第57話 不幸故に


次に始まった野外授業の武装訓練は自分に見合った武器選びから始まった。武装は様々で剣、槍、盾、弓、杖、斧、自分の騎竜と自分に似合った武器を令嬢生徒が選ぶ。

後、盾は武器じゃねえだろうっ!と俺は心の中で突っ込みを入れる。


「パールとレインはどんな武器にしたの?。」


初めて武装するアイシャお嬢様は親友のパールとレインに聞いてみる。


「私は家系の事情で剣よ。ルポンタージュ家は代々騎士系の貴族だからねえ。それ以外の選択肢がないのよ。私個人的には他の武装もしたいのだけれどね。」


レインお嬢様はスカーレットの赤髪短髪を揺らし不満そうに愚痴をもらす。


「アイシャ、私は杖よ。私のメルドリン家は魔法使い系の貴族だから殆どの騎竜の武装は魔法主体なのよ。だから魔法強化付与の効果のある杖を使うの。」


パールお嬢様は真珠色と瞳を輝かせて教える。

アイシャお嬢様の武装は何するのか解らなかった。剣、槍、弓、杖などどれを入れても様になる気がした。ただマーヴェラス伯爵がアイシャお嬢様にそれらの武術を教えた記憶はない。レースでも極力争いごと兼ねたレースに出場させない節があった。

娘を危険な目に合わせない親心だったかもしれないが。レースに出場すれば何れ騎竜乗り同士の戦いに身を置くことになるので意味がない。



「アイシャ・マーヴェラス、お前はどの武器にするのだ?。」


騎竜乗り用に用意された武装武器の前でアイシャお嬢様は考え込む。

アイシャお嬢様はどんな武器にするか検討が付かなかった。俺の記憶でアイシャお嬢様が得意とする武器はないはずだ。

アイシャお嬢様そっと武器が積まれた箱に近付き。箱から曲がった形状の何かを取り出す。


あれは·····ブーメラン?。

アイシャお嬢様が武器が積まれた箱から取り出したのは剣でも槍でも杖でも弓でもなく。武器の分類に入るかどうかも解らない木の細工が施された曲がった形状のブーメランであった。

アイシャお嬢様が騎竜乗り用の武装として決めた武器はブーメランであった。ていうかブーメランって武器なの?。確かに動物狩る狩猟用に昔使われたと聞いたことがあるけれど。スポーツとかに使われているというけれど。騎竜レースは一応スポーツだけど。でも戦闘はガチなんだが。


「ほう、アイシャ・マーヴェラスはそれを選んだか····。」


カーネギー教官は意外そうな顔を浮かべる。


「何故その武器を選んだのか聞いていいか?。」


カーネギー教官はアイシャお嬢様が選んだ武器がブーメランにしたことを興味があるようだ。というか俺も正直聞きたい。何故にブーメラン?。

アイシャお嬢様は真剣な眼差しで口を開く。


「私の騎竜ライナはノーマル種です。魔法は扱えません。岩を壊すとほどの不思議な力をつかうけれど。それでも主体は肉弾戦で近距離戦なんです。ライナの遠距離攻撃はたぶん一つしかありません。だからライナの負担を少しでも和らげたくて遠距離向きのブーメランにしました。母からも昔狩りとかで教えてえられましたから。扱いにもなれています。私は少しでもライナの負担に和らげたくて遠距離攻撃向きの騎竜乗りになろうと思います。魔法も治癒や防御ライナの援護できるものを覚えようと思います。」


どうやらアイシャお嬢様が武器をブーメランにしたのは俺の為らしい。俺の戦いはレパートリーは本当に少ない。翼で風を起こしたり。技は竜気掌や竜破掌はあるが。それでも攻撃の主体は拳や脚、尻尾の肉弾戦なのである。

アイシャお嬢様の思いやりと純心さと健気さに涙が込み上がってくる。

家の主人がアイシャお嬢様で本当に良かったよ。


「そうか······。」


カーネギー教官はフッと含み笑いを浮かべた。


救世時代の世界を救った少女、救世の騎竜乗りもまたブーメランを得意としていた。彼女は元は貴族などではなく。しがない何処にでもいる羊飼いであったという。王は神足る竜を命懸けで説得し。勝利した功績により彼女を貴族に迎え入れられたのである。しかし彼女は貴族のような何不自由のない贅沢な生活はせず。領地を貰っても野原を駆け回る羊を手懐ける羊飼いの生活を続けたという。

カーネギー教官はそんな救世の騎竜乗りの少女とアイシャ・マーヴェラスの肖像を重ねる。


武装訓練は自分に似合った武器を手にしたら今度は他の令嬢生徒同士で模擬戦闘を行う。自分の得意な武器を駆使し。騎竜無しで戦うのだ。

俺はハラハラしながらアイシャお嬢様を見守っていた。

アイシャお嬢様の相手は竜舎で出逢った身なりが少年のようなブラウン色のボーイッシュな髪型をしたキリネ・サウザンドである。キリネという男装した令嬢生徒はどうやら不登校を繰り返す問題児のようで。今日は何故か普通に登校していた。

俺の隣には四本角を生やす何故か竜化のままのキリネ・サウザンドの幻竜ラナシスがいる。


『キリネと貴方の主人が相手してもらえて助かります。』


ラナシス長首を下げ丁寧に挨拶する。


ギャアガアギャアギャ

「いいえ、こちらこそ。」


俺は丁寧に会釈する。

キリネという男装の令嬢は武器はナイフであった。手慣れたようにナイフを扱っている。その反面アイシャお嬢様は手に馴染むように木製の装飾が施されたブーメランを何度も上げ下げしている。不安だ。そもそもアイシャお嬢様は対人戦闘の経験があるのだろうか?。一般の異世界の貴族は護身用に剣術を習うのは当たり前なのだろうが。アイシャお嬢様の場合マーヴェラス家で武芸を習った形跡はない。


「やあ、アイシャ・マーヴェラス。はじめましてかなあ?。君のノーマル種の騎竜とは面識あるけど。その主人と初めてだね。」

「宜しく、キリネさん?くん?。」


アイシャお嬢様は語尾に迷う。


「どちらでもいいよ。僕がこの格好しているのはただの趣味というかあてつけだからね。」


キリネは口もとが上がりつくり笑いをする。


「そうなの·····。」


アイシャは言葉に迷った。


「アイシャ・マーヴェラスの家系のことを知ってるよ。マーヴェラス家の象徴たる騎竜を喪って。さぞ辛い想いしたんじゃないかい?。没落して権威も財産も全て失ったよね?。」


キリネは茶化すような喋り方をする。悪気はないだろうが。


「そうなの?。でも私ライナがいるから幸せよ。貧乏だけどライナと一緒ならマーヴェラス家の復興も夢じゃないから何も心配していないよ。」


アイシャお嬢様は満面な笑みを浮かべ自信たっぷりに言葉を返す。


「·······。」


何か照れるなあ~。

アイシャお嬢様にそこまで信頼されて竜冥利に尽きるよ。


「それでは手にした武器を使い軽い模擬戦闘を行って貰う。模擬戦闘ではあるが相手を危険な目に合わせる行為は禁止だ。」


カーネギー教官の指示で令嬢生徒達は己の似合った武器所持し身構える。

アイシャお嬢様はブーメランを片手で身構えた。

キリネはナイフを持ったまま突っ立ていた。


何で··何で···。没落しているのに····。貧乏で····惨めである筈なのに·····。何であんな顔をするんだ···。あんな幸せそうな顔を····。全て奪ってゆくものよりも全部喪ったものの方が幸せだなんて·····それなら僕は····、


キリネの瞳は暗く深く淀み始める。手に持つナイフをギュっと強く握り締められる。

殺意に満ちた眼差しを目の前にいる幸せそうな貴族の令嬢の少女に向けられる。


「始め!!。」


カーネギー教官の開始の合図とともに少年の姿をした令嬢は偽笑で隠した殺意が解放される。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る