339話 策の正体

穴から降りようとする魔物達を猛然と吹き飛ばし、地下からの脱出を果たしたさくら達。彼女達は空に浮かんだまま、動揺し、ただただ言葉を失ってしまっていた。



『策がある』―。その竜崎の言葉を信じ、穴から抜け出した。しかし瞬間、目の端に見えたのは黄土の輝き。


直後、起こったことは何か。そう、土の上位精霊ノウムによって、出入りできる穴が全て塞がれてしまったのだ。


加えて、剣山の様な岩棘までもが天を衝く。不可解、実に不可解である。何故、その岩棘はのか。それこそ、寄る者を拒むかのように。



更にもう一つ、不可解な点がある。竜崎は何のためにこんなことをしたのか、だ。


先程、獣人はこの岩天井を砕き抜いて降りてきた。竜崎はそんな彼に対し、決して小さくない…いや、普通ならば戦闘不能になるであろう『腕切断』という大ダメージを与えたのだ。


しかし、予想外の能力&呪薬の影響で、獣人本人は未だピンピンしている。恐らく今でも、やろうと思えば屋根を容易く砕き脱出が可能であろう。


端から見ていた素人であるさくらでも、それは察していた。竜崎がそれをわかっていないわけはない。


ならば、何故…?これが『策』だというのだろうか。こんな、わざと密室を…何人も寄せ付けず、何も漏らさないような空間を作ることが…




―……!! 清人…まさか……嘘…だよな…?…なぁ…!―


その真意、竜崎の『本当の策』に気づいたのはニアロンが先であった。彼女は無意識的に、姿の見えなくなった相棒へと聞こえぬ問いを投げかけていた。


その顔には、深い絶望と愕然が入り混じった色が浮かんでいた。信じたくない、だがそれしか考えられない事実を突きつけられた。そんな表情であった。


それは自らの内だけでは抑えきれず、受け入れきれないその事実は、震える口より漏れ出してしまった。


―私の…あの『呪い』を……!―








「解放する気か…!リュウザキィ!」


一方の地下。同じく、竜崎の行動の真意に気づいた魔術士は焦り気味の怒声を放つ。その言葉に、竜崎は強く頷いた。


「あぁ…。この『呪い』を…周囲を蝕み殺すこの呪いを…本当に…解き放つ…!」






竜崎の身に残された呪い。それは人にしか効かず、罹ったら最後、自分の意志は苦痛で消え失せ、体は蝕まれ、生きた屍となる。


取り込まれたものは、まるでゾンビのように身を腐らせ、体がグズグズになり動けなくなるまで呪いを撒き散らす。そんな記述が残る、おぞましき存在。


彼は、そんなものを解き放とうというのだ。自らの『死』と引き換えに、魔術士達を道連れにする気であったのだ。



…そう。竜崎はここにきて、またも嘘をついた。さくら達を守るために、さくら達を騙したのだ。


はなから彼の行動は、たださくらとニアロンを逃がすというただ一点に絞られていた。『策』なぞ、最初から存在しなかったのである。



いや…正しくは、これが策。ニアロンがいれば、間違いなく止められていた文字通り『最の策』。竜崎は呪いが蠢き出した時から、このために動いていたのだ。


日本語で指示を投げかけたのも、さくら達にシルブを召喚させ空中に浮かせたのも、このような事態のために潜ませていたノウムを動かしたのも、さくら達を逃がすためであった。


全ては、自らの行いを止めさせないため。そして、呪いから遠ざけるために―。



そして…それは見事に成功した。さくら達は外に、自らは内部に隔離。間を隔てるは、厚き岩壁。竜崎は静かに笑い、呟いた。


「よかった…ここで…」





「なに…!?」


思わず返す魔術士。竜崎は、弱弱しくも、はっきりとした口調で答えた。


「ここは…どの人里からも遠く離れている…。旅人も…滅多に入らない魔物の巣窟だ…。それに…穴は埋めた…。呪いが…お前達を殺した後…外に漏れることは無い…」


と、そこでフッ…と息を吐いた彼は、自らの心に言い聞かせるように更に続けた。


「それに…この呪いの…防護魔術は…既に作ってある…。賢者の…爺さん達が…全てが終わったここに…足を踏み入れることは…できる…。ニアロンには悪いが…呪いを回収しても…彼女はもう自由に動けるはず…。あとは…魔神達の元で…気楽に暮らして貰えば…いい…!」



そう言い切ると、竜崎は片方の手を銃の形へと変える。すると、その伸ばした人差し指と中指の先に、魔術弾が生成され始めた。


しかし、それは脆弱。とても、人を穿つことは出来そうもない。それが今の、竜崎の限界であった。



だが、それでも…意識を維持するだけで精いっぱいな自身を、気絶にまで持っていくぐらいは出来る。そう言わんばかりに、彼はその魔術弾を自らのこめかみへと向けた。


それと同時に、竜崎の身体を抑えていた聖魔術が、一つ、また一つと消えていく。否、自分の意志で消していく。止められていた呪印は脈動を強め、身の掌握の瞬間を今か今かと待ちわびだす。


恐らく竜崎が気を失った瞬間、呪いは残った聖魔術を貫き、彼の身を屍へと変えるであろう。聖魔術の解除により襲い来る苦痛を耐えながら、竜崎はギッと目の前の魔術士を睨みつけた。


「本当なら…色々と聞きたいことがある…。だけど…もう…それは出来そうにない…。それでも…『禁忌魔術の担い手』と『勇者に比肩する暴力の持ち主』を…野に放つわけにはいかない…!」


彼らに魔導書を渡せば、必ずや災厄をもたらす。だからこそ、自らの命で防ぐしかない。竜崎に残された方法は、それしかなかった。それでしか、彼らを倒せない状況であった。覚悟を、決めるしかなかった。



「正気か…テメエ…!」


「あぁ…正気だとも…!俺の志を学んでくれた者達は…世界の各地に散っている。…どうで俺は…この世界においてだ…。妙な歯車が…役目を終えて無くなるだけ…。あとは、正しき心を持った…この世界の正しき者たちが、後を引き継いでくれるさ…!」


消えかけの命だというのに毅然とした目の竜崎に、魔術士はゾっと身を怯えさせてしまう。その隙を突き、竜崎はこめかみに当てた震える手に力を籠め始める。


「…ごめん…ニアロン…アリシャ…皆…。ごめん…さくらさん…達者でいてね…」


と、僅かに引き金を引く力が弱まった…その瞬間であった。






「ふ…ふざけんじゃねえェ!! こちとらまだ、勇者のヤロウにリベンジしてねえんだよォ!!」


叫喚呼号きょうかんこごう。空気が破裂せんばかりの大声をあげたのは、獣人。それと同時に、空になった注射器が地に落ちた。


刹那、彼は腕に紫の紋様を強く走らせ、拘束を完全に引きちぎる。そしてそのまま一足飛びで竜崎へと肉薄し…。


「させっかよォ!」

ドッ!



竜崎の身を、気絶させぬ程度に蹴り飛ばした。

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