことされていたなんて知らなかったよ。その場にいたら僕が竜騎士科の奴等、全員地獄送りにしたのに。」


その集合場所にその場にいなかったキリネが悔しげに憤慨する。

いや本当に7大貴族であるサウザンドのご息女であるキリネが本当に地獄送りにしそうで怖いんですけすど。特に姉である2年先輩のセシリアお嬢様とタックを組んだら無敵かもしれない。


ギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャア?ギャア、ラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャア

(そう言えばキリネ。何故集合場所にいなかったんだ?。まあ、遅刻することはさほど珍しいことでもないけどさ。)


サボりの常習犯であるキリネが集合場所に遅れることは特に珍しいことではないが気になった。


「そ、それは姉さんが····ごにょごにょ。」


キリネはもじもじと何か言いにくそうに言いよどむ。

ギャア?

(はい?。)

「何でもない、よ!。」


ぷいとキリネは頬を赤らめながら恥ずかしそうにそっぽを向く。

?。


「ライナ!。それよりもシャルローゼ先輩のレースが始まるよ!!。」


アイシャお嬢様は急かすようにレース開始することを俺に教える。

何かキリネと絡む時にアイシャお嬢様やたら向きになるよなあ。俺のせいでもあるのだけど。未だアイシャお嬢様とキリネの仲はよろしくない。俺のせいなのだけど。


シャンゼルグ竜騎士校の広大な校庭グランドのスタートラインにアルビナス騎竜女学園三年代表であるシャルローゼ・シャンゼリゼとシャンゼルグ竜騎士校竜騎士科三年代表ガホード・ベーカー。そして騎竜乗り科三年代表エネメリス・フェレンチェが立っていた。

相棒である騎竜は既に人化を解いており。互いを牽制しながらスタートラインを少し離れた所をじんとっている。


「シャルローゼ様。お久しぶりでございます。」


エネメリスがシャルローゼに近づき丁寧に挨拶する。


「エネメリス。事情は聞きました。これはどういうことですか?。」


シャルローゼの冷たく睨み。語気の強い言葉からは怒りの感情が滲みでていた。


「申し訳ありません!。騎竜乗り科と竜騎士科では今些細な喧嘩をしておりまして。」

「些細?、これが些細ですまされますか!。関係ない他校にまで被害を被っている時点で単なる痴話喧嘩ですまされませんよ。」

「も、申し訳ありません!。」


エネメリスは反論しようもなく萎縮してしまう。


『お嬢様。もうよろしいでしょう。今はおいたすぎる竜騎士科をこらしめる方が先決です。』


傷だらけの巨体を動かし絶帝竜カイギスは優しく宥める。


「そうですね····。先ずは竜騎士科を何とかしなくては。」

「あの、こらしめるとは?。」


エネメリスは恐る恐るシャルローゼに聞いてみる。


「言葉通りですよ。エネメリス。」


ニコッとシャルローゼは目が全く笑っていない凍てつく笑みを浮かべる。

さあ~とエネメリスの顔が血の気が引き青ざめる。

完全に怒っていらっしゃる。


とぼとぼ

エネメリスは力を抜けたように項垂れ。ゆっくりと自分の騎竜である精霊帝竜ネフィンの元へと戻る。


『どうでしたか?。シャルローゼ王女のご様子は?。』


精霊帝竜ネフィンは鮮やかなピーコックグリーンのまるで無数の飾り羽がついたような翼を優雅にばたつかせエネメリスを迎える。鶏冠には透明度の高い美しい角が生えていた。


「はい。完全に怒っておりました····。」


エネメリスの気が落ち込む


『まあ、当然でしょうね。後輩を辱しめられたのですから。激昂してもおかしくないでしょう。』

「私はどうしたら良かったのですか?。ネフィン。」


エネメリスは段々と気が滅入ってくる。


『なるようにしかなりませんよ。エネメリス。それにもしかしたら何かしらの変化が起こるやもしれません。』

「変化ですか?。」


エネメリスはキョトンとした顔を浮かべる。


『まあ、その前に色々と人騒動起きるでしょうけど。』

「ええー!。またこれ以上何か起こると言うのですか!?。もうやめて欲しいです!。」


エネメリスは頭を抱え発狂しそうになる。


まあ、私としてもどう転ぶか予想できないのですけどね····。

精霊帝竜ネフィンは竜騎士科、騎竜乗り科双方に睨まれている問題の騎竜乗りの少女と緑色の鱗に覆われた平凡な竜を見据える。


校庭グランドスタートラインに竜騎士科はガホード・ベイカーはガッシリと全身を覆う鎧、甲冑に身を包んでいた。騎竜もまた全身ではないが。所々に鎧のようなものがついている。


ギャアラギャ?

(何だあれ?。)


俺は竜騎士科の生徒とその騎竜の格好に困惑する。


「あれが竜騎士とその騎竜の正装よ。」


騎士系の貴族であるレインお嬢様が説明する。


「竜騎士やその騎竜はああやって鎧を着て国を守ったり。戦争に駆り出されるの。本来ならレースに出ないわ。というよりは男がレースを出ることは教会の方で禁止されているのよ。」

ギャア?

(何故?)


確かにレースは男出場してはいけないという取り決めがあったようななかったような。かなり昔のことでうすら覚えである。


「神竜聖導教会にとってレースは神足る竜を静め。最初の騎竜乗りである救世の騎竜乗りが勝利に導いた神聖なものなの。だから男がレースに出ることは神聖なものを汚す行為であり。レースに男が出場することは許されていないのよ。」

ギャギャア····

(なるほど····。)


こうも歴史の成り立ちや経緯が違えば変わってしまうものだと俺はしみじみ感じた。

俺の世界では普通に男はレースに出場しているし。競馬や競艇とか競輪でも普通に女性も出場している。男女混合ではないところもあるが。一応平等には出ているとは思う。


「さて、一丁やるか!。ラバク。」 

『ああ、相手はあの精霊帝竜ネフィンと最強の一角とされる元薔薇竜騎士団の騎竜である絶帝竜カイギスだ。不足はないぜ!。』

ガシャ

ガホードはヘルムを下げる。

全身青黒いフルメタルボディに身を包むガホードと所々に鎧を着飾る愚王竜ラバクは激しく意気込む。


「それではコースを説明いたします。レースコースはここのシャンゼルグ竜騎士校の敷地内で行われます。校庭グランドのスタートラインを出発地点とゴール地点とし。そこからシャンゼリグ公園むかい。そこから右折してまっすぐ進み。そのまま進むとレシオニス広場に着き。そこをまた右折して再びこの校庭グランドに戻ってきます。いわゆる逆三角形のシンプルなコースです。障害物は無し。戦闘は勿論可です。思う存分戦って下さい。地上が騎竜の攻撃で破損した場合でも直ぐに腕の良い修復師が修復するので問題ありませんので。シャンゼリグ竜騎士校の敷地の地理にまだ詳しくないアルビナス女学園の一年生の方も誘導魔法をかけておきますのでご安心を。それでは準備をお願いします。」


アルビナス騎竜女学園とはえらい違いだな。アルビナス騎竜女学園の敷地を破損しようものならセランお嬢様が現れてヒステリックまがいにぶちギレるのに。

俺が校庭グランドで毎日走り込みしていたらグランドが荒れて。セランお嬢様に怒られたことがある。いや、グランドって荒れるのが前提じゃないのか?。その後牛車のようにグランドをならしてこきつかわされたのだけど。



「では初めましょう。皆さんスタートの準備をお願いいたします。」


マキシ・マム教頭の指示に三人は各々の騎竜の背に飛び乗る。スターター役はどうやらマキシ・マム教頭が直々にやるようだ。

校庭のスタートラインの横でマキシ・マキシ教頭の右手が上がる。


どうせまたドラGOー!やドラパルティールみたいな変なスタート合図なんだろう。もう解ってるよ。

シャンゼルグ竜騎士校もまた変なスタート合図だろうと俺は覚悟した。


「ヨーイ!。」


三人の騎竜が身を低くし。飛び立つ準備をする。背に乗る三人もまた自分の騎竜の背中に密着する。


「ガホードさん。騎竜乗り科に目にもの見せてやって下さい!。」

「エネメリス様。どうか竜騎士科の奴等をやっつけて!」


ギャラリーから竜騎士科と騎竜乗り科から声援が送られる。


マキシ・マム教頭の校庭グランドのスタートライン横で唇が大きく開く。

頭上に上げた右掌を一気に真下に下ろした。


「ドラグマグナ!!。」


ギャアあああああああああっーーーーー!!

(精神崩壊するわああああっーーーーー!!)


バサバサバサバサバサバサバサバサ


三頭が校庭グランドのスタートラインから一斉に翼をひろげ飛び立つ。


「あれ?ライナまた叫んでいるね。いつもスタートの合図によく叫ぶね。」


アイシャお嬢様はいつも俺がスタートの合図時に吠えていることを不思議そうにしていた。


ギャ、ラギャ、ギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャア

(あ、いや、シャンゼルグ竜騎士校のスタートの合図が俺の知っている書物のタイトルに似てまして。)


何で前世のいわく付き本のタイトルがスタート合図になってんの?。ここまでくるとこの異世界に俺とレッドモンドさん以外の転生者がいるのではないかと勘繰ってしまう。


「え?ライナ、本を読むの?。」


アイシャお嬢様は俺が本を読むことを意外そうにしていた。前世の話ですけどね。


「ライナ!本を読むの!?。だったら家のサウザンド家の別荘に一杯本があるから読みに来てよ。」


キリネが嬉しそうに別荘に沢山本があることをアピールする。

あの、前世の話なのですけど。後この三本の鉤爪の掌でどうやって本を読めと?。どうみても本の中身を傷つけて破いてしまいそうなんですけど。


「ライナは私の許し無しで勝手に出歩けないの!。だから貴方の家にも来ません!。」


アイシャお嬢様がキッパリと俺がキリネの別荘に行くことを断る。


「横暴だ!!。」


キリネが激しくアイシャお嬢様を非難する。


ギャアラギャアギャ

(け、喧嘩やめて下さい。)


俺は二人を宥めようと懸命に仲裁に入る。

三人三頭のレースの様子が校庭グランドにいつのまにか設置された魔法具のスクリーンに映し出されていた。


びゅううううう~~~~

先に先頭にでたのは竜騎士科のガホード・ベイカーが乗る愚王竜ラバクだった。次にアルビナス騎竜女学園三年代表である絶帝竜カイギスに乗るシャルローゼ・シャンゼリゼ。その後に騎竜乗り科、学園最強のタクトの称号を持つエネメリス・フェレンツェを乗せる精霊帝竜ネフィンが続く。


「先に先頭とれるなんて幸先いいなあ。なっ、ラバク。」

『油断するな!。ガホード!。相手は弓姫と言われた王女様と騎竜乗り科学園最強のタクトの称号を持つ精霊の舞姫だぞ!。』


シャルローゼ王女の実力は騎竜乗り科学園最強の精霊の舞姫と匹敵する。精霊の舞姫とは戦いがまるで精霊と一緒に舞っているかのように見えるから精霊の舞姫と名付けられたのである。そして精霊を呼びその精霊を使役するのが精霊竜と妖精竜の上位互換である精霊帝竜ネフィンである。6大元素の精霊を使役し。6大元素の魔法やスキルを扱う。正に属性最強とも言える竜種である。


「はっ、でもリーダーにはかなわんだろ?。」


ガホードは余裕ありげに悪態をつく。


『確かに竜騎士科、学園最強のクラウンの称号を持つゼクス・ジェロニクスとその騎竜、無双竜ザインならあしらうことができるかもしれない。あいつらは片方が最強ではなく。一人一頭全てが最強だからなあ。もし太刀打ちできるとしたら全盛期の世界最強の一角の騎竜か騎竜乗り。一応カイギスの爺さんも入る。或いはメディア王女様が騎竜持ちなら互角に渡り会えたかもしれない。』


竜騎士科に身を置くシャンゼベルグ第二王女であるメディア・シャンゼベルグは王国最強の剣士である。しかし騎竜持ちではなく。竜騎士科に籍は入れているが。竜騎士ではないのだ。だが唯一対人でゼクスに渡り会えるとしたら彼女だけである。


「勿体ないよなあ~。おれほど実力者なら薔薇竜騎士団にスカウトされても文句は言えないだろ。」

『あの王女様にもあの王女様の事情があるんだろ。それよりもレースに集中しろ!。』

「へいへい。」


ガホードは最初の右折地点であるシャンゼリグ公園が前方に見えてきた。


『お嬢様、もうそろそろ宜しいかと。』

「そうですね。ではカイギス。準備をお願い致します。」

『畏まりました。』


絶帝竜カイギスの傷だらけの巨体に魔方陣が展開する。


「武装解放!。」


シャラローゼドラグネスグローブの手の甲の宝玉が輝く。アーチェリーのような形をした弓が現れる。シャルローゼはそのまま弓のグリップを握る

弓の両端の滑車が回りだすと魔力でできた光の弦が伸び。そのまま繋がる。

絶帝竜カイギスの傷だらけの巨体に魔方陣が展開されたまま静かに瞑想する。


『我、深きもの、我、長きもの、我、硬きもの、完全たるその身に絶対たる力を求めん。我は絶対者、我は絶帝者、我は完全拒絶者。万物の理を用いて無限なる拒絶を求めん。無限拒絶解離魔法、メビウスアルマ(無限改絶)。』


ふっ

カイギスの傷だらけの巨体は一瞬で消える。

ふっ

愚王竜ラバクの前方に突如として傷だらけの竜の巨体が現れる。愚王竜ラバクと絶帝竜カイギスの前後の距離を無かったことにしたのだ。

愚王竜ラバクの竜顔は険しげに歪む。


『相変わらず出鱈目な能力だな。カイギスの爺さんは。』


最強の一角とされる騎竜である絶帝竜カイギスの出鱈目な能力、魔法に愚王竜ラバクの竜顔は渋る。


「やっぱシャルローゼ様はそう簡単に勝たせてはくれないか。」


弓姫であるシャルローゼ王女が前に出たことに

ガホードは一番の天敵は彼女だと判断する。


巨体の真ん中の上に佇むシャルローゼは弓を持って後ろ姿のまま突然ガクンと膝を落とした。カイギスの広い背中を膝たちするように折り曲げる。


「ん?なんだ?。」


ガホードはシャルローゼ王女の意味不明な行動に首を傾げ困惑する。

ぐりん!


「いっ!」


ひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅ


シャルローゼ王女は突如イナバウアーの如く後ろへとのけ反り。ブリッジの態勢のまま弓を射る。放れた無数の矢は光の線となって後方にいた愚王竜ラバクに乗るガホードを襲う。

既に所持していたガホードの大剣で無数の光の矢をいなすがさばききれない。


「うわ、ちょ、ちょっと!。」


ひゅん ばしゅばしゅばしゅばしゅ


フルメタルボディのゴツい甲冑を着ていたガホードだったが。傷つきはしないが無数の魔力の矢が鎧を貫通する度に物凄い衝撃に襲われる。防御する隙もあたえず次々と魔力のこもった光の矢が放たれる。

バサッ

愚王竜ラバクは大きく翼を広げ上空へと上がる。シャルローゼの攻撃範囲内から離れた。


「た、助かった。ラバク。」


ガホードはとめどない雨のような矢を逃れ。一先ずほっと安堵する。


『おい、気付いたか?ガホード。あの王女様怒ってないか?。戦闘の節々に怒りの感情が垣間見えるのだが……。』


シャルローゼ王女の反撃を与えさせぬ猛攻に竜である愚王竜ラバクでさえも背中に寒気を覚えるほど恐怖を感じていた。


「怒っているというよりはあれは完全にキレてるぞ!。ラバク。逃げろ!。何か解らぬが俺達はシャルローゼ様の逆鱗に触れたらしい。」


シャルローゼ王女様と怒らせることはほぼ死を意味する。死者はでていないがほぼ廃人になるほどヤバイのだ。


『わ、解った。』


愚王竜ラバクは頷き。再び翼を広げ旋回し。シャルローゼ王女が乗る絶帝竜カイギスの視界に入らないようにする。


『逃がしはせぬぞ!。若僧!!。』


絶帝竜カイギスは一瞬に消え。逃げようとする愚王竜ラバクを通せんぼする。


『ぐっ。』


再び竜騎士科の一人一頭の前にシャルローゼが立ちはだかる。


「竜騎士科の三年生の方。貴方には痛い目にあって貰います。ご覚悟を。」

「………。」

『………。』


シャラローゼはニコッと笑みを浮かべ会釈する。

しかし目は完全に嗤っていなかった。




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