第185話 アーニャの依頼


     ハウンデル家書斎


顎髭を生やした厳格な中年の男が書斎の窓を静かに眺めている。

書斎の机の前にはそわそわしながら一人の令嬢アーニャ・ハウンデルと人化した騎竜、地土竜モルスが立たされていた。

前のベランダ窓の外を見つめる厳格な中年男性を前にして令嬢は落ち着きなく。胸に秘めた埋まるような大きな2つの膨らみがふわふわと雲のように揺れていた。隣の騎竜は大人の容姿をしており。普段は眠気とダルさ表すような態度をとっていたが。今はシャキーンと背筋を立てて直立姿勢の正しい姿勢を保っている。


「お前達が何故呼ばれたか解っているな····。」


顎髭を生やした厳格な中年の男はくるりと向き直り。厳格ないかつい鋭い視線をアーニャと地土竜モルスに向けられる。


「ふえ、じゃなくて。はい!。」

「はい!であります!。」


アーニャとモルスは萎縮しそうになるが堪えてハッキリと返事を返す。


「ドラゴンウィークで邸に帰って来たとき即お前達は何をしていた?。」


厳格な中年の男は声量を低く。威圧的な様子で二人に問いかける。


「えっと、ずっと邸におりました。お父様」

「邸でゴロゴロして食べ物を美味しくたべておりました。旦那様」


アーニャの父親であろう厳格な中年男に一人と一匹は素直にそう答える。悪気はないだろうが、しかしその解答にアーニャの父親の厳格な顔の眉が大きくつり上がらせ。険しい顔が怒りの形相が更なる臨界点を突破させるものであった。


「そうだ!。お前達が実家に帰ってきてみれば食っちゃ寝食っちゃ寝食っちゃ寝····。それも毎日!。毎日だっ!!。そう毎日飽きるほどに、だっ!。レースに出場もしない!。訓練もやらない!。そんな騎竜乗りと騎竜が何処にいるっ!!。」

「はい!ここにおります!。旦那様!。」


ギロッ!

馬鹿正直に答えた地土竜モルスにアーニャの父親は覇気を満ちた鋭い眼光を放つ。

しゅん

地土竜モルスは一気に怒気にあてられ萎縮してしまう。


「し、しかしお父様。ドラゴンウィークは竜を休ませる連休です。長い訓練やレースで疲れを癒す為にできた連休のはずです。」

「そうです。その通りです。」


アーニャは懸命に言い返し。モルスはそれに便乗する。


「確かにドラゴンウィークは騎竜を里帰りさせ休ませる連休でもある。だがお前達の場合は度が過ぎている。学園生活でもお前達は自主的にレースを出場したり訓練したりしたか!?。」

「それは······。」


アーニャは思い返してみると確かにレース出場も訓練も自主的にやっていなかった。やった記憶があるとすれば親友カリスの誘いくらいである。自主的にレースや訓練をした記憶はあるかと言えば全く持ってなかった。


「どうやら私はお前達を甘やかし過ぎたようだ······。アーニャ。もし私が指名するレースに出場し。優勝しなければ地土竜モルスとの騎竜契約を解消してもらう!。」

「そ、そんな·····。」

「ひええ、それだけはご勘弁を!。」


一人と一匹は動揺する。


「お前達には3日後に開催されるレース、風車杯(ふうしゃはい)に出場してもらう。風車杯は三人一組(スリーマンセル)のレースだ。」

「スリーマン?」

「セル?。」


アーニャと地土竜モルスは首を傾げる。

アーニャと地土竜モルスは三人一組(スリーマンセル)のレースに出場した経験はなかった。出場した経験があるとしたら親友のカリスに誘われた二人一組(ツーマンセル)のレースくらいである。


「お前の親友であるナイン家のご令嬢カリス・ナインと一緒に出場しても構わぬが。いっとくがアーニャ、モルス、お前達はペアで出場することは許さぬ。お前達は自分の相棒に対して甘すぎる!。よって別々の騎竜と騎竜乗りに乗って出場してもらう。」

「そんな······。」


アーニャは狼狽する。

アーニャとモルスは自分の主人や騎竜以外に一緒にレース出場した経験はなかった。レェンドラ(貸借竜)することさえ自分達には必要ないと思っていたからからだ。それほどアーニャとモルスは相性が良いと勝手に思いこんでいた。


「もし交換相手を考えるなら····。そうだな、あの学園の噂になっているライナとか言うノーマル種がよいな。あのノーマル種は良い筋肉をしている。風車杯でお前を乗せても良い戦績を積めるだろう。」

「ふえ?アイシャのライナですか·····。」


ライナの主人であるアイシャ・マーヴェラスとは面識がある。頼めば快くレェンドラ(貸借竜)してくれるだろう。


「········。」

「もう一組のペアの騎竜と騎竜乗りに関してはよく考えて依頼することだ。依頼する金ならだす。風車杯はそれなりの強豪揃いだ。生半可な実力だと敗北することは間違いない。それに三人一組(スリーマンセル)のルールでは一着は三組同時にゴールに到着しなければ優勝にならない。よく考えることだ。」


アーニャの父親は冷淡に返す。


「はい、解りました····。お父様。」


ふわ

アーニャはぺこりと頭を下げ。雲のような胸の膨らみが揺れる。気落ちしながらモルスと一緒に書斎を出る。

相棒の地土竜モルスは隣でこの世の終わりと思わんばからりで真っ白になって固まっている

アーニャは足りない頭で思考する。

どうしたら確実に風車杯に優勝できるかと。誰と誰と組めば勝ち残れるか。知略に長けているわけではない。それでも何としてでもモルスとの騎竜契約を解消させないためにもアーニャは思考する。

アーニャ・ハウンデルという天然令嬢は生まれて初めて己の人生をかけたレースに思考を巡らす。


       学園中庭お昼


学園の中庭が俺とアイシャお嬢様のランチが日課になっていた。本来ならアイシャお嬢様達は一年専用の食堂で学食をすることも可能なのだが。俺が人化できず校舎に入れない為に毎日校舎の外の中庭でカーラさんとリリシャさんが作った手作り弁当を親友と一緒に食べている。俺に遠慮しなくてもいいのにと友達と一緒にたまには学食でも行ったらどうですか?と聞いたこともあったが。ライナと一緒に食べたほうが楽しいし。家は貧乏なんだから学食なんてそんな高級料理が出るところに払えないよと断っている。休みの合間にレースに出場して賞金が出ているのだから少し位贅沢してもよさそうなものだが。アイシャお嬢様の純心さと健気さに涙がでてくる。

中庭ではレインお嬢様とパールお嬢様一緒にお部屋を広げている。レインお嬢様とパールお嬢様の相棒である炎竜ガーネットと青宮玉竜レイノリアは俺と一緒に火花を散らして弁当のお裾分けのバトルをしている。今日は何故かキリネと相棒幻竜ラナシス、パトリシア・ハーディルの相棒黒眼竜ナーティアは来ていない。二人とも家の用事があるそうだ。キリネに関しては家のことは放置してお昼を一緒にしたかったようだが。無理矢理姉のセシリアに連行されていた。ぶつぶつ文句を言いながら。


「アイシャ。私が作った卵焼き食べてみて。」

「ありがとう。」

「へえ、パールは料理ができるのね。私にも頂戴。」

「あげないわよ。何言ってるの。」


パールお嬢様はふんとボリューム感溢れる胸と真珠色の髪を揺らしそっぽをむく。相変わらず仲睦まじい?と言えるのかどうか解らない交友関係だなあ。俺は三人の交流を遠目で観察する。


「さあ、ライナ。邪魔な二匹はおりません。存分に私の作ったお弁当をお食べください。」

「そうだぞ。私が焼いた肉を食べたるとよい。精力をつけるのだ。子作りの為に。」


ガーネットの最後の言葉に色々と突っ込むところがあるけれど。とりあえず二人の弁当と肉を竜口にほおばり。モシャモシャたべる。

暫くしてふと弁当を食べ終わった後、こちらに近づいてくる二人組の令嬢と二匹の人化した騎竜に目が止まる。俺は二人組の令嬢と二匹の騎竜はあわただしくいつも遅刻して玄関の前を通りすぎる二人組の令嬢と二匹の騎竜だと気づく。アイシャお嬢様のクラスメイトのふわふわと雲のような胸の膨らみを揺らすのがアーニャ・ハウンデルでペッタンな胸をお持ちのふりふりしたポニーテールをしているのがカリス・ナインである。隣にはじっと俺を観察する小柄で生真面目そうな少女のなりをしている騎竜、弩王竜ハウドが此方をじーと眼見してくる。その隣にはいつも居眠りしながら器用に歩いている筈の大人の女性姿の地土竜モルスは今日だけ何故か眠っていなかった。アイシャお嬢様の前でカリスとアーニャが立つ。アーニャは気まずそうにカリスの影に隠れている。


「あっ、アーニャもカリスも中庭でお弁当?。」


アイシャお嬢様は二人の存在に気付き声をかける。


「いえ、そうじゃないのよ。ほら、アーニャ、貴女の問題でしょう。」


急き立てるように自分の影に影れるアーニャを前へとつきだす。


「ふええ、は、はい······。」


アーニャはおずおずとゆっくりと前へとでる。


「?。」


アイシャお嬢様は不思議そうに首を傾げる。

親友のパールお嬢様とレインお嬢様はその場の空気をよみ沈黙を保っている。


「あ、アイシャ、お願いあるのです。」

「お願い?。」

「私と私のモルスとライナを交換してレースに出場して欲しいのです。」

「はい?。」


アイシャお嬢様は理解できなかった。俺も理解できない。多分この場にいる親友と親友の騎竜もアーニャの言った意味が理解できなかっただろう。


「もう、アーニャ。説明がかいつばみすぎよ。説明になってないでしょう。私から説明するわ。」


アーニャの親友であるカリスが呆れたよようにアーニャお嬢様からカリスお嬢様に話を変わる。俺達に事情を説明する。事情はこうだアーニャの父親に課題を出されたこと。レースに優勝しなければモルスと騎竜契約が解消されてしまうこと。レースは騎竜を交換して出場すること。レースは風車杯といい。スリーマンセル(三人一組)で行われるレースであること等々アーニャの実情を全て話した。


「お願いします!。アイシャ。私と一緒にレースにでて風車杯を優勝して欲しいです。レェンドラ(貸借竜)のお金もちゃんと払いますから。」


ふわ ふわ

アーニャは懸命に頭を下げ大きな胸の膨らみが上下に揺れる。


「出場してもいいけど。私、スリーマンセル(三人一組)のレース初めてだよ。」


そういえばレースにはツーマンセル(二人一組)とスリーマンセル(三人一組)のレースがあることを忘れていた。俺とアイシャお嬢様はフリーレース(一人用)しか出たことがなかったのでツーマンセルとスリーマンセルのレースにはまだ出場した経験がない。


「アイシャ。スリーマンセルのルールのレースはフリーレースとわけが違うの。三組の騎竜乗りと騎竜が互いに補いあいながら進み。ゴールにはちゃんと三人一組で到着しないとゴールにならないのよ。一人欠けてしまうと即その場で失格になるわ。スリーマンセルは最もシビアなレースともいえるわ。ツーマンセルなら二人だけだから一人一人それほど負荷は少ないけれど。スリーマンセルは実質三組の騎竜乗りと騎竜で行うから三組同士の協力が必要不可欠なのよ。」

「へえ~、そうなの。」


アイシャお嬢様は納得しているようで何処かよく解ってない様子である。


「いいよ。レース出場する。スリーマンセルのレース面白そうだもの。ライナも貸してあげる。」

「ありがとう。アイシャ。」


ふわ ふわ

アーニャは嬉しそうに跳びはね。雲のような軽さを秘めた二つの大きな膨らみも同時に跳ねる。


「それでもう一人はどうするの?。カリスが出るの?。」


アイシャお嬢様はアーニャに問いかける。


「残念だけど私は出ないわ。風車杯は強豪揃いだと言うわ。生半可な戦力じゃ敗北すること確実なのよ。」

「だから放課後に強力な助っ人に頼みに行くんです!。三年先輩で風車杯は何度も連勝していますから百人力ですよ!。」


ふわ ふわ

アーニャお嬢様は嬉しそうに跳び跳ねる。


「ちょ、ちょっと、まだ承諾するとは決まってないじゃない。三年の先輩だって忙しいのよ。」


カリスは呆れたように能天気に跳び跳ねるアーニャに冷めた眼差しを送る。


「大丈夫よ。カリス。放課後先輩に風車杯のレース出場を頼みに行くんです。アイシャ一緒にお願いします。」

「解ったわ。」


アイシャお嬢様はニッコリ微笑んで承諾する。

こうしてアイシャお嬢様達は放課後、強力な助っ人である三年先輩にレース出場を頼みにいくことになった。


俺は校内に入れないから外でお留守番だけど大丈夫かなあ?。

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