第215話 王都合宿編 中央大陸へ
夜空に軽く真っ白な小さな雪の塊がまばらにしんしんとゆっくりと落ちてくる。
少し古びた古風な家の縁側で母親と幼い少年がひっそりと座っている。
母親は艶のある長い黒髪を背中まで流し。母親が羽織るちゃんちゃんこは我が子が寒くならないようにと優しく包み込む。
幼い少年は母親と一緒に縁側の廊下から見える庭に静かに降り積もっていく真っ白な雪を嬉しそうに眺めている。
母親は唇を開き。いつも幼い少年に聞かせていた子守歌を口ずさむ。
しんしんと積もる雪よ
愛し子を抱いて眠る
暖かな胸のぬくもり
感じて安らかに眠れ
銀の龍に抱かれて
優しきねんねと誘う
ねんねんころりよ おころりよ
愛し子抱いて眠れ
ねんねんころりよ おころりよ
春まですくすく眠れ
優しく抱っこされる幼い少年はいつも母親の歌う子守歌が大好きだった。少年の背中にあたる母の柔らかな暖かなぬくもりが幼い少年を心から安心させる。
「お母さんの子守歌大好き!。」
幼い少年は満面な笑顔で母親の子守唄を褒める。少年の母親はニッコリと微笑み返す。
「ありがとうユタカ。ユタカはおばあちゃんの家で寂しくない?。」
母親は幼い少年である我が子が祖母の家で預けられて寂しくなかったかと問いかける。母親はタカシとずっと一緒に住んでいるわけではなかった。病に犯され入退院を繰り返している。体調が良い日だけ家に帰り。時折我が子と1日過ごすのである。
ユタカは頭上の位置にある母親の顔を向けニコっと笑顔で返す
「全然、おばあちゃんと一緒だから寂しくないよ。お母さん、僕掃除と洗濯一人でできるようになったんだよ。だから心配しないで。早く病気治して帰ってきてね。」
ユタカは母に心配かけまいと笑顔で元気に振る舞う。
「ユタカ······。」
母親の目に涙を滲ませ。ユタカの小さな身体をぎゅっと強く抱きしめる。
「ごめんね····ごめんね·····。」
母親は何度も涙を溢しながら謝罪し続ける。何度も何度も謝罪し続ける母親の顔を理解出来ぬまま。ずっと不思議そうに少年は眺めている。
縁側の庭にはしんしんとゆっくり落ちてくる真っ白な雪が庭の土に徐々に降り積もり。雪化粧に塗られ。少しずつ見事な雪景色がかたどられはじめていた。
母親と幼い少年はほんの一時の時間を大切に大事に過ごしていた。
・・・・・・・・・
スッ
瞼がゆっくりと開く。
ガサッ
巨体を揺り起こし長首が上がる。
敷き詰められた藁が目に入る。
ギャ······
(夢か·····。)
藁のベッドにいることを今自分が竜である姿を自覚する。人間であった頃の前世の記憶がおぼろげに甦る。
「母親の夢なんて何で今更····。前世の頃は全く見ていなかったのに····。」
俺は夢で見た母の記憶を思い返す。
俺の母親は俺が物心つく頃に既に亡くなっている。母が亡くなった直後の記憶は俺にはない。ただ母が亡くなったあの日、母は幼い俺の小さな身体を抱きしめたまま雪が降りしきる家の縁側で静かに眠るように冷たくなっていたという。その時の記憶が俺はすっぽりと抜けきっているのだ。深い愛情を注がれていた記憶はおぼろげにあるのだが。母の亡くなった直後の記憶はまるっきし覚えていない。俺の父は俺が物心つく前に既に他界している。身寄りのばあちゃんもなくなって俺は家を出て一人暮らしを始めた。よくよく考えれば俺は本当に親不孝者である。せっかくここまで丹精愛情込めて育てて貰ったのに不慮の事故で死んでしまったのだ。しかもその不慮の事故の不注意の原因が横断歩道の真ん前に見えた女性の胸の谷間というのだから目もあてられない。もし親が生きていたら俺は騒動こっぴどく怒られ叱られていたに違いない。いや、死んでいるのだから怒られさえもしないか。本当に今思えば俺は本当に馬鹿なことをしたと思っている。だけど今の俺は竜に転生を果たした。この竜の生だけはちゃんと寿命が終えるまでまっとうに生きようと思う。それが銀晶竜のソーラさんの約束でもあり。アイシャお嬢様を立派な騎竜乗りに育てる俺の決意でもある。
ゴゴゴ ゴゴゴ。
木が軋む音が響く。
俺がいる場所は藁が敷かれたいつもの竜舎ではなく。広い荷物置き場の仕切りがある藁の寝床だ。敷かれた藁の下は木製の床がゆらゆらと船のように揺れ動く。
今は俺は竜舎にいない。
他校の合同合宿のために移動中である。しかしただの船ではない。空飛ぶ船、騎竜船ロアンディル号に乗船している。
回想
わいわい がやがや
アルビナス騎竜女学園の広い校庭に令嬢生徒達が集まる。皆が今か今かと待ち遠しそうにそわそわしている。
一年から三年担当教師まで揃っており。これから中央大陸にある王都シャンゼルグに向けて出発するところだ。
ギャアラギャギャア?ガアギャアラギャ
(馬車がないですね?。アイシャお嬢様。)
「そうだね。私てっきり馬車にのって港までいって。船に乗り換えて中央大陸にある王都まで行くと思ったんだけど。」
アイシャお嬢様のぐるぐる巻きとなったバンデージ状態とはなった包帯の掌を頬に添えて首を傾げる。
何か一種のファッションになりつつあるなあ。
バンデージの掌を巻く女性はツボに入る人には入る容姿である。
俺にはその性癖、フェチは持ち合わせてないけど。
「ほら、静かにしろ!。もうすぐ迎えがくる。」
カーネギー教官は一年令嬢生徒達を激しく叱る
「先生!。馬車がないんですけど?。」
俺とアイシャお嬢様と同じ疑問を抱いた一年令嬢生徒が手を上げる。
「ふふ、馬車よりもいいものだ。中央大陸の王都までひとっ飛びで早く運んで貰えるぞ。」
「?。」
カーネギー教官の不適な笑みに一年令嬢生徒達は皆揃って首を傾げる。
ボムボムボムボムボム
何処からかポンプ音が聞こえる。
ギュルギュルギュルギュルギュル
それと同時に何かが回っているような音も流れる。
一年令嬢生徒達は何処から聞こえるのか。周囲をキョロキョロと見渡す。
二年三年令嬢生徒は合同合宿を慣れているのか落ち着いている。
ボムボムボムボムボム
「あれ!?。」
一年令嬢生徒の一人が空に指を指す。
俺は指差す方向に竜瞳を視線を向ける。
なっ!?
(ギャ!?。)
俺は竜口の下顎が大きく下に落ち絶句する
上空に見えたのは巨大な船だった。ただの船ではない。幾つもの小さなプロペラが帆についており。巨体な船体なのに宙に浮いている。どうみてもこれは飛空艇であった。
この異世界に飛空艇あったんかーい!と突っ込みを入れたくなる。
「騎竜船ロアンディアル号だ。人化をしていない竜(ドラゴン)も運ぶことができる優れものだ。この船で王都シャンゼルグに向かう。この船なら王都まで3日で到着するだろう。」
カーネギー教官は自慢するように騎竜船の説明する。
「凄いね。ライナ。」
ギャアラギャ·······
(そうですね·······。)
俺とアイシャお嬢様は空に浮かぶ巨大な船に呆然とする。
本当にこの異世界の世界観が解らなくなってきた。
巨大な船は広い校庭のど真ん中に着地する。
じゃらじゃら ザク ザク ザク ザク
上下左右四寸に錨のようなものが飛び出し校庭の地面につき刺さる。
校庭荒らされたらまたセラン先輩が怒りそうな気もするが。
俺はそろ~りと竜瞳の視線をセラン先輩の顔色を窺う。
セラン先輩ははしゃぎまわる疾風竜のウィンミーの世話で忙しいようである。
じゃらじゃら ゴゴゴ!!ゴーン!
チェーンが回転する音が流れ。騎竜船の船尾の部分がパカッと上下に開く。
どうやらそこが出入り口らしい。
船尾の出入口から反りかわった赤いシルクハットの帽子を被る鼻から顎まで髭を生やす男が現れる。いかにもキャプテンのような印象である。
校庭で担当教師と一緒に学園長とレッドモンドさんが近寄る。
「いつも生徒達を王都まで送ってくれて感謝するわ。」
「なあ~に、狂姫の頼みだ。ヴァーミリオン商会会長として無事王都に送り届けるさ。ハハハハ。」
反りかえったシルクハットを被るキャプテンのような男は豪胆に高笑いする。
どうやら二人は旧知の仲らしい。親しげに会話をしていた。
「久しいな。シャガル。」
「んっ!?レッドモンドじゃねえか!。いつ戻ったんだ!?。」
レッドモンドさんが学園長と一緒にいることに豪胆の性格のシャガルも面食らったように驚く。
「ついさっきだよ····。」
「そうか·····。やっとお前ら戻ったんだな·····。」
シャガルはじーん涙目になり。髭の囃した鼻をすする。
学園長とレッドモンドさんの事情を知っているようである。
「ささっ、アルビナス騎竜女学園の生徒の皆さん。船にはいなさんな。快適な船室も用意しているよ。午後のディナーは豪華に中央大陸のさちをふんだんに取り入れたバイキングをやるよ。」
「キャーー!。バイキングですって。」
「中央大陸の料理ですもの。ぎっと豪華よ。」
「甘いものあるかしら?。」
令嬢生徒達はバイキングと聞いてはしゃいでいる。
いつどこでもバイキングは好きだよなあ。俺もバイキング参加できるかなあ?。人化できないのでバイキング参加は半々あきらめている。しかしご馳走を食べれないのは何か悔しいなあ~。
ぞろぞろと三年二年一年と列をなして令嬢生徒達は騎竜船に入り口に入って行く。俺とアイシャお嬢様はいつの間にか最後になってしまった。竜サイズでも入り口はすんなり入るようである。
「あれ?、レッドモンドさんは行かないんですか?。」
学園長とレッドモンドさんだけはそのまま入り口にも入らず立ちつくしている。
「ああ、俺とラチェは暫くラチェの邸でくつろぐよ。ライナはお嬢さんと一緒に他校の合宿頑張れ。」
ギャアラギャギャアラギャ!
(解りました。頑張ります!。)
レッドモンドさんと学園長はお互い水入らずで豪邸で暮らすのだろう。失った時間を埋めるように。
「アイシャ。貴方も他校の生徒に喧嘩や決闘を売られたら返り討ちにしなさい!。」
「はい!全力でぶっ潰します!。」
いや、売っちゃ駄目だし。勝っちゃ駄目だろう。アイシャお嬢様が学園長、狂姫の猛特訓で感化されてないか本当に不安になる。できれば本当に学園長のような素の狂暴な性格にならないで欲しい。俺は純粋で優しいアイシャお嬢様が好きなのだ。狂暴で過激な性格になってしまったら俺はショックで立ち直れない気がする。
どうか神様(この際女神アルピス様でもいいです)アイシャお嬢様の性格が変わってませんように。
俺はそう切に願う
学園長とレッドモンドさん別れの挨拶をすませ。
最後に騎竜船の出入口に通り過ぎようとすると出入口前にたつヴァーミリオン商会の会長シャガルが口を開く。
「ほお、お前達が狂姫の言っていたノーマル種とそれを騎竜にする生徒か。」
ギャア·····
(どうも·····)
「宜しくお願いします。」
俺とアイシャお嬢様はぺこりと頭を下げ挨拶する。
「ハハ、宜しく。俺は中央大陸のヴァーミリオン商会の会長兼船長もやっているシャガル・ヴァーミリオンだ。何かあったら何でも相談するぜ。特に中央大陸はノーマル種にとっては生きずらいかもしれんがなあ。」
ギャアラギャ?
(生きずらい?。)
「まあ、お前達なら暴れて解決するだろうから。狂姫のように。それを期待しているぜ
!。」
「はい!頑張ります!。」
アイシャお嬢様は素直に返事をする。
いや、暴れちゃ駄目ですよ。アイシャお嬢様。て、何でそこで同調するんですか?。何だか本当に色々怖くなってきた。
この先の不安が拭いきれない。
こうしてヴァーミリオン商会の騎竜船ロアンディアル号で中央大陸の王都まで送られることとなった。
ギシギシ ごごご
俺は船内の見渡す。さてこれからどうするかなあ?。王都まで3日はかかるときいた。1日たち今は2日目だが。正直暇をもて余している。船内でトレーニングするわけにもいかず。俺の場所は騎竜船の下弦あたりにある船倉と竜舎が合体したような場所だ。元々騎竜船は竜を船を運ぶための船らしい。だから船内も竜の入るくらいだだっ広い。アイシャお嬢様達は船内の上弦に位置する船室で寝泊まりしている。アイシャお嬢様の話だと寮よりも快適な部屋らしい。生活用品が充実しているそうだ。想像するならビジネスホテルのようなものかな?。船室には竜サイズの俺は入れないから確かめようもないけど。
じゃらじゃらじゃら ゴゴゴゴゴゴ
船倉竜舎の回転するチェーンの巻き取りが動く。船倉竜舎の真ん中には竜サイズで入れるエレベーターが設置されている。
エレベーターが上から下に降りて金具の大きな扉が左右に開く。
そこにはアルビナス騎竜女学園の制服を着たアイシャお嬢様が立っている。
「あっ!ライナ。起きたんだ。」
ギャアラギャガアギャアラギャギャア
(はい、今さっき起きたところです。)
「え?、ライナどうしたの?。その目。」
アイシャお嬢様は驚いたように俺の竜顔に指を指す。
ギャア?
(えっ?。)
俺は鉤爪の掌で竜瞳を確かめると濡れていた。どうやら知らず知らずのうちに竜瞳から涙を溢していたらしい。原因は母親の夢だろうか?。自分でも当の昔に母親の死を乗り越えていたと思っていたのだが。
「怖い夢でも見たの?。」
アイシャお嬢様は心配そうに俺に声をかける。
ギャアラギャガアギャアラギャギャアラギャギャアラギャギャアラギャ
(いえ、怖い夢というか。悲しいというか切ないというかそんな夢です。)
俺はアイシャお嬢様に心配かけまいと竜口をニカと作り笑みを浮かべる。
「えいっ!。」
むにゅう♥️
ギャア!
(ウホッ!)
アイシャお嬢様は突然俺の背中にダイブする。背中にはアイシャお嬢様の制服から伝わる柔らかな感触を感じる。
「元気でた?。」
背中から覗きこむようにアイシャお嬢様が声をかける。
ギャアラギャガアギャアラギャギャアラギャギャア
(はい!ありがとうございます。アイシャお嬢様。)
どうやらアイシャお嬢様は俺を気遣い慰めてくれたようである。
アイシャお嬢様のそんな優しさと温もりに触れ。俺はもう一度泣きそうになったが何とかぐっと堪える。
アイシャお嬢様が俺の背中から降りる。
「みんな甲板の上でくつろいでいるよ。ライナも一緒に行こうよ。」
ギャアラギャガアギャアラギャギャアラギャ
(そうですね。船倉竜舎にいても暇ですし。)
「じゃ、私甲板の入り口で待っているからね。」
ギャアラギャギャアガアギャアラギャ
(はい、俺も準備できしだいいきますので。)
俺とアイシャお嬢様は一旦船倉竜舎内で別れる。
じゃらじゃら
アイシャお嬢様は大型エレベーターで再び上がっていく
俺は眠気と涙目の姿を戻し。気を引きしめてエレベーターへと向かおうとする。
『豊(ユタカ)様おられますか?。』
突然聞き覚えのある声が俺の脳裏に流れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます