エピローグ


 ――阿久津公爵領 日本地域 千葉地区 とある家庭の日常 ――



「ただいま〜」


「あなたお帰りなさい」


「おとうさんおかえり! ちょうどよかった! みてみて! すごいよ! 」


「なんだなんだ裕也。なにか面白いニュースでもやってるのか? 」


 リビングに入ると息子が駆け寄ってきて、私の背をその小さな手で押しながらテレビの前へと誘導した。


 私は妻にカバンを渡し、ネクタイを緩めながら裕也に押されるがままソファーへと腰掛けた。


 するとテレビにはドラゴンが映し出されていた。


 なるほど。ドラゴンに関するニュースだから興奮しているのか。


 最初は怖がっていたのになと思いつつも、裕也を膝の上に乗せてテレビを見ることにした。我が阿久津公爵領最強のエルフの竜騎士団の動向は私も気になるしな。


《……キャスター、エルフの竜騎士団が現在他領へ遠征に向かっていることは知ってますよね? 》


《ええ、悪魔軍を壊滅させたあと、阿久津公爵様と共に世界各地でダンジョンから出てきた魔物の討伐をこの二週間されていることは知っています》


《その任務もある程度落ち着いたそうで、来週には半数ほどの竜騎士団員が戻って来るそうなのです》



「へえ、それは嬉しいニュースだな」


 竜騎士たちが半数も戻ってくるのは助かるな。領内に魔物はほとんどいなくなったとはいえ、またあの時みたいにダンジョンから魔物が出てくるかもしれないからな。


 公爵様は悪魔たちが持っていた、ダンジョンの呪縛から魔物を解放する魔道具を回収したからもう出てくることはないと言っていたが、つい一ヶ月前に各地で多くの犠牲者を出したばかりだ。そう簡単に不安な気持ちは消えない。


 日本地域には飛空艦隊に陸上部隊もいるが、やはりドラゴンがいた方が安心なのは間違いない。


「やった! ドラゴンがかえってくる! おうちからみれるかなぁ? 」


「ははは、もう関東までは来ないさ。竜騎士団の宿営地は九州だからそこに帰るんだろう」


「ええ〜……ぼくドラゴンをみたい! おとうさん! ドラゴンをみに、きゅうしゅうにいこいうよ! 」


「こら裕也。お父さんはお仕事があるの。我儘を言うんじゃありません」


「ごめんな裕也。お父さん今はすごく忙しいんだ」


 公爵家が補助金をどんどん出してくれるから工場が忙しくて仕方ない。とてもじゃないが休暇をとって九州まで行くことは難しい。


 しかし阿久津公爵様が領主になってからというもの。本当に景気が良くなった。高止まりしていた失業率も下がり、私の給料も上がった。妻も素材加工工場でのパートをする必要がなくなり、おかげで二人目の子供を作る余裕すら出てきた。


 戦前にあんなに酷い目に遭ったというのに、やはり公爵様は日本人なんだな。治安が悪い地域にはすぐにニート連隊を送り込んでくれるし、魔物がダンジョンから出てくれば先陣を切って戦ってくださる。そのうえ日本に膨大な投資までしてくださっている。罪人に容赦がなく逆らうとゾンビにされるのは恐ろしいが、真面目に生きていれさえすればモンドレットの時代のように酷い目にあうことはない。あの方が領主でいる内は安心して子供を育てることができるだろう。


 だから私は家族のために真面目に一生懸命働かないといけないんだ。とてもじゃないがしばらく有給休暇は取れそうもない。


「うう……ドラゴン……」


 裕也は不承不承ながらもわかってくれたようだ。まだ小学2年生だというのにこれほど物分りがいいのは、やはり小学校の授業で剣術をやっているからだろうな。


 この子も18歳になればいずれダンジョンで魔物と戦わないといけない。心配だが徴用による死亡率は低い。亡くなる子は学校や事前講習で教えられたことを守らなかった子ばかりだと聞く。だから学校では実技の先生の言うことに絶対に逆らわないよう教育される。そのおかげだろう。


 私はそんな物分りの良い息子の頭を撫でながらニュースの続きを見ていた。するとエメラルドグリーンのドラゴンが飛んでいる画面に切り替わった。


《ウィンドドラゴンですね。あれ? 何か変じゃないですか? 》


 アシスタントの女性が画面に映るドラゴンの姿に違和感を感じている。


 確かに変だ。テレビに映っているドラゴンの胸には阿久津公爵家の軍旗ではなく、大手のダンジョン探索用具メーカーである皇グループのロゴが刺繍された布を巻き付けられている。それにドラゴンの背に100人は座れそうな座席が設置されているな。


 どういうことだ? 陸上部隊の輸送に使うのか? 高速飛空艦があるのに?


《この映像は本日阿久津公爵家広報部から、当局が独自に入手したものなんです。ドラゴンの背に座席がありますよね? 実はなんと阿久津公爵家は、領民の皆さんのためにドラゴン遊覧飛行の巡業を始めるそうなんです。そうです! 私たちも乗れるんですよ! ドラゴンに! 》


《ええっ!? それは本当ですか!? 》


「え? え? どういうこと? ドラゴンにのれる? ぼくものれるの? 」


「あ、ああ……巡業と言っていたから恐らくそうだろう」


 あの座席はそういうことか。しかし本当に? 私もドラゴンに乗れるのか? 


 膝の上で飛び跳ねて喜ぶ息子を押さえながら、私もドラゴンに乗れるかもしれないことに胸を躍らせていた。


《本当です。札幌・東京・大阪・福岡の順で夏と冬に巡業を行うそうです。しかも12歳未満のお子様は無料で乗れるんです! 》


《それはすごいですね! 》


「おとうさん! むりょうだって! のりたい! とうきょうならちかいでしょ? ぼくドラゴンにのりたい! 」


「そうだな。東京なら休みの日に行けるな。よしっ! お母さんと三人で行こうか! 」


「やったぁぁぁ! ぼく大きくなったらりゅうきしになるんだ! そしてダンジョンからでてきたまものをやっつけてやるんだ! 」


「あはは、そう簡単にはなれないぞ? まずは強くならないとな。そうしないとドラゴンもいうことを聞いてくれないぞ? 」


 エルフ以外はなれないと聞いたんだが、まあ夢を持つことはいいことだしな。私も子供の頃はパイロットになりたかったし。


「わかった! けんじゅつのじゅぎょうがんばる! あっ! そうだ! ちばのきゅうせいしゅの、ただどうじょうににゅうもんする! そしたらもっとつよくなれるはず! 」


「た、多田道場!? そ、それはまだ早いと思う。まずは学校で一番になってからだな。そうしないと道場に入門しても鍛錬についていけないぞ」


「そ、そうよ! 多田道場は危……いえ、まだ早いわ。千葉の救世主の元で修行を積むにはそれなりの実力がないと! 」


 多田道場に入門したいという息子を私と妻は一斉に引き留めた。


 多田道場……彼らはこの千葉の木更津のダンジョンから魔物が出てきた時に真っ先に駆けつけてくれ、多くの住民の命を救ってくれた救世主だ。


 だが彼らは危うい。帝国が攻めてきた時は政府が降伏したにも関わらずモンドレット軍に剣一本で突撃したり、戦後も刑務所代わりのダンジョンに放り込まれ何年も放置されたにも関わらず生き残った猛者たちだ。なによりテレビで見た先日の木更津での彼らの戦い方……この千葉を救ってもらっておいてなんだが、狂っているとしか思えない戦いぶりだった。


 彼らは腹を割かれても笑っていた。腕をもがれ目を潰されても平気で反撃していた。剣が折れたのにオークの喉元に食らいつき噛みちぎっていた。


 息子にあんな風になってほしくないと思うのは親として当然だと思う。


 駄目だ。あの道場だけには入門させるわけにはいかない。


 あの道場に入門させるくらいなら、息子にニートになればニート連隊に加入する権利を得られると教えたほうがマシだ。


「うう……わかったよ。がっこうでいちばんつよくなる。そしたらにゅうもんしていいでしょ? 」


「あ、ああ」


「やった! じゃあ、にわでれんしゅうしなきゃ! 」


 どうやら多田道場入門の件は先送りできたようだ。


 息子ももう少し大きくなればわかってくれるはず。彼らの異常性を……


 膝から降り木剣を手に庭に向かった息子の後ろ姿を眺めながら、私と妻はそう願わずにいられないのだった。





 ―― ハマール公爵領 アメリカ地域 阿久津 光 公爵 ――



「いたぞヴリトラ! 焼き尽くせ! 」


《ヴオオォォォ! 》


 眼下に広がる荒野で逃げ回るトロールとオーガの群れに向け、ヴリトラは急降下しながらはブレスを吐いた。


 ヴリトラの口から吐かれた黒いブレスは逃げ惑うトロールたちを焼き尽くし、一瞬で黒い物体へと変えた。


「ふふっ、やっぱりドラゴンがいるとはかどります」


 ラウラが隣で手綱を握る俺の腕を胸に抱き寄せ、上目遣いでそう口にした。


「まあね。日本と違ってブレス吐き放題だしね」


 都心部が近いのにこれだけ広ければ戦いやすいよな。東京とは大違いだ。


 しかしこの二週間というもの。アメリカ中を飛び回ったなぁ。


 悪魔軍との戦いに勝利した2週間前。俺はジャマルゾンビを作ったあと、親衛隊を十人ほど蘇生し魂を縛った。そしてナンシーとダロスに魔界への偽装工作をしっかりするように命令し軍を連れ領地へと戻った。


 ナンシーたちへの補給は、マルスの息子でありオリビアの兄のカイン・マルスがイギリスにいるので彼に極秘で行うよう頼んだ。食い物さえあればあの二人は大丈夫だろ。


 それにしても日本に戻った時は凄かった。移動中にジャマルを倒した映像を世界中に流し終戦宣言をしたあと、日本の各都市の上空を低空でゆっくり移動して凱旋したんだけど、何百万という人たちがうちの軍旗を振って出迎えてくれた。


 その中にはエルフや獣人のコスプレしている人もいてみんな笑ってた。日本人がエルフのコスプレは無理があるだろって。俺はティナとの子供ができたらあんな顔になるのかなって微妙な気持ちだったけどな。


 三田やニート連隊の奴らは誇らしげな顔をしていたよ。みんなのSNSのアカウントが感謝の言葉や恋人にしてくださいという言葉で溢れかえっているらしく、スマホを見ている時の皆はニヤニヤと気持ち悪い顔をしてた。


 まあ世界を救ったんだ。モテるのは当然だろうし、もうみんなを馬鹿にするやつはいないだろう。いたとしてもお前は悪魔の侵攻時に何をしてたんだって回りからフルボッコにされるだろうな。


 今回の戦争でみんなA−ランク以上になれたみたいだし、順調に強くなってきている。そろそろクリスやベルンハルトに引率させて、上級ダンジョンに放り込んでも大丈夫そうだな。


 アバドン族が身につけていた魔鉄の装備と武器。それに魔界の門の側の倉庫にあった予備の装備も手に入れたしな。魔帝にも少し分けたが、それでも3万セットはある。ハルバードは剣に打ち直し、鎧はサイズ調整をすれば上級ダンジョンでもいけるはずだ。


 しかしあれだけの魔鉄がある魔界は凄いよな。もう希少金属でもなんでもなくなっちゃったよ。


「エルフの竜騎士たちも各地で頑張ってくれているので、領内に散った魔物はなんとかなりそうです。ありがとうございますコウ様」


「いいさ、恋人の治める領地だ。手伝うのは当然のことだよ」


 戦争に参加したエルフの竜騎士たちは軍と一緒に一旦領地に戻り、人員を交代した後に欧州や中華やインド地域など世界各地に派遣した。このアメリカ大陸では8騎ほどが活動している。交代したばかりの彼ら彼女らも竜にだいぶ慣れてきて、かなりの数の魔物を狩っていたよ。


 ラウラの領地であるアメリカ以外にも派遣したのは餌の確保のためだ。マルスやルシオンやほかの貴族へ有償で派遣して、なおかつ派遣している間は狩った魔物で腹を満たすことができる。ああ、有償といっても帝国軍が狩った魔物の遺体で支払ってもらう形だから貴族たちの負担は少ない。


 帝国の飛空輸送艦に積まれた魔物の遺体が、毎日桜島に届けられてるよ。それを俺が夜戻った時に空間収納の腕輪に保管している。これで半年から一年は餌の心配はしないで済むだろう。


 そのほか長期的な餌代確保のための手段として、来週から領内でドラゴン遊覧飛行の事業を行うことにした。最初は巡業だが、そのうち各地域で固定で営業しようと思う。子供は無料だが大人の乗船料は結構高めだ。そして竜の胸に企業の広告を貼るのでそれなりに稼げると思う。ダンジョンで軍が訓練で狩る魔物とドラゴン遊覧飛行の収益で、世界各地のギルドや協会から魔物の肉を買えば餌代はなんとかなると思ってる。


 これなら領地の財政を圧迫することなく竜騎士団を維持できるはずだ。ラウラのために追加で蘇生させた上位風竜の餌も心配しなくて済む。


 ちなみにそのラウラの風竜だけど、ヴリトラがやたらちょっかいを出すからロサンゼルスで待機させている。ヴリトラは強いんだけど、とんでもない女好きでほんと困る。ちょっかいを出すのが風竜限定であることから、きっとダンジョンに召喚される前に風竜の恋人か嫁さんでもいたんじゃないかと思う。まあ本人は召喚される前の記憶が無いみたいだから俺の想像だけどさ。


「嬉しい……こうして二週間もコウ様と日中ずっと一緒にいれるなんて幸せです」


「俺もさ」


 幸せそうな表情で俺の胸に顔を埋めるラウラの髪を撫でながらそう答えた。


 ラウラはずっと一人にして寂しい思いをさせちゃったしな。領地持ちの公爵の義務とはいえ、ジャマルの討伐に同行させてあげられなかった埋め合わせをしないと。


 俺がアメリカに到着した時なんて、ラウラの側近や旗艦のクルーたちがホッとした顔をしてた。コッソリ側近の子に聞いたら、俺に会えないことや悪魔たちと戦えなかったことで相当機嫌が悪かったらしい。


 悪魔軍との戦いの間はずっと会えなかったしな。


 普段は夜にラウラの屋敷に設置した転移装置を使い、彼女と夕食を共にしている。寝泊まりも悪魔城でしているが、朝になるとオリビア同様また転移装置でテルミナ大陸へと戻ってしまう。そのせいでほかの恋人たちに比べ一緒にいる時間が少ない。


 そういうこともあってティナたちは、俺がアメリカでラウラの手伝いをすることを快く承諾してくれた。まあ夜はゲートキーを使ってラウラと一緒に家に帰ってるんだけどね。


 7人の恋人と愛人設定のレミアを平等に愛するは大変だ。けど、それ以上に大きな幸せを彼女たちから得ている。こんな素晴らしいハーレムを維持するためなら、大変だろうがなんだろうがやりきってみせるさ。


「コウ様……あの……もう今日はこの辺で終わりにしても……私疲れてしまって……」


 ラウラが恥ずかしそうにヴリトラの背に設置した、マジックテントに視線を送りながらそう口にした。


「そうだね。汗もかいたし一緒にお風呂に入ってちょっと休もうか」


「はい……また可愛がってくださいね」


「ムフッ、もちろん」


 俺はあまりのラウラの可愛さに一瞬変な声を出しつつも、彼女を抱き上げマジックテントの中へと入っていった。


 さて、地球に侵略してきた悪魔軍は殲滅し隷属させた。あとは世界中に散った魔物をできるだけ減らし、軍を鍛えられるだけ鍛えつつ時の古代ダンジョンに挑むとするか。


 その前にできるだけ下層に行ったことのある帝国人を見つけなきゃな。60階層くらいからスタートできれば3ヶ月もあれば攻略は可能だろう。時の古代ダンジョンはほかのダンジョンとは色々と違うみたいだから、もうちょっと掛かるかもだけど。


 なんたって最下層に神がいると言われているみたいだしな。まあさすがにダンジョンに神なんているわけないだろうけど。とにかく攻略して時を止めるスキルがあるか確認したい。頼むからあってくれよ?


 ダンジョンの攻略後は軍備を整えて魔界に行き、魔王サタンを討って二度と地球に侵攻できないようにしてやる。


 お風呂でその大きな胸と口で俺の悪魔棒に奉仕するラウラの頭を撫でながら、時の古代ダンジョンの攻略と1年後に行う予定の魔界への逆侵攻に闘志を燃やすのだった。


 あっ、そこ……ラウラ……あふっ……



 ※※※※※※※


 作者より。


 長きに渡りご愛読ありがとうございました。

 これにてニートの逆襲の【地上編】は完結です。

 次回から【魔界編】が始まりますので、引き続きご愛読頂ければ幸いです。


 魔界編の更新の日時ですが、ちょっとこれまでずっと後回しにしていた処女作の「魔王を倒して現代に戻ってきたらパラレルワールドだった」のアフターなどを書きたいので、魔界編は10月2日(日曜日)から連載開始とさせてください。少し間が空きますが、お待ち頂ければ幸いです。



 魔界編プロローグ予告。


 吸血鬼によりジャマルの軍に紛れ送り込まれていたサキュバス族。彼女たちはジャマル軍が壊滅し、魔界の門も閉ざされたことに途方に暮れていた。そこで彼女たちは、吸血鬼たちが侵攻して来るまでの間。阿久津公爵と魔人の貴族たちを籠絡することに決めた。彼女たちの祖先は過去にその魅了と催淫の魔法で、魔人の国を大混乱に陥れた実績があるからだ。


 果たして阿久津や帝国貴族はサキュバスの誘惑に抵抗することができるのか!? それとも魅了され傀儡となってしまうのか!? 


 お楽しみに!

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