4-46 再会
一か月ぶりに帰国した日本の空は、清々しく澄み渡っていた。
帯状の木漏れ日が地上へ降り注ぐ眺めは、以前と
再会の瞬間の第一声は、一体何と言うべきか。漫然と思考を巡らせながら、イズミは御山の
スーツケースの
――
「
イズミが声を張ると、相手はとっくに気づいていたのだろう。ちらと
「御父様。呉野和泉がただいま戻りました」
「
素気無い返事が飛んできた。心底どうでも良さそうな返答だったが、堅物なのだから仕様がない。イズミは心持ち早足で呉野家の玄関に向かい、
呉野
見下ろせば、頭一つ分は下の位置に顔がある。やや不機嫌そうな顔つきだが、元気そうなので何よりだ。
「御父様。改めまして。ただいま戻りました」
「
「そう言われても困ります。僕は生まれてこの
難癖に対して律義に応答していると、
掃除中かと思っていたが、然ういうわけでもなさそうだ。
「今からですか」
イズミが訊くと、國徳は振り返らないまま、「
全く性急なことだと思う。イズミは苦笑した。
「御父様、昼食はまだ召し上がっていないのでしょう。
「ああ」
國徳が、振り返る。
竹箒を持っていない方の手には、赤いライターが握られていた。
「
「僕には何もありませんよ。貴方のお手伝いこそが僕の目的です。貴方が燃やしたいと思うものを、僕も一緒に燃やします。彼女への怨嗟に繋がるような品など、僕には一つもありませんから。御父様の物を、僕にも共有させてください。僕はそれでいいのですよ」
「……好きにしろ」
着物の裾を翻して、國徳が縁側から庭に向かう。縁側には、衣類や文房具を始めとする彩り鮮やかな品々が、ずらりと並べて置いてあった。
全て、女物だろう。紺色の浴衣を見下ろしたイズミは、國徳を振り返る。
半袖の白シャツに、黒のズボン。
制服が礼装である期間は、もう半年程しか残っていない。高校三年生とは果たして、子供なのか大人なのか。一体どちらだろうとイズミは考える。
確たる答えは出なかったが、
時は流れ、イズミは確実に大人になっていく。子供の時間は終わるのだ。
まるで、〝アソビ〟が終わるように。
「……。僕は、歳を取り過ぎたのかもしれません」
國徳が、不可解そうな顔で振り返る。イズミは、
「たった今、思ったのです。今こうして貴方と共にいる僕が、もっと幼い少年であったなら。今回の事でもっと怒りを見せたかもしれませんし、哀しみを露わに泣き崩れていたかもしれません。僕はおそらく、実年齢よりもだいぶ物分かりのいい子供です。子供と言っていい歳なのかは曖昧ですが、ともあれ……僕は、その所為で。彼女を恨むことも、家族の死を悲しむことも、どちらも中途半端になってしまいました。僕は、最愛の家族の死に対して、もっと恨むことも、悲しむことも出来たはずだと思うのです。せめて僕が、もう少しだけ若かったなら。……そうですね、例えば」
イズミは、思案気に首を傾ける。
「……中学生くらいの歳の頃の、少年少女の感性。そんな若さが、今の僕にあったなら。僕はもっと、父の死を
「
あっさりと一蹴された。
「貴様の偏屈ぶりは、ちょっとやそっと若返ったところでどうにもならん。……悼み足りんと思うなら、手伝え。和泉。
「……はい。御父様」
イズミは、笑う。
苦く、同時に温かな郷愁を胸に抱きながら、己の制服からも遺品の数々からも目を逸らして、祖父を手伝うべく、痩せた後姿を追いかけた。
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