第13話 奴隷
ーー 【魔】の古代ダンジョン 41階層 水精霊の湖のエスティナ ーー
「ほらっ! 下等種! なにをボサッとしてるのよ! 早くトラップが無いか調べなさい!」
「……ええ。ウンディーネお願い」
私は腰に下げた革袋を取り出した。そして中にいる水の精霊ウンディーネに、これから進む通路にトラップが無いか調べてもらえるようお願いした。
ウンディーネは私のお願いを聞いてくれて、通路一面に薄く広がりトラップの有無を確認した後に私に教えてくれた。
「この通路にはトラップは無いわ」
「これくらいのこと言われる前にやりなさいよ。まったく、エルフは下等種のくせにプライドばっかり高くて使い勝手が悪いわ。お父様に言って廃棄してもらおうかしら」
「ヒルデ様。それでも強力な精霊魔法を使える数少ないエルフの奴隷を持っていらっしゃるなんて、とても羨ましいですわ。戦闘にすぐ役立ちますから。私のこの黒猫とは天と地の差でございます」
「ふふん、侯爵令嬢ともなるとこれくらいの箔付けは必要なのよ。私が殿下の正室となった暁には貴女にもエルフの奴隷をあげるわ。次期皇后となる私の側にいるのだから、エルフくらい持ってないと恥ずかしいでしょ? 」
「あ、ありがとうございますヒルデ様。どこまでも付いていきます」
「ヒルデ様。私もこの使えない汚れた白兎をエルフに変えていただきたいです」
「ええ、いいわよ。だからこの階から出てくる地竜の討伐頼むわよ? 」
「はいっ! お任せください。そのために我が伯爵家専属の凄腕の冒険者たちを連れて参りましたので。次の探知はこの者たちにお任せください」
「私もお父様にお願いして我が子爵家の騎士を連れて参りました。露払いはこの者たちに是非! 」
「あらそう? 期待してるわね」
愚かな人族……武のある女性を好むという皇帝の孫に取り入るために、父親の侯爵に黙ってこの魔王のいる古代ダンジョンに足を踏み入れるなんて。
【魔】と【冥】と【時】。この3つの古代ダンジョンで【魔】が一番純粋な戦闘力を必要とされ、攻略した者は世界の全てを手に入れることができるスキルを得ることができると言われている。
ただ、それがどのようなスキルなのかは私は知らない。私が知っているのは、ここは伝説や神話以外では未だ誰も攻略したことの無い超高難易度のダンジョンであるということだけ。
このダンジョンはほかのダンジョンとは違う。竜系で強力な魔物が多いだけではない。このダンジョンにいる魔物は何者かに統制されている。一説ではダンジョンが魔物たちに指示を出しているとも言われているけど、本当のところはわからないまま。
この間入った鬼系の上級ダンジョンと同じだと思ったら大間違いよ。
どうして私はこんな貴族の馬鹿娘に買われたのかしら。これなら前の貴族の方が……あんまり変わらないわね。どの貴族も強い者には弱く、弱い者には傲慢な態度を取るものばかり。
一般市民同士でさえ間違いを犯しても非を認めず決して謝ることはない。
なんなのかしらあの謝ったら負けという考えは……平気で嘘をつくし人の物をよく盗むし短気だし。なんで滅ばないのかしら?
「まったく、カーラの女狐が30階層のバジリスクなんて討伐するから……なんで私がここまで……」
「あの女は父親に泣きついてSランク冒険者を大量に雇ったそうですよ? 伯爵家の癖に身の程をわきまえず殿下に近付こうなど許せません」
「あそこの家は運良く上級ダンジョンの試練を乗り越えられたことで出世した家ですから……頭まで筋肉でできている者たちばかりと聞きます。ヒルデ様の歴史あるコビール家とは比べるのも烏滸がましいです」
「ほんと目障りな女だわ。でもいいわ。ここで地竜を見つけて狩れば、殿下も私に興味を持つはずよ。興味さえ持ってもらえれば、この赤く美しい髪と美貌で骨抜きにしてやるわ」
頻繁に男を寝所に招き入れている女が何か言ってるわね。
それよりもお腹が空いたわ……少し反抗したくらいで食事を取らせないとか、ほんとこの女殺してやりたいわね。でもこの忌まわしい首輪がある限り私にはそれができない。やる時はこの命と引き換えになってしまう。
この女はお馬鹿だけど、保身にかけては誰よりも優秀なのよね。エルフの扱いをよく勉強しているわ。私たちエルフは自らの誇りを守るためなら、この命を失ってでも抵抗することをよく知っている。
過去にエルフを獣人と無理やり性交させようとした貴族が、抵抗したエルフにより殺されたのを父親からでも聞いたのかしら? だからいつもギリギリのところで止めるのね。でもそれが余計頭にくるのよね。
この女の取り巻きの貴族の女の奴隷となっている兎人族のシーナも、猫人族のリズも元気が無いわ。
きっとあの子たちも食事を与えられていないのね。装備も見栄えだけ良い低ランクの魔物の革の胸当てだけ。別に私のように精霊の制約があるわけでもないのに、いつもあんな格好だから2人は怪我が絶えないわ。前のダンジョンで魔物から受けた傷も治ってないうちに……かわいそうに。
それにしてもこのままではマズイわね……いくら冒険者や騎士団がいたとしても私たちを入れてたったの20人。通常この古代ダンジョンはSランク6人のパーティが5パーティか、騎士団だと50人以上で挑むクラスのダンジョンよ。
それなのに私たちで戦えるのはSランクが3人にAランクが11人と私とシーナとリズのBランクが3人。貴族の馬鹿令嬢たちは数に入れない方がいいわね。
しかもここはダンジョンの41階層。過去のSS-ランクのいる冒険者レイドでの最高到達階が59階層。さらにこの階層まで到達したことのある冒険者に連れられて、転移陣で一気に地上からここまで来たわ。実力以上の階層に転移陣で行くことは禁止されているのに……
私たちを連れてきた冒険者は顔が青ざめてるわね。貴族の力で無理やりやらされたんでしょうね。入り口にいた衛兵も見て見ぬ振りをしていたし。みんな家族でも人質に取られたのかしら? あの女ならやるわね。やってるのを見たことあるし。
こんな絶望的な状況なのに、2日近くなにも食べていない空腹状態とか。これじゃまともに戦えないわよ。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「なんでよ! なんで地竜がいないのよ! それどころかバジリスクも出てこないじゃない! 」
「お嬢様。この階層までくるとそうそう魔物とは出会いません。この広いフロアで魔物に遭遇するのは1日に3度かそこらです。一体一体が巨体で強力な魔物ですので、ダンジョンも大量には生み出せません」
あ〜あ、始まった。またヒステリーを起こしてるわあの馬鹿女。まだダンジョンに入って1時間しか経ってないのに本当に馬鹿よね。アレでよくC+ランクにまでなれたわよね。ああ、魔力だけは高かったわね。
「時間が無いのよ! すぐに見つかると聞いていたのに……お父様に黙ってこんな遠方まで来たから長居はできないわ。そこの汚ない兎! これを使いなさい」
「なっ!? そ、それは魔寄せの鈴! そんなものここで使ったら大変なことになりますよ! 」
「貴方は黙ってなさい。冒険者の分際で私に意見しないで。そこの下等種の兎、いいから早く使いなさい。 魔力をしっかり込めるのよ」
なに言ってるのよこの馬鹿娘! そんなもの使ったら魔物が大量に寄ってくるじゃない! しかもシーナにやらせるなんて! 使った者が狙われやすくなるのを知ってるわねこの女……いざとなったらシーナを囮にする気だわ。
「え?え? わ、私がですか? ふええええ」
「ちょっと! ヒルデ様の言うことを聞きなさい! あなたの妹を施設に送るわよ? 早くなさい! 命令よ! 」
「そ、それだけは……ふえええ……やります」
「シーナ! 駄目よ! その鈴は……」
「下等種は黙ってなさい! 命令よ! 」
「駄目……あぐっ! ああああ! かはっ! 」
く、苦しい……喋ろうとするとどんどん絞まる……声が……ごめんなさいシーナ……
「エスティナさん! 大丈夫です! 大丈夫ですから私のために苦しまないでください! 今すぐやりますから! ……むむむ……」
リーン リーン リーン リーン
「で、できました! 」
「いいわ。これで地竜も来るわね。地竜を倒したらすぐ帰るわよ」
呼んでしまった……もう終わりね。私はこの馬鹿令嬢のせいで死ぬのね……まだ38年しか生きていないのに……精霊と契約して里を出てまだ8年しか経ってないのに……恋も知らないままこのまま死ぬのね。
ああ、恋は無駄だったわね。どうせ戦闘で使い物にならなくなれば施設に送られて、毎日強制的に子作りさせられるだけだもの。いい男のエルフが施設にいればいいけど、顔が整い過ぎていてみんな同じ顔に見えるのよね。
どちらにしてもつまらない人生ね。私はなんのために生まれてきたのかしら?
せめて里の皆に迷惑が掛からないように、この貴族の馬鹿令嬢3人だけは生きて帰ってもらわないと。
私がそう諦めにも似た気持ちでこれからの行動を考えていると、ふと猫人族のリズと目が合った。
リズは不敵に笑い私に頷いていた。
リズも同じ考えのようね。シーナは……鈴を握ってオロオロしてるだけね。あの子らしいわ。
こんな私を慕ってくれてるいい子だから、この子も生きて帰したいわね。可愛い妹もいるみたいだし。
親も知らない兄弟もいない私には羨ましいわ。
あら? リズもシーラを見てるわね。あの子も同じことを考えてるのかもしれないわね。
「ふええええ! なにか来ますぅ! 」
「なっ!? 『探知』 ……何もいないぞ? 」
「この兎が感じたのなら来るわね。この下等種は臆病だけど耳だけはいいから。戦闘準備をしなさい! 」
「「「ハッ! 」」」
シーナが感知したなら来たのは間違いないわね。ウンディーネはまだわからないみたいだけど。
リズは尻尾が立ってるわね。本能で危険を感知したのかしら?
「来ます! 複数いますぅ! 」
「複数? 案内人は私のところにいなさい。私が無事に帰らなかったら貴方の家族は皆殺しになるわよ? 一人で逃げようなんて思わないことね」
「……わかってる」
「さあ! みんな地竜が来るわ! さっさと倒して帰りましょう! 」
「「「ハッ! 」」」
「「「………… 」」」
複数? 嫌な予感が凄いするわ。冒険者たちも感じているみたいね。
騎士たちは子爵令嬢を守るために覚悟を決めたみたいね。一番前に出てたわ。
「来ました! 5頭ですぅ! 無理ですぅ! 」
「そ、そんなっ!? 『探知』 ……まずい……地竜3のバジリスク2だ。お嬢様撤退を! 」
「な、なんでそんなに来るのよ! いくらなんでも多過ぎよ! 」
貴女が呼んだんでしょ馬鹿女!
「あーもうっ! 退くわよ! 覚えてなさい! 次は絶対に狩ってやるんだから! 」
ああ……もう手遅れね。ウンディーネも感知したみたい。転移陣の方からも地竜が来るわ。
「ふえええ! 後ろから急に現れました〜」
こういうのがあるのよこの古代ダンジョンは。稀に急に退路に現れるの。まるで何者かに転移させられたみたいにタイミングよく……本当に起こるのね。長老が昔言っていた通りだわ。
「き、騎士たちは前から来る魔物を抑えなさい! 私が逃げるまで時間を稼ぐのよ! 」
子爵令嬢がとんでもないことを叫ぶ。
「冒険者たちも時間を稼ぎなさい! 」
伯爵令嬢も冒険者たちに命令してるわね。令嬢を死なせておめおめ帰ったらどうせ子爵に殺されるものね。
貴族のお抱えになるとはこういうことなのよね。
「何をしてるのよ下等種! 命令よ! 付いてきて私を守りなさい! 」
「……はい」
「黒猫も来なさい! 命令よ! 」
「ケッ……」
「汚兎! モタモタしてないで来なさい! 命令よ! 」
「は、はいぃぃ」
私とシーナとリズは、侯爵令嬢とその取り巻きの2人の令嬢と案内人の冒険者のあとを付いてくるように命令された。命令に逆らえない私たちを退路にいる地竜の囮にするために。
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