第207話 模擬レース

「さて、充分三年との模擬戦闘をしたようだから。次は騎竜に乗りながらツーマンセルの戦闘を始める。」

「お待ちなさい。」


突然カーネギー教官の指示が止められる。

一年クラスと三年クラスは一斉に声をかけた方へと視線を向ける。

全員の視線の先には穏やかな雰囲気を醸し出す学園長といつの間にかぐるぐる巻きの包帯が解かれた筋肉を漲らせるレッドモンドさんがいた。レッドモンドさんの筋肉の胸板が一段と脈打っている。


「どうかしましたか。学園長。」


いきなり授業を止められたカーネギー教官は学園長が静止したことが自分に何かしら不備与えたのではないかと不安になる。


「いえ、貴女の授業に問題あるわけではありません。近々他校との合同合宿。そして三年生にとって最後となる三校祭。三校対抗レースあります。」


学園長の言葉に三年令嬢生徒はゴクリと緊張した面持ちで息を飲む。


「杭を残らないようにと特別授業を行うと思います。」

「特別授業ですか?。」


学園長の予想外過ぎる言葉にカーネギー教官はただただ困惑する。


「丁度良くこの日私の騎竜が戻ってきました。ですから合同合宿訓練や三校祭に向けて私とレッドでここの生徒と模擬レースをしょうかと思っています。」


ざわざわ

突然令嬢生徒達が騒ぎだす。学園長が生徒にレースを申し出ると言われたのだ。普通ならあり得ないことである。しかもレース相手が狂姫と呼ばれる三大陸制覇した強豪の騎竜乗りと最強の一角とされる相棒の騎竜である。そんな一人と一匹を相手にするのだから一年令嬢生徒も三年令嬢生徒も相当狼狽えている。


「レースって?。学園長もかなりお歳をしめしているでしょうに。無理ですよ!」


カーネギー教官は学園長が元凄腕の騎竜乗りだとしても歳を重ね。レースで引退したのだからレースは無理だと判断する。


「みくびらないで下さい。確かに連続的にレースをするのは体に負荷がかかり。無理でしょうが。1レースくらい軽くこなせます。」

「そ、そうですか······。」


学園長の毅然とした態度にカーネギー教官は何とも言えず押し黙る。


「では私と挑戦するものはおりますか?。一組ならお相手できますよ!。」

「「「··········。」」」


学園長のレースの誘いに令嬢生徒達は皆沈黙を保つ。


「ねえ、ライナ。私達挑戦しようよ。私、学園長とレッドモンドさんとレースしてみたい。」

ギャアラギャ·······

(そうですねえ······。)


三大陸制覇した騎竜乗りと騎竜の実力を俺も正直知りたいと思う。しかしその半面三大陸制覇した実力持つ騎竜乗りと騎竜とレースして勝負になるかという迷いもある。学園最強の騎竜乗りと騎竜そして世界最強の騎竜乗りと騎竜とレースして完全敗北した経験を持つ俺としてはここでもし敗北したなら負け癖ができないかと不安になる。今は臆病風に吹かれず立ち向かうことが妥当なのだろうけど。


「私達が挑戦します!。」

「お、お嬢様!?。」


突然声を張り上げ手を上げる。周囲の一年三年令嬢生徒は一斉に狂姫と挑もうとする令嬢に目を向ける。

そこには鮮やかな薄目の金髪を靡かせ。凛々しい美貌と美しさを併せ持つ。学園のプリンセスマドンナ、シャルローゼ・シャンゼリゼが立っていた。


「シャルローゼ様が挑戦するの?。」

「狂姫を相手するなんて無謀よ。」

「でも学園最強であるシャルローゼ様ならもしかして?。」


令嬢生徒達は挑戦を受けようとするシャルローゼに口々に賛否両論の声が飛び交う。


「シャルローゼ。本当によいのか?。学園長はあの狂姫なんだぞ?。無茶はするな。」

「いえ!。全然構いません!。学園長とレースをやらせて下さい!。」


シャルローゼの返答にカーネギー教官におおいに眉を寄せ困り果てる。授業が変更され模擬レースになるのは構わないが。相手はあの狂姫である。シャルローゼに何かあったら国際問題に発展しかねない。学園長のことだから手を抜いてくれると信じたいが。はっきり言って学園長はレースでは容赦がない。昔の狂姫と呼ばれた学園長はレースで何人かを病院送りにしたという噂もある。相棒がさって学園に在籍してから丸くなったという話だが。その狂姫の相棒が戻ってきたなら話は別である。再びあの戦闘狂の狂姫の騎竜乗りとして覚醒しまいかねないのである。


「なるほど。私に挑戦するのはシャルローゼ・シャンゼリゼですか。騎竜も元レッドのライバルであった絶帝竜カイギスですか。レッドも相手がカイギスなら申し分ないでしょう。」

「俺としては申し分ないが。学生相手に本気を出すのか?。ラチェ。」


レッドモンドの刑事のような丸い黒いサングラスをかけた竜顔が渋る。


「何を言うのですか。レッド。寧ろ手を抜く方が相手に失礼でしょうに。」


学園長は白い眉がつり上がり。相棒のレッドモンドを叱咤する。

確かに失礼なんだけど。ラチェはやり過ぎ感が否めないんだよなあ~。

レッドモンドははあと深いため息を吐く。

相棒の学園長のラチェは相手に容赦が無かった。自分も若い頃は(前世抜きで)やんちゃはしていたが。これでも大分丸くなっている。今のラチェは見た目からして確かに落ち着きをはらい。丸くなっているようにみえるが。レース開始したらどうなるか解らない。ライナとあのお嬢ちゃんがラチェの相手をしなくて本当に良かったと思っている。それほど自分の主人はレースでは容赦がないのだ。


「マスファリンも何か言ってやれ!。シャルローゼはお前の担当だろうに。このままだと怪我だけじゃすまないかもしれないんだぞ!。」

「大丈夫····ですよ。シャルローゼ····なら。それにこれは···必要なレース···。シャルローゼにとっても···。他の一年や···騎竜にとっても成長のため····。ここが大きな分岐点·····。」

「また訳の解らんことを····。」


再び意味不明なことを言われカーネギーは頭を抱える。


こうして狂姫と呼ばれる学園長とレッドモンドとシャルローゼお嬢様と絶帝竜カイギスのレースをすることになった。


レースコースは学園野外の野原地帯一周である。だだっ広い野原を一周するシンプルなレースコースである。


わーーーー! わーーーー!


一年三年令嬢の声援が野原地帯に飛び交う。

臨時に設置したスタートラインに二人と二匹の竜が立つ。


「まさか学園長、狂姫ラチェット・メルクライのレースをこの目でみることになるとはねえ。シャルローゼ本当に大丈夫かしら?。」


水色の髪を髪止めをつける風紀委員長のセランは親友のことを心配する。相棒の疾風竜ウィンミーは落ち着きない様子で観戦していた。


ギャアラギャア?

(強いんですか?。)


俺は狂姫である学園長とレッドモンドさんのレースでの実力を全く知らない。


「強いってもんじゃないわよ!。正に出鱈目と言うか。学園長の狂姫と言う二つ名も狂った姫からちなんでいるのよ。戦闘も狂った感じでするからね。」


ええ~、何それ物凄く怖いんですけど····。


そんな騎竜乗りの相棒にしていたのか?レッドモンドさん。

俺の主人であるアイシャお嬢様が普通で本当に良かったとおもう。普通が一番!。


ギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャ?

(狂姫というのは有名だと解りますけど。レッドモンドさんはどうなんですか?)


さっきから狂姫ばっかり重点が置かれていて。レッドモンドさんの話がない。普通騎竜乗りもそうだが。騎竜にも焦点があたりそうなものだが。


「狂姫の相棒?。そうね。狂姫である学園長のインパクトが強過ぎて。相棒の騎竜に関して霞んでしまうんだけど。騎竜で最強の一角される強靭のレッドモンドも有名よ。騎竜だけでなく人間にもコアなファンが付いてるくらいだし。」

ギャアラギ

(そうですか······。)


一応レッドモンドさんも有名のようである。


「全く何で私達がレースを観戦しなきゃならないのですか!。訓練すると思いきや。いつの間にかレースが始まる始末。ここの学園は授業を舐めているですか!」


ふんふんと鼻息を吹かし人化を嫌う竜のままの妖精竜ナティは憤慨する。


「ナティ。いいではありませんか。私はこういうのも好きですよ。しかも三大陸制覇したと言われる狂姫の走りが見れるのですから。得をしたと思って。」


長耳の色白の肌を持つエルフのリスが相棒である妖精竜ナティを優しく宥める。


「う~ん。リスがそういうならば。でも聞けばあの筋肉竜はよこしま竜の師だと言うじゃないですか!。きっとろくでもないオス竜ですよ!ふんふん。」


妖精竜ナティはキッパリと断言する。


「ナティ······。」


リストルアネーゼは残念そうな顔を浮かべる。

カーネギー教官が二人と二匹の間に入る。


「ではスターター役は私が務めます。ルールは野原地帯一周。戦闘可、しかし無茶な戦いはしないように。特に学園長!。本当にお願いしますよ!。」

「解ってますよ。本当に私は信用がありませんねえ。」


学園長ははあ力を抜けたため息を吐くといつの間にかドラクネスグローブを所持していた。


『お嬢様には正直狂姫とは戦って欲しくなかったのですが·····。』

「同情するよ。カイギス。」

『そう思うのなら主人の暴走を止めよ。』

「無理だ。カイギス。ラチェの性格はお前でも解るだろう?。俺でも抑えられん。」

『はあ、致し方ない。なるべくお嬢様に怪我させずに穏便にすますしかあるまい。』

「おっ?、カイギス。まさか俺に勝つつもりか?。」

『ふん、レースから離れて生きてきた貴様に遅れはとらんよ。私は年期を入っているが。バリバリ現役で頑張っているのだぞ。』

「それは聞き捨てならないなあ(ぴくぴく)。確かに俺はラチェから離れ。レースからも離れたが。それでも俺の体は一度たりとも鈍らせたことないぞ。」

『ほう、いいおるわ。ならば試してやろうか。』


バチバチ

二匹の青緑色の鱗に覆われた筋肉質の竜と全身生傷だらけの巨体の竜が火花を散らす。


「宜しくお願いします!。学園長。」


シャルローゼは対戦する学園長に丁寧に挨拶する。


「遠慮することはありませんよ。シャルローゼ。私はどうしても三校祭のレースに勝って欲しいのです。今の生徒達の心意気では結してあの異端な竜(ドラゴン)。無情には勝てないでしょうから。」

「私も正直そう思います。私は打倒無情の為に日々鍛練と訓練重ねてきましたから。」

「それは無情により騎竜を喪った卒業生先輩の為ですか?。」

「はい!。」


シャルローゼはキッパリ何の迷いもなく冷たく言い放つ。その言葉一つ一つに無情の嫌悪感を秘めていた。


「貴女が無情に対して執着するのは解りますが。憎しみだけでは無情にはレースには勝てませんよ。」

「解っています!。それでも私はあの無情という竜が許しておけないのです。あのような無慈悲に無感情に無情に無作為に命を散らす竜が許せないのです!。」


シャルローゼのドラクネスグローブをはめて手の平がギュっと強く握り締められる。


「だからこそ私はこの最後の年に決着をつけたいのです。」


シャルローゼの透き通る青い瞳が黒く淀む。それをじっと観察していた学園長は見過ごさなかった。


「貴女の心意気は解りました。充分闘志もありましょう。それでもまだ足りない。勝つ気と憎悪による打倒は違います。それで勝っても最後に空しさが残るだけですよ。」

「なら、どうしろと?。私は無情倒す為だけに日々、鍛練訓練練習を積み重ねてきました。私はいずれ王位を継がなくなりません。その前にこの憂いだけは断ち切りたいのです!。」


シャルローゼは激しく反論する。

学園長ラチェット・メルクライは王族でもあるシャルローゼ・シャンゼリゼに今ここで何を言っても伝わらないと理解した。この娘の中にあるのは無情に対する嫌悪と憎しみしかない。ならばこそ示さねばならない。今の生徒達にもレースとはなん足るかを示す必要性がある。


「そうですか。ではその憂いを断つ助力として私の本気をみせましょう。全力できなさい!。私は全力を持って貴女を捻り潰します。」

「望むところです!。」


二人は互いの騎竜に飛び乗る。


「久々ですね。」


学園長は両手に嵌めたドラクネスグローブを嵌めなおす。古びていたがまだ使えるようだった。ただドラクネスグローブに武器を収納する宝玉が何故か二つ両側の手の甲についていた。


「鈍ってないか?。ラチェ。無理するな。」

「年寄り扱いしないでといいたいところですが。私も貴方も大分老けましたね。」

「はは、全くだな。」

「レッド。できますか?。」

「ああ、レースは離れているが。体を鍛えることに関しては欠かしたことはない。」

「それを聞いて安心しました。それならば····。」


学園長の温厚な瞳が一瞬光を帯びる。


「充分に暴れそうです!。」


レッドモンドの背中にドラクネスグローブをそっと手を置くと学園長の唇がニヤリと三日月に変わる。


スターター役のカーネギー教官はぴんと両手を頭上に上げた。

一年三年令嬢生徒は学園最強騎竜乗りと三大陸制覇したされる凄腕騎竜乗りのレースを今か今かと待ちわびるように観戦する。


ふわふわ

落ち着きない様子で雲の軽さを秘めた爆乳をアーニャは揺らす。

隣で今がチャンスと地土竜モルスはどさくさ紛れて爆睡している。

一年令嬢生徒と三年令嬢生徒達の間に静寂が流れる。

カーネギー教官は頭上に掲げた掌を大きく強くふり下げる。


「ドラ‼️GOOー‼️。」


バァサッ!


「うおおおおーー!!。レッドモンド様!。頑張れえーーーーーーーー!!。」

「ふええ!?。何でお父様がここに?」


突然草むらから飛び出した自分の父親にアーニャは驚く。


バサバサッ‼️


二人の騎竜乗りを乗せて生傷だらけの巨体の竜と筋肉質な青緑の鱗に覆われた竜が野原上空を飛び立つ。



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