第212話 雑種

「はあはあ·····。」

「もう根を上げましたか?。」

「いいえ、大丈夫です。」


アイシャの手が指先まで真っ赤に染まっていた。ドラグネスグローブをはめてはいない。衣服も所々裂けボロボロである。素肌の手の平は指の先、爪の先まで真っ赤な血が滴り落ちる。

アイシャは痛みを堪えて耐える。


「もう一度お願いします!。」


狂姫ラチェット・メルクライの地獄のような特訓をアイシャは続ける。学園の授業は学園長の特別授業という名目で休んでいる。その代わり毎日しごきとも呼べるほどの特訓と訓練を重ねる。毎日ボロボロで血反吐がでるほどの過酷ではあるが。二投流を覚えるためにもアイシャは己の身体を鞭うつように耐え続ける。


「他校との合同合宿があと一週間ちょっとしかありません。それまでに二投流のノウハウだけでも覚えさせます。」

「はい!お願いします!。」


死に物狂いでアイシャは懸命に特訓を続ける。手元にあるに学園長に特別貸し出された二対のブーメランの握りはアイシャドの掌から流れる血跡に染まっていた。


「はああっ!。」


アイシャは二対のブーメランを力一杯交互に投げる。



        校舎裏地



ギャああああああーーー!

(竜牙列破掌!)


ドッ!ドッドッドッドッドッドッドッドッ‼️


「大分様になってきたな····。」


レッドモンドさんから教わっていなかった竜破掌の連射タイプ。竜牙列破掌(りゅうがれっぱしょう)を俺は教わっている。

ギャアラギャガアギャア!ギャアラギャガアギャアラギャガアギャアラギャガアギャアラギャギャア!?

(それにしても水臭いですよ!。レッドモンドさん。何でこんな強力な技俺に教えてくれなかったんですか!?。)


竜破掌の連射版があれば少しは楽に強豪の騎竜達と渡り合えたのに。あの防御スキルや魔法を使いこなす頑丈な絶帝竜の竜の身体さえも通したのだから。防御に長けた竜なら楽にいけただろう。


「あの時はライナはまだ気の扱い方が未熟だったからな。それに竜牙列破掌は竜破掌の気の流れを小刻みに放つ技だ。ひとつの気の衝撃は大したことはないが。それが重なることで大きなダメージとなる。つまり塵も積もれば山となるだな。」


ぴくぴく

筋肉の胸板を脈打ち。レッドモンドさんはニヤリと竜口から笑みがこぼれる。


ギャアラギャガアギャアラギャガアギャアラギャガアギャ·····

(でもレッドモンドさんのような100連はできないんですが·····)


俺が出来たの10連までである。レッドモンドさんのように竜牙連破掌を100連まで行けなかった。気を小刻みに放つには相当細かい気の操作が必要のようである。例えるなら一本の針穴に100本の糸を通すようなかんじである。


「俺も長年鍛練してやっと100連が可能になったからな。コツはこの筋肉の胸板を波打つような感じで···。」


びくんびくん

レッドモンドさんの筋肉の胸板が激しくウェーブするように揺れる。


ギャ、ギャアラギャガギャギャ

(あ!それはもういいですから)


俺は丁重にレッドモンドさんの竜牙連破掌のやり方のコツを断る。


「そ、そうか。残念だ····。」


レッドモンドさんは何処か不満そうに残念そうな竜顔をしている。

何が不満なのか解らんけど。


「それよりアイシャお嬢様は大丈夫ですかね?。」


アイシャお嬢様は狂姫である学園長から猛特訓を受けている。怪我してなければいいけど。多分狂姫の特訓は怪我前提になると思うけど。


「まあ、ラチェのことだ死にや········しないだろう····多分。」

ギャアラギャガアギャアギャ!ギャアラギャガアギャアラギャ!

(そこは肯定してくださいよ!。余計に心配になるでしょうに!。)


狂姫である学園長のことだから手抜き手加減が一切無い特訓だろうが。どうかアイシャお嬢様が無事でありますように。

俺はアイシャお嬢様の無事を切に願う。


「レッドモンドさんと学園長はどういう関係何ですか?。」


マリモ教頭先生ではプライベートの詮索で怒られたが。本竜に聞けば問題ないだろう。一人一匹の関係がどうにも気になっていたし。


「どういう関係とは?。」

ギャアラギャガアギャアラギャガアギャアラギャガア

(見たところレッドモンドさんと学園長は恋人のような夫婦のような関係ですよね?。)


人間と竜とのペアで恋人と成立するか解らんが。この異世界では人間と竜が結ばれた話は無いわけでは無いらしい。


「ああ····俺とラチェの関係か······。」


レッドモンドさんの刑事のような丸い黒サングラスが曇る。竜顔も何処か陰鬱な感じだ。


「何かあったんですか?。」


レッドモンドさんの暗い表情に学園長と何かあったのだと察する。

暫くレッドモンドさんは沈黙を続けたが。竜口が静かに開く。



「少し話をしようか····。」


レッドモンドさんは何か物思いふけるように語り出す。


「俺とラチェは大陸を渡ってレース巡りをしていた話を聞いているか?。」

ギャアラギャガアギャアラギャ

(はい、レースで三大陸制覇したんですよね。凄いですね!。)


レースで大陸制覇するなど快挙である。俺もいつかアイシャお嬢様と一緒にレース巡りをして大陸制覇したいものである。


「俺とラチェは大陸を渡り。一通りレース巡りしたその後。俺はラチェから告白を受けたんだ。」

ギャア?ギャアラギャガアギャア?

(告白?告白って愛の告白ですか?。)

「そうだ·······。」


レッドモンドさんの竜の顔色が更に暗く曇る。あの学園長のもうひとつの側面である好戦的で過激な性格のラチェット・メルクライなら自分から告白してもおかしくはない。


ギャアラギャギャアラギャギャ?ギャアラギャガア?

(その後、どうしたんですか?。告白受けたんですか?。)


レッドモンドさんの竜顔が渋る。


「いや······その時は俺はラチェの告白を····。プロポーズを······。放置した······。いや逃げたんだ。」

ギャアギャ···

(放置って·····)


俺はレッドモンドの言葉に絶句し。竜の身体がかたまる。


「再び学園でラチェと出逢った時は相当怒られたがな。もうコテンパンに半殺しになるくらいに。」


レッドモンドが包帯ぐるぐる巻きのミイラ化していた姿はそのような理由だったようだ。俺の知らぬ間にレッドモンドさんと学園長の1人一匹の間には相当な修羅場が行われたらしい。


ギャアラギャガアギャ!ギャアラギャギャアラギャガアギャアラギャガアギャアラギャガアギャアラギャギャアガアギャア!

(そりゃあ怒るでしょ!。折角の学園長の愛の告白、プロポーズを放置するなんて。後ろから刺されてもおかしくないですよ!。)


一世一代の愛の告白のプロポーズを放置するなんて有り得ないことである。嫌ならちゃんと断ればよかったのに。


「そうだな。全面的に俺が悪い。俺はそのままラチェの告白を放置したまま逃げたんだからな。だが俺は竜(ドラゴン)でラチェは人間だ。どうしても釣り合わない。」


レッドモンドさんは竜顔が下に俯く。


「でもこの異世界では人間と竜が結ばれた話はあるんでしょう?。」


この異世界でも人間と竜が結ばれた話は聞いている。どうゆうものか詳しくしらないが。


「ああ、確かにある。だがそれでも俺には前世の記憶がある。」

ギャ!?

(あっ!?。)


そういえばレッドモンドさんは俺と同じ転生者だった。暫く竜ライフを味わっていたからすっかり忘れていた。


「前世の頃の記憶の倫理観が邪魔してな。だから俺はラチェの告白を放置し逃げたんだ。このままラチェが俺のことをすっぱり忘れ。人間との暖かい家庭を築くと思っていたんだが···。」


レッドモンドさんの丸い刑事の黒サングラスかけた竜瞳が力なく空虚に空を眺める。


「まさか独身を貫き通すとはおもわなかったよ·······。」


レッドモンドさんの人語には悔いる気持ちが滲み出ていた。

取り返しのつかないことをしてしまったのだと聞いているこちらからでも伝わってくる。


ギャアラギャガアギャ·····

(後悔しているんですね·····。)


レッドモンドさんの竜顔はどこか寂しげである。


「ああ、そうだな····。もし叶うのなら告白したところからやり直したいくらいだ·····。だがそれは無理だと解っている·····。」


レッドモンドさんの後悔の念が伝わる。

過ぎ去ってしまった過去はもう元にはもどらない。それは長い年数たつほど重くのしかかる。


「ライナも俺のような後悔ある選択をするなよ。」


レッドモンドさんは寂しげなアドバイスを俺に告げる。


ギャアラギャガアギャ

(肝に命じておきます。)


あの学園長のデカイ豪邸でレッドモンドさんと学園長の過ぎ去った日々の埋め合わせをしているのだろうか?。俺も後悔ない生き方をしなくては。

俺はそう深く心に刻み込む。


話が重くなってしまったので話題を変えることにした。まだ例の技を教えて貰えるかも伝えていない。


ギャアラギャギャアガアギャアラギャギャアラギャ?

(そういえばレッドモンドさんの竜種って何ですか?。)


出逢う時からレッドモンドさんの竜種は聞いていなかった。青緑の鱗に覆われた竜なのでノーマル種でないことは解る。


「ああ、雑種だ。」

ギャア?ギャアラギャガアラギャギャアラギャ

(雑種?、なるほど雑種という上位種ですか。)

「いや、雑種は雑種だ。」

?ギャアラギャガアギャアラギャ?

(?。意味が解んないですが?。)


雑種は雑種ってエレメント種でもロード種でもエンペラー種でもレア種でも無いと言うことなのだろうか?。他にも竜種があったのか?。


「ライナ。雑種は俺達の前世のいた世界ではどういう意味付けであるか知っているか?。」

ギャアラギャガアギャア?ギャアラギャガアギャアラギャガアギャアラギャ?

(雑種って犬のことですか?。血統書付きでないのが雑種じゃないんですか?。)


俺はブリーダーでないので犬種に詳しくはない。


「厳密に言うと違う。雑種とは色んな血統まざりあったもの。それが雑種だ。俺もそれと同じだ。」


ギャアラギャガアギャアギャアラギャガアギャアラギャガアギャアラギャギャアガアギャア?ギャアラギャガアギャ!ギャアラギャガアギャアラギャ

(つまりレッドモンドさんは色んな竜種が交ざりあったハイブリッドということなんですか?。それは凄いじゃないんですか!。レア種よりも優秀なんじゃ。)


色んな竜種が交ざったならその竜種の固有能力が引き継ぐということだ。色んな竜種の能力が引き継がれるなら無敵ではなかろうか?。


「いや、寧ろ色んな竜種が交ざると固有能力は引き継ぐより劣化する。色んな竜種が交ざれば交ざるほどにだ。だから人間の貴族の連中は違う竜種同士をツガイにさせることを極端に嫌う。一時的にはその子供は二つの親の能力は引き継ぐが。その後劣化の路を辿る。」

ギャアラギャガアギャアガアギャアラギャギャアガアギャアラギャガアギャアラギャ

(なんか·····世知辛いですね。レア種同士交配すれば強力な竜が誕生すると思っていましたけど。)


普通に強い竜同士掛け合わせれば強い竜が生まれると思っていた。竜は競走馬やサラブレッドとは違うようである。


「ここはゲームの世界じゃなく異世界だからな。ゲームのように単純にはできていないのだろう。」

ギャアラギャガアギャアガアギャアラギャガアギャアラギャガアギャア

(でも俺、ノーマル種なのによくメス竜の交尾の催促されましたけど。)


オス好きの魅華竜はともかく炎竜のガーネットや黒眼竜ナーティアから交尾の誘いはあった。


「モテモテだな。ライナは。」


レッドモンドさんはニヤリとにやけ顔を浮かべる。


ギャアラギャガアギャアラギャギャア

(竜(ドラゴン)にモテてもあまり嬉しくないんですが·····。)


俺は微妙な竜顔を浮かべる。


「ノーマル種は唯一他の竜種の能力に影響を与えない竜だからな。子を為しても向上もしなければ劣化もしない。それでもノーマル種を上位種のツガイにしようとする物好きな貴族はいないがなあ。子が能力が向上も劣化もしないのは全面的にノーマル種の遺伝子が全ての竜種の遺伝子に敗北するからじゃないのか?。」

ギャアラギャガアギャアラギャガアギャア

(それ、正直あんまり嬉しくないですが···。)


無能力なノーマル種だからこそどの竜種のツガイになっても影響しないということだろう。それは竜種としてほぼほぼ駄目だしを喰らわされたようなものである。何かオスとして種としてのプライドや尊厳がズタズタに引き裂かれたような気がする。いや、別に竜とツガイになるつもりはこれぽっちもないけれど。それはそれで何だか納得いかない。


「まあ、雑種は無能力なノーマル種と同じ立ち位置だ。色んな竜種が交ざった故の劣化種、劣等種とも言えるだろう。でも俺は筋肉と己を鍛えることに竜種の能力は関係なかったから特に気にすることはなかったがな。」

ギャアラギャ······

(そうですか······。)


能力が劣化しても身体を鍛え。筋肉にこだわるレッドモンドさんにはあまり関係ない話のようだ


ギャアラギャガアギャアラギャギャアガアギャアラギャギャア

(それよりレッドモンドさん俺もう一つ覚えたい技があるんですが。)


俺は本題を切り出そうとする。レッドモンドさんがあの技を知っているかどうかは知らないが。もし知って扱えるのなら是非覚えさせて貰いたかった。


「何だ?。」


レッドモンドさんの丸い刑事の黒サングラスのかけた眉間が寄る。






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